ひかりちゃん派でした
「17年前だ!」
後頭部をグーで殴られたら、こんな感じだろうなと思った。
カラオケ屋でアルバイトを初めてから3ヶ月になる。まだペーペーの私は、先輩の指示に慌てふためきながらダスター(個室の清掃)とドリンク運びに走り回る日々だ。
先日、シフトが一緒になったスタッフの中に一人、Eさんという小柄でかわいらしいお姉さんがいた。お姉さんと言っても高校生なので私の方が歳上なのだが、私の何倍も化粧が上手だし仕事をこなす量も違う。他のスタッフが下の名前にちゃん付けで呼ぶ中、わたしには彼女がお姉さんに見えて、頑なに苗字でEさんと呼んでしまう。
15時。閑散としたカウンターで、Eさんとふたりオーダーを待っていると、店内に懐かしい曲がかかった。
初代プリキュアのオープニングだった。
「あっ!知ってる!」
Eさんがぱっと笑顔になってパタパタとカウンターを叩く。
懐かしいよね。「ふたりはプリキュア」。
なぎさ役とほのか役に分かれてごっこ遊びしたな。でもわたしは次の年の、ふたりはプリキュア マックスハートの新キャラ・ひかりちゃん(キュアルミナス)が好きだった気がする。あれは確か、
私が年少さんのときで、という言葉を待たずに、Eさんが嬉しそうに言う。
「17年前だ!私が生まれた年だから!」
ゑっ?
私ってこんなトーン出た?ってくらい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あ、こちらへどうぞ〜!」
伝票を持って近づいてくるお客さんに目ざとく気づいてフロントまで誘導し、テキパキとレジを打つEさんの背中を見ながら、しばらくカウンターにもたれかかってしまった。
その日はEさんと同じ時間に上がりだった。
更衣室で「いや〜お疲れ様でした〜!」「今日後半から割と(お客さん)来ましたね〜!」なんて明るい会話を交わしつつも、私は彼女への畏怖と、それに比べて歳の割に使えない自分への嫌悪感で、胸中全く穏やかでなかった。バイトの制服から、花柄のミニスカートと襟付きのブラウスに着替えた彼女は、間違いなく日曜日の女子高生だった。
思わず私は「Eさんほんとしっかりされてますよね」と素直な気持ちをもらしてしまった。とうの彼女はいや、そんなことないんですよと笑う。
「まじで。ていうかあたし、クラスの女に裏垢で性格ブス女って言われてて」
「うわ」
「でその女、彼氏と三日で別れてるんすよ。その直後にうちら付き合いはじめて…っていうことがあって」
「うん…」
「そいつバカなんで、単にその逆恨みなんですよね。しかもあたしにバレてないと思ってる。超腹立ったんで、裏垢スクショして本人に直で見せて、『裏でこういうことやってるから三日で別れるんだよ〜?あたしより断然性格ブスだよ〜??』つったら、マジの取っ組み合いになって。」
ワクワクした。私は今、ものすごい話を聴いている。
「そいつ、どっか行こうとしたんで『おいまだ話終わってねぇぞ』って飛び蹴りして…」
「飛び蹴り」
「しばらくもみ合ってるうちに先生入ってきて止められちゃったんでその日は終わったんですけど………………」
感嘆が止まらなかった。
他人の人生をこんなにがっつり感じたのは久しぶりだった。強い。
Eさんあなた、たぶんプリキュアだよ。
肉弾戦で闘う初代プリキュアなんだよ。
「Eさん、…最高ですね」
もうほんとうに言葉が見つからなくて、心のままを伝えると、Eさんは「ちがいない!」と言って笑っていた。
二人で外に出るとEさんの彼氏が待っていて、そこでお疲れ様でしたを言って私は駅に向かった。
もう、先程までの劣等感とかはほとんどどうでも良くなっていた。質量のある話を聞いたばかりのぐらぐらの脳みそで改札を通り、ホームに立ち尽くした。
そうだ、次のシフトをもう出さなきゃ。
最低3ヶ月経ったら辞めてもいい契約だったけど、私の指はスケジュールの空きを確認し、店長にLINEを送っていた。
彼女の気持ちのいい「ちがいない!」を、あと何回かききたくなってしまった。