アルフィーのこと

多分食べ頃なんだろう。

味噌汁椀に移してラップをかけたコンビニおでんは、あたため7秒で破裂した。
たべごろだったのだな。おいしくなったのだな。
そう無理やりにでも言い聞かせないと、あの「バン!!!!」という乱暴な音、我が慎ましいくらしにはとうてい相応しからぬ音に対する動揺は、消えそうもなかった。牛すじとこんにゃくに脅かされる夜なんて聞いたこともない。

お酒は甘いのが飲みたかったので赤玉パンチを用意した。
で、缶とおでんを並べてみて気づいたが、ワインとおでんって合わないよね?
お椀からはみ出した牛すじの串が、ド派手に赤いデザインの缶に「んじゃおどれは。焼酎出さんかい焼酎」とメンチ切っている。
いかん。
とっさに冷蔵庫を開ける。
昨日お酢に漬けておいたきゅうりの輪切りが目に飛び込んだ。器のキャパを見誤ったので、ギチギチに詰まっている。私が北原白秋だったら「ぎちぎちのきゅうり 」と連呼する詩でも書いていたろう。

とにかくそいつも食卓に並べる。
なんだ?この三者三様の方向性は。THE
ALFEEのビジュアルくらいバラバラだ。

この話のオチはあまりにしょぼくて、「それぞれにおいしい」と感じただけだった。


たまに、というか頻繁にこういったちぐはぐの食い合わせを用意してしまうことがあるのだが、そういう時は決まって疲れているものだ。

今日、バイトにてはじめての「ヘルプ」をしてきた。バイト先の店は全国展開のチェーンで、どこにでも店舗がある。今回は私のいる某駅北口店から南口店への救援要請だった。
「ぜってーいきたくねー」とのたまう同い年の紫色の髪の男にジャンケンで負け、南口へと走らされた。ジェンダーがどうのまなざしがどうのと声高に叫ばれる時代だが、今日に限っては「グズグズするなよ男だろう」と腹の中で悪態をついてしまった。アン・ルイスの歌と思わぬシンクロだ。

着いた先で待っていたのは、眉を八の字にして「ありがと、ありがとね」と笑う店長と、フン、ヘルプ風情に目もくれない無感情男たちだった。まあ忙しいときに初対面の相手に構ってられるわけもないか。袖をまくって仕事を始める。

今日は雨が降っていた。1階から7階まである建物を、外階段で昇降するのは危険極まりない。吹き込んだり漏れたりしてくる雨水で踊り場はほとんど水浸しだった。注文が入るたび外に出る。丹田に力を込めて、飲み物の乗ったトレー片手に、びちゃびちゃの階段を降りる。
ときおり、段の角がえぐれている箇所に遭遇する。
「あ、ここですっ転んだひとがいたのだな」
と否応なしに想像してしまう。
バイトで、しかもヘルプでたまたま来た店の外階段なんかで死ぬのはいやだ。丹田になおさら力がこもる。

何往復したか、どの部屋を片付けたか、ここが何階か、いよいよわからなくなってきたころに、ようやく退勤時間になった。

小雨に濡れながら北口の店に戻り、休憩室で放心した。
するとヘルプ渋り紫ヘアーボーイが入ってきて、続いて他の男の先輩も入ってきた。
わたしに断わって、ふたりしてタバコを吸い始めた。
機会がある時だけ、好奇心で吸っている私だが、だれかのタバコの煙がくゆる空間に一緒にいるのはいつでも好きだ。積極的受動喫煙者とでも呼べるかもしれない。

喫煙OKの店は、そうでない店よりも居心地が良い。呼吸したいようにさせてくれるのだから当たり前か。

休憩室にいた3人で一緒に駅まで歩いた。
片方の男に「おれのうちで飲む?」と何度か誘われたが、断った。 バイト仲間という薄い関係性、加えて男2女1の状況に「不貞」の二文字がよぎった私は逃げるように改札を通った。
悪い人たちでは決してないのだが、明日髪の毛をミルクティー色にしようとしている男に、ほいほいついていくほどガードが低くもなかった。
今ごろ、頼んだらやらせてくれそうだったのにねとか、田舎者だから貞操観念が古いだとか言われてるのかもしれない。
うるせえ。ここまで全部憶測だけど。

自宅の近くのコンビニで赤玉パンチをレジに持っていき、おでんくださいと口走った。「だいこんなくなってます」とインド人店員に言われたのでラインナップは牛すじとこんにゃくだけになった。

で、冒頭に戻るわけだ。

もうあんなにあったきゅうりがない。
赤玉パンチは半分残っている。
やっぱり合わなかったのか。