ないものねだり。
今回はいつにも増して備忘録みたいな感じです。
最近、バイト先の店長と「ないものねだり」について話しました。
店長とはよく「人が生きる意味」だとか「恋と愛の違い」みたいな、答えのない問いを議論するんですが、今回は店長がやたらと感銘を受けていたので、文章にしてみます。
「ないものねだり」って言葉は、なんとなく負のイメージが強いような気がしていて。
実現不可能な欲求は無駄だとか。
今あるもので満足する方が美しいだとか。
「ないものねだりの克服法」みたいなNoteまでありました。
でも自分は、ないものねだりって美しいのでは??って思います。
きっとないものねだりがあるからこそ、人は成長することが出来るし、betterを求めて、人類は発展してきたのではないでしょうか?
聖書を少しでも多くの人に呼んでもらおうと、キリスト教世界を渇望して、グーテンベルクは活版印刷術を発明した。
もっと言えば、人類のよりよい生活を希求して火や石器も生まれた。
「ないものねだり」はきっと成長・発展の源。
たまに今の小さな幸せに満足して「ないものねだり」をやめてしまいそうになるけど、その瞬間成長も止まったような気がする。
「ないものねだり」で今の我々は在る。
「ないものねだり」は美しい。
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