vol.3 STEM教育の背景
深セン市(公教育)におけるSTEM教育を理解するには、深セン市の発展を理解する必要があります(高須正和さんの『メイカーズのエコシステム』や関連するWebの記事、ブログが非常に詳しいです)。
もともと世界の工場としてスマートフォンを代表とする電子機器の製造で成長した深セン市ですが、中国独特のコピー商品の製造の温床として暗躍した歴史もあります。そのコピー商品を安価にかつスピーディー(とりあえず使える物を作る)に生み出す文化とインターネットの発展、そして政府主導の集中投資がうまく融合して、新商品やイノベーションを起こすエコシステムに進化を遂げました。
この進化の立役者の一人が「創客chuangke(Maker、メイカー)」と呼ばれる人々で、ごく簡単に言えば「自ら新しい発想をし、自ら形にする(プロトタイプを作る)人」たちです。深センは彼らにとって天国ような場所で、安価にスピーディーにプロトタイプを製造し、後にイノベーションと呼ばれる製品やサービスを世に送り出すことができたのです。
李国強首相の「大衆創業、万衆創新(大衆による起業、万人にるイノベーション)」という言葉からもわかる通り、中国政府は創客こそが中国の将来の発展の生命線であることを認識しており、2015年1月には首相が深センを訪問しSeeed運営の柴火創客空間の名誉会員となり、創客を国ぐるみで支援していくことをアピールしたかと思うと、同年6月からはアメリカのSTEM教育の影響を受けた「創客教育(Maker Education)」に関する専門委員会を立ち上げ、同じく6月には首相自ら創客の祭典であるMaker Faire Shenzhenにも出席するなど2015年の半年間を見ただけでも、恐るべき速さで物事を推し進めます。
Maker Faireは創客の作品を展示する役割だけではなく、創客教育の論壇の場として、その言葉そのものや意義を広く知らしめる場ともなりました。
こうして2015年は創客教育元年として、中国のSTEM教育(のような教育)がスタートします。
中国では2011年のオバマ元アメリカ大統領の演説後、2012年頃からSTEM教育に関する調査が始まっています。その過程において、STEM教育と中国がどのように向き合うのか議論を重ねた結果、STEM教育ではなく、中国独自の創客教育という方向に舵を切っていくことなります(※2018年10月現在では創客とSTEMが再融合しているように感じます)。
以上のようにして、深センという環境がSTEM教育ではなく深センならではの創客教育というジャンルの教育を確立させ、特に深センにおいては教育の実践、教材の開発において上海とならんで中心的な役割を担うようになってきています。
次回からは本題であるその教育の中身やSTEM教育との違いについてまとめます。
参考文献
高須正和(2016)『メイカーズのエコシステム』株式会社インプレスR&D