アンティークコインの世界 | ローマ建国神話 裏切りのタルペイア
今回は、ローマ建国神話に登場する裏切りのタルペイアという巫女を題材としたデナリウス銀貨を紹介していく。最初に少しだけ神話の簡単な背景を述べておく。古代ローマのウェスタの巫女は、王政期からその存在が確認される伝統ある役職だった。役職の期間中は、交際も結婚も許されなかった。女神ウェスタへの忠誠を誓うためである。制約があるものの、様々な特権も付与された。だが、規律を破った場合は死罪を宣告された。
アウグストゥスの治世初期に発行されたデナリウス銀貨。帝政移行間もない時期のため、トゥルピリアヌスという貨幣発行三人委員の名が見られる。共和政期の名残である。以後、貨幣発行三人委員の名が貨幣に記されることはなくなる。
政治家が自身の宣伝に貨幣を利用できなくなり、権力は皇帝に集中した。本貨は古代ローマの貨幣の転換期に発行された一枚で、ローマにおける貨幣の使われ方が変容した意味でも重要と言える。
ローマ建国神話の一場面が描かれている。ウェスタの巫女タルペイアが盾の重みで圧死するシーンである。ローマを裏切り、敵国サビニに有利になるような情報を流したタルぺイアはサビニから情報提供の報酬を約束されていた。だが、いざ彼女が報酬を受け取りにサビニ王ティトゥス・タティウスの前に現れると、王は彼女に盾を投げつけた。それを見ていたサビニの兵士たちも皆、彼女に盾を投げつけた。幾つもの盾がタルペイアに押し寄せ、彼女は圧死した。例え自分たちに有益なことをしたとしても、裏切りは重い罪であり、死に値するというのがサビニ側の考えだった。
裏切りのタルペイアをテーマにした貨幣は、共和政期のデナリウス銀貨にも存在する。サビニ系の人物が発行したもので、タルペイアが盾で圧死する場面が別アングルから描かれている。ローマ人にとって建国神話の中でも、ひときわ印象深いシーンだったのだろう。裏切り者はどうなるのか。その末路を伝える教訓かのような意匠。建国神話は、アイデンティティの確立と共に人としての在り方も示していた。共和政期から帝政最初期には、こうした類いの貨幣が幾つも見られるが、アウグストゥス帝以降は皇帝肖像と神々、戦争の勝利を題材とした捕虜と戦勝記念柱などの意匠が大半を占める。
サビニ人は、ローマの近隣に定住していた民族だった。ローマと長期間抗争を繰り返していたが、最終的には和平協定を結んだ。建国当初のローマは女性不足という深刻な問題を抱えていたため、サビニ人と混血し共存する道を選んだ。当初は、ローマとサビニの王が共に都市を治める共同統治の形が採られていた。
巫女タルペイアの処刑シーンが描かれている。タルペイアはローマ・サビニ戦争において賄賂の誘惑からローマを裏切ってサビニに軍事情報を流したが、サビニ側に用済みとして処刑される最期を迎えた。
なぜこのようなローマ建国神話を題材とした貨幣が発行されたのだろうか。それは建国神話は彼らにとってのアイデンティティであり、先祖の記憶だからある。前89年に発行されたデナリウス銀貨の発行者ルキウス・ティトゥリウス・サビヌスは、その名前からの分かるようにサビニ系の血を引く人物で、処刑を決行する兵士らサビニ人の末裔にあたる。自分の血筋を建国神話と結びつけてアピールすると共に、裏切り者や規律違反者の末路を神話を通して人々に諭しているかのようだ。
タルペイアが処刑された後も、ローマとサビニ間の戦争は続いた。だが、両国は疲弊し切っており、最終的には和平協定が結ばれることになった。そうして、ローマ治めるロムルス王と、サビニを治めるティトゥス・タティウス王が二人で共同統治を行う二王制が採決された。後の執政官のシステムが二人制であるのは、ここに由来している。最高指揮権を持つ者が二人いることで牽制し合い、暴走を阻止する効果があった。
こうして、一時平和を迎えたローマだが、ある日、ロムルスが失踪する。目撃情報によれば、雷に撃たれて姿を消したという。雷に撃たれて神となったと考える人々もいたが、真相は不明である。実際は、政治方針の違いで元老院に暗殺されたものと思われる。晩年のロムルスは暴君気味だったこともあり、元老院は彼の排除を決めたのかもしれない。
ロムルスの失踪により、急遽玉座が空白となった(ロムルスより前にサビニ王ティトゥス・タティウスは、とある暴徒によって既に殺害されている)。そこで、人望あるサビニ人の賢者ヌマ・ポンピリウスがローマの王を急遽務めることになった。以後、ローマ人とサビニ人が交互に王となり、その後、エトルリア人の王が三人続いたところで、ルキウス・ユニウス・ブルートゥスという人物により王政が崩され、共和政の時代が幕を開ける。それからローマは王の出現をガイウス・ユリウス・カエサルの登場まで堅く許さなかった。
Shelk 🦋
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