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マークの大冒険 古代ローマ編 | もうひとつのローマ史 Chapter:Final Episode
前回のあらすじ
黄金の果実を発動したマーク。直後、世界は嵐に包まれ、世界を覆う虹色の巨大な翼が出現する。マークの願いが実行される瞬間だった。だが、果実はマークの願いを受け入れるか問答する。
嵐が止むとマークの目の前には、ウェスタが佇んでいた。そこは冥界、生界と死界の狭間に存在する場所だった。マークとウェスタは尚も変わらない己の信条を曲げず、そこでぶつかり合う。だが、魔法の指輪もホルスの加護もないマークは、ウェスタに一瞬で敗北する。
ウェスタのとどめにマークは死を覚悟したが、目の前には戦意を喪失した彼女がいた。家庭の女神ウェスタは、生命を殺めることができない心優しい神だった。マークは敗北を認め、ウェスタにカッシウスとブルートゥスと話す時間が欲しいと最後に請う。ウェスタはマークの願いを了承し、少しだけ時間を設けることに約束した。
「これがお前が言っていた桜ってやつか」
カッシウスが呟いた。
「一度キミたちをここに連れてきてみたかったんだ。ウェスタに頼んで少しだけ時間をつくってもらった。どうだい、戦争がない平穏な世界は?武勲よりも大事なものがある。家族や友人と過ごす穏やかな時間は、武勲よりも気高い。そう、思わないかい?」
マークは桜吹雪の中、桜の木を見上げながらそう言った。淡い桃色の花びらを咲かす木々の背景には、澄んだ青空がどこまでも続いている。
「俺たちだって好き好んで戦っていたわけじゃない。自分の地位を守るため、家族の名誉を保つため、仕方なかった」
「そうだね、キミたちも生まれる時代が違ければ、戦争なんて知らずに平凡に過ごしていたのかもしれない」
「それにしても、外で咲く花をこうやって食事しながら愛でる文化なんて私たちにはなかったな」
ブルートゥスが呟いた。
「おにぎり、天ぷら、桜餅、団子。お前の国の飯は、ローマのどんな飯よりも美味い」
いつも殺気立っているカッシウスが満足げだった。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
「マーク、本当にありがとう。私たちは、そろそろ行くよ」
「そうか、もう少し居てもいいのに」
「迎えの船が来たみたいだからな」
カッシウスが湖の向こうからやって来た小舟を指して言った。
「分かった。渡し船に必要なチップをキミたちに渡しておこう。ボクの大切なローマコイン・コレクションだ。キミらローマのものは、キミらの元に返す。それが、あるべき姿だと思う」
「ありがとう」
「それじゃあ」
マークの表情には憂が帯びていた。
「また会えるさ」
ブルートゥスが言った。
「そうだな、きっとまた会える。その時は旅の続きをしよう。今度こそ、もうひとつのローマ史の続きを」
カッシウスが言う。
「もちろん」
マークは深く頷き、小舟に乗り込むカッシウスとブルートゥスを見送った。
「ローマは偉大にして永遠!キミらは二千年後の極東にも名を刻む英雄になる!」
そう言ってマークは二人の背中が見えなくなるまで、湖の岸辺に立っていた。
🦋🦋🦋
「果実は抽象的な願いは受けれない。例えば、世界平和だとか、そうした抽象的なものをね。それにあなたは、一度の願いに複数の願いを詰め込みすぎた」
全てが真っ白な部屋で、ウェスタはマークにそう告げた。
「何事もそう上手くはいかないものだね。やっぱり欲張り過ぎはダメだった」
マークは、寂しそうな表情で答えた。
「ちゃんとお別れはできた?」
「ああ、お陰様でね」
「これで世界の記憶と記録の修復は済んだ。全てが元通りになると思う。だけどマーク、私は修復作業で少し疲れてしまったわ。だから、しばらく眠りにつこうと思う」
憂を帯びた表情で、ウェスタは言った。
「本当に迷惑かけた」
「それはもういい。けれどマーク、あなたはこの中に入って。あなたの記憶も修復しないと。過去と未来の循環を繰り返したせいで、それぞれ微妙に分岐していった何人ものあなたの記憶がひとつの器に集約されている状態にある。それは、あまり良い状態とは言えないわ」
ウェスタはそう言いながら、古代ローマを象徴する鷲と狼が彫刻されたドーム状の白いポッドのようなものを指差した。
「いや、ボクは今のままで良い。この記憶は、全てボクのものだ。あり得たかもしれない、ボク自身の。ひとつひとつの可能性と記憶を継承した自分をボクは幸いに思う」
「きっと今は平気だと思っていても、そのうち錯乱して精神が崩壊する可能性もある。ここで眠りについて記憶の修復を行った方がいいわ。もちろん、記憶が正しく修復される補償はないし、修復にどれほどの時間がかかるかも分からないけれど」
「それで良い。どの記憶もボクにとってはかけがえないのないものだから。それこそ、生きた証、ボクという存在そのものだ」
「私が眠りについた後では、どうにもならないわよ。それでいいの?」
「構わないさ」
「わかったわ。あなたの意志を尊重する。それじゃ、マーク。幸せにね。私はこれから少し眠りにつくから。あなたの世界への入り口は、あそこの扉から繋がっているわ。もうここには何度か来たことがあると思うから、知っているとは思うけれど」
「うん、大丈夫。ありがとう。それじゃあ、ボクは行くよ。自分のあるべき場所に」
「さようなら」
「またね、にしよう。きっとまたいつか会いたいから」
「でも、きっと私が目覚めた頃には、マークはもういないから」
「それは、いざ目を覚ましてみないと分からないぜ?」
「そっか。そうだよね。またどこかで、会えるのかもしれない」
「......ボクはキミが好きだった。最初に会った時から。だから足繁く、キミがいた本屋に通っていたんだ」
「知ってる」
ウェスタは、どこかいたずらな顔で微笑んでいた。
「だよね」
「マークは分かりやすいから」
「でもまさか、それが女神様だったとは。まあ、それは好きになるわけだ。キミは誰よりも綺麗だから。ボクの目に狂いはなかったというわけだ」
「やっと言えたね、マーク。その言葉は、今までのどのあなたからも聞けなかったから」
「へへ、めちゃくちゃ恥ずかしいぜ。だけど、言えて良かった。後悔はない」
「うん」
ウェスタは、微笑を浮かべ頷いた。
「それじゃ、またね」
「またね、マーク」
マークは、巨大な白い扉の方へと歩いた。扉を開けると、眩い光が溢れ出す。光に包まれながら、マークは扉の向こう側に広がる世界へと帰った。
🦋🦋🦋
日本、現代____。
扉を抜けると、その先には青空が広がっていた。どこまでも続く青い空、立ち込める巨大な入道雲は夏を象徴していた。
マークは、ビルの屋上に立っていた。白い扉を抜けた先は、高層ビルの屋上にある扉と繋がっていたようだ。マークはビルの屋上から街を見下ろした。隙間なく建物がぎっしりと埋まり、道路はおびただしい数の車で賑わい列をつくっている。自分が知る、いつもの街だった。
こんなに数多くの建物を建ててきたこと、こんなに沢山の車をつくってきたこと、そして、こんなに多くの人がいることにマークは改めて驚いた。
人間は、すごい。人間の情熱はどんな願いも叶えてしまう。人間の情熱は、何千年経っても衰えることがない。街を眺めていて、改めて人の凄みを実感したマークだった。
街を見晴らすと、遠くに自分の家も見えた。自分の世界に帰って来たと、深く安堵するマークだった。生温い夏風が吹き、頬をかすめて、すり抜けていく。すると、マークは背後に誰かの人影を感じて振り向いた。だが、そこには誰もいなかった。気のせいかと思い、もう一度青空に目をやると、「大丈夫」という声がどこからともなく響いた。いや、気のせいかもしれない。そんな言葉が聞こえたような気がした。本当は誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。
「いろいろあったけれど、ボクは後悔はしていない。いや、そもそもボクの人生に後悔なんて一度もなかった。後悔を引きずる生き方なんて、ボクはしたくないから。これからも、ボクの人生はきっと続く。ボクが旅で得た記憶と記録は、ボクにとってかけがえないのないものだ。これを誰かに伝えず内に留めておくほど愚かなことはない。ボクはどれだけ時間が掛かろうとも、必ず書く。ボクの物語を、そして、もうひとつの世界の歴史を。ボクの生き方は、もう決まった。ボクは、歴史家になる。人間の歴史を伝える人になりたい。それが後世に役立つかは分からない。けれど、書きたい気持ちが止まらない。ボクの言葉が、きっとどこかにいる誰かの心にささやかでも届きますように_____」
マークは深呼吸し、都市の眺めに背を向けると、屋上の出口に向かった。
「ん?あれ、この屋上の扉閉まってるぞ。ちょっと待て、マジかよ!?おい、これどうやってこのビルから降りるんだよーーー-!!!!」
Fin...?
マークの大冒険 古代ローマ編
もうひとつのローマ史 完
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古代史を愛する冒険家。
街の小さな写真屋で生計を立てているが、歴史学者を目指している。
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古代ローマの家庭の女神。
人間の女性に扮し、ジェシカと名乗って古書店で働いていた。
Shelk🦋