ウェスタの白き間にて_____。
「ホルス、気をつけろ。ファンタズマ・デジトゥスだ。一度だけ文献で見たことがある。ウェスタは指の僅かな動きだけで相手を制する。なぜなら彼女は......。家庭の女神の裏の顔、いや真の姿は支配の女王だからだ。最高神ユピテルさえも抗えない存在、支配を司る者。それがウェスタ、キミなんだろ。純潔の女神であるのは、キミが常に支配する側にいるからだ。誰からも支配されることがない存在。キミはどんな相手も意のままに操る。その美貌、美声、巧みな話術と支配の魔術によって。なんぴともキミの支配に陥ってしまう。かつてオリュンポス十二神の地位をバックスに譲ったのも、彼らを支配するための演出だったんだろ?周囲の注意を反らせ、影から全てを支配するための」
マークは、白き間の奥で立つウェスタに言った。ウェスタの指の周りには、小さく青白い光が渦を巻いていた。
「ひどいな、マーク。そんなこと言うなんて。何の根拠あってそんなことを言うの?」
ウェスタはそう言って、哀しげな表情を浮かべる。
「結局、全てキミが思い描いたシナリオ通りに事が進んでいるからだ」
「だとして、あなたはロベスピエール打倒のために私の力に頼る他ない。だからここに来たんでしょう?」
「そうだ。ボクもこうして既にキミに支配されている。キミの力を借りなければ、どうにもならない状態に陥っている。キミの支配の力を使えば、ロベスピエールを止められるかもしれない」
「果実の力が彼に渡っている以上、それはできない。絶対という保障がないから、何が起きるか分からない。果実を持つ彼には、私の力は及ばない可能性が高い」
「それじゃ、キミは一体何が目的なんだ?世界の平和と均衡を維持することがキミの願いなんじゃないのか?今それが刻々と目の前で崩れようとしている」
「私は私の仕事をするだけよ。それが目的。誰かに理解される必要もない。それで、そんなことをわざわざ言いに来たわけではないでしょう?あなたは、私に答えを求めに来た」
「そうだ。ボクらはどうしたら良い?」
「そうね。ロベスピエールに立ち向かうには、三本二対、六本の指輪が揃う必要がある。それが唯一の彼が持つ黄金の果実への突破口」
「二対の指輪?」
「あなたも良く知っているでしょう?」
「アムラシュリング?」
「そうよ。でも、あなたが持つその指輪は、呪われている。ニーベルングと同じようね」
ウェスタは、マークの指輪を指さして言った。
「ニーベルング?北欧神話のニーベルングのことか?」
「そう、ジークフリードとブリュンヒルデが身を滅ぼしたニーベルングの指輪。アムラシュリングは、ニーベルングの指輪と同じ。力ある指輪は、所有者を滅ぼす。使う度に、所有者を蝕んでいく。身に付けた者は必ず呪われ、身を滅ぼす運命にある」
「まさか」
「アムラシュリングは代償がないように見えて、所有者の最も大切な何かが次第に壊れていく。例えばマーク、あなたの場合は大切にしている記憶とかね。気付かぬうちに所有者を侵食し、蝕んでいるのよ。自覚がないうちにね」
「そうなのか......?。ボクの記憶が消えていたのは、キミが操る青い蝶によるせいじゃなかったのか?」
「ようやく気付いてくれた?あれだけ強大な力が無償で使えるはずもない。普通に考えたら、分かることでしょ。そんな都合のいい話。親切心から言うけど、その指輪は早く手放した方がいいわ」
「でも、今のボクにはこれが必要なんだ」
「早くしないと、手遅れになる。アムラシュリングは、もとより神が所有していたもの。私たちに返還すべきだわ。そうすれば、私たちが責任を持って厳重に管理する。一本は大ピラミッドで厳重に守られていたのはまだしも、残りの二本は骨董市で投げ売りされてただなんて滑稽な話よね。前の所有者は意図してやったことなのかしら?それとも本当に価値が分からなかったのか。いずれにせよ、指輪はあなたの手に渡り、あなたはその力に気付いて、思うままに乱用した。その代償が後々あなたを襲うことになる。いや、既にもう侵食は始まっている」
「それでも、ボクには必要なんだ」
「指輪のことは、どこまで知ってる?」
「実は、三本の指輪の個別の能力の違い以外、ほとんど知らない」
「でしょうね。アムラシュリング・オチデンタルの存在はローマで知ったと思うけど、オチデンタルはあなたの持つオリエンタルと対になる存在。この対の指輪をあなたが持つオリエンタルと同時に行使することで、黄金の果実に匹敵する力になり得る」
「そうなのか?そんな話、文献でも見たことがない」
「当たり前よ。マーク、本当に大切なことは記録されないもの。秘密は文字では残されない。だから秘密なのよ」
「なら、キミが持つ指輪を貸して欲しい。ロベスピエールを止めて、その後に必ず返す」
「その保障は?あなたがロベスピエールに敗れる可能性もある。二対の指輪まで彼の手に渡ったら、それこそ全てが終わる」
「それでも必ずやり遂げるさ」
「そんな根性論はどうでもいい。それに対の指輪を同時に使った者は、その力の引き換えとして死ぬわよ」
「え......?」
「自分の命と引き換えにしてまで、彼と戦う勇気があなたにあるかしら?」
「なら、お前の指輪は俺が使う。マークがオリエンタル、俺がオチデンタルを使って、奴の首を刈る。呼吸を合わせて俺とマークで同時に使えばいい。なら、誰も死なないだろ?俺とマークならできる」
二人の会話を隣で聞いていたホルスが、拳を胸の前で握りしめて言う。
「まあ、だけどそう上手くいくかしら?」
納得がいかない様子のウェスタ。
「上手くいくに決まってる。思いついた俺は、やっぱり天才かもしれないな!どうだ!」
ホルスは自信げだった。
「なるほど.....!その策があったか!ホルス、いけるかもしれない。いや、もうそれに賭けるしかない。ボクらがやるしかないんだ」
To Be Continued...
Shelk🦋