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マークの大冒険 現代日本編 | 新たに旅立つ者

前回までのあらすじ
マークから並行世界論の話を聞かされた夜は困惑していた。SFのような出来事が彼女には、にわかに信じられずにいた。そして、マークはアイオーンやバルベーローなどの聞き慣れない言葉を連呼する。マークは10年前にエジプトでアイオーンという者の計画を阻止したなど、夜にとっては意味不明な話を打ち明けた。

10年前のローマでの出来事
ブルートゥスとカッシウスが率いる共和・元老院派についたマークは、フィリッピの戦いで窮地に追い込まれた彼らの救出に向かう。だが、歴史の改変を阻むため、創造神ラーと家庭の女神ウェスタが動くのだった。


前42年、古代ローマ、フィリッピにて____。



ローマのフィリッピでは、激しい戦いが繰り広げられていた。そこでは若き日のマークが、今まさに黄金の果実を使おうとしていた。

「アムラシュリングにあんな使い方が?あの時のボクより確実に賢い。いや、未来から来たボクが関わり、この戦いの中で急激に成長したのか?」

マークは、若き日のマークの戦い方が自分の記憶より格段に上であることに違和感を覚えていた。

「黄金の果実の使い方は知ってるぞ。キミにボクは倒せない」

若き日のマークは、目の前で対峙する未来から来たマークに淡々と告げた。

「え?」

「キミが来るのは予め分かっていた。ボクはここでキミを食い止める必要がある。キミにウェスタは渡さない」

「どういうことだ?ボクは彼女を助けに来た!」

若き日のマークは、手にした黄金のトリガーを引こうとしていた。だが、ウェスタから発せられた拘束陣にかかり、身動きが取れなくなった。

「クソ!!」

「詰んだな」

ラーが余裕げな口調で言った。

若き日のマークには、ラーとウェスタから槍の刃が首元に向けられていた。あと数センチ刃が動けば、喉を貫く距離だった。だが、果実は既に彼の手元から離れ、宙を待っていた。若き日のマークは後方の片手を失ったホルスに全ての望みを賭け、彼に向かって果実を投げていた。

「ボクにはもう分からない。何が正しいのか、どうするのが最善なのか。ホルス、あとは頼んだ。キミに全てを託す!!」

すると、ラーが焦り混じりに叫んだ。

「果実はワシのコントロールの範疇を超える。まずい、あれを奴に渡してはならん!!」

そう言ってラーは、若き日のマークのことなど構いもせず、槍を打ち捨て宙を舞う果実に向かって走り出した。ウェスタも踵を返し、全力で駆け出す。果実が誰の手に渡るのか、その瞬間は一瞬であるはずなのにスローモーションのように時が流れた。ゆっくりと宙を舞う果実。物凄い形相の神々。運命の道が切り開かれようとしていた。マークは重力の指輪で果実に気を取られていた神々を吹き飛ばした。ラーとウェスタ、若き日のマークは倒れ込み、宙に舞う果実を取ろうと見上げていたホルスも体勢を崩した。

「夜、走れ!!」

マークは思い切り叫んだ。すると、次の瞬間マークの頭に何者かの声が響いた。

「まだ気づかないのか?その女が、私が遣わした新たな使徒、マティアの後を継ぐ者であることに」

マティア
裏切り者の代名詞であるイスカリオテのユダの死により、十二使徒のポストに欠番ができたため、その後釜として推薦された人物。『使徒行伝』によれば、イエスの復活後、エルサレムに終結した十二使徒たちはイスカリオテのユダに代わる人物を探した。使徒の数が11人では不完全であり、これはイスラエルの十二部族になぞらえた思想に由来する。後釜の条件として、洗礼者ヨハネの洗礼からイエスの昇天までの期間、イエス及び十二使徒と共に過ごした人物から選出することが決められた。その候補者にマティアとバルサバの渾名で呼ばれるヨセフの二人が挙げられた。選出のためにくじ引きが行われ、マティアの方が選ばれた。その後、マティアは布教活動中にエルサレムでユダヤ人に逮捕され、石打ちの刑にされた上、斬首された。

「夜が使徒?」

「そのままで良い。思うままに、成すべきことを果たすのだ」

宙を舞う果実に向かって突進した夜は、見事それをキャッチした。果実を掴んだ夜は、それを両手で持ち、しばらく眺めていた。

「これが、黄金の果実......」

果実から発せられる青白い光が夜の顔を照らしていた。

「これで、私は......全てを」

夜は不気味な笑顔を浮かべていた。普段の彼女とは異なる狂気じみた表情だった。

「教授、それじゃあ、さようなら。ふふ」

「え?」

「私は私の世界をつくる。これで全てが手に入る」

「違う!果実は人の欲望を引き出す器!夜、やっぱり願いへの思いが強すぎるキミにはダメだ。それを今すぐに手放せ!!ロベスピエールの二の舞になる。戻ってこい!!」

「アイ、オーン......」

どこか焦点が定まっていない表情の夜は、そう呟いた。






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「並行世界論の話は分かった。確かに私のパパと教授の言うパパの話は食い違っている。けれど、どちらもパパで間違いない。私はママを救ってパパも同時に救う。教授は水晶で眠るあの人を救う。難しいことを考える必要はないわ」

「並行世界の話の続きは、また後でしよう。そうすぐには受け入れられないさ。ボクもそうだった」

「ところで、教授は今でもあの人が好きなんですね」

「分からない。どうしたいのかも分からなかった。キミがここに来るまでは。でも、やっぱりあの時間を取り戻してみたい気持ちはある。あの青春の日々の中で感じた気持ちは、確かなものだった。少しでも隣で話したかった。話も弾まないし、沈黙だってある。けれど、不器用すぎるその小さな時間の積み重なりを大切にしたかった。想いは叶わなくてもいい。叶わなくても、それは大きな支えとなる」

「私は人を好きにならないわ。誰かを好きになることは、悲しみの方が大きい。ママを失ったパパを見て、そう確信した。失うぐらいなら、最初からない方が良い。私はこの先も、誰も必要としない。お一人様で十分」

「顔は瞳にそっくりだが、性格は橘に似ているな。そういう頑固なところが」

「でも、教授だってそうでしょ?結局、好きになってひどく悲しむことになった」

「彼女は......悲しみを超えるものを与えてくれた」

「ごめんなさい、つい......。そういうつもりじゃ。意地悪したくて言ったつもりじゃなかったの」

「分かってる。その歳で親を失ったんだ。悲しみの傷は深い。気分が不安定にもなるさ」

「ホントにごめんなさい......」

「大丈夫。ボクは気にしていない。とにかく、行こう。あの日のローマに。ボクはボクの、キミはキミの成すべきことをしよう」

「そうね」




Shelk 🦋

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