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マークの大冒険 常闇の冥界編 | 一閃の刻
《前回までのあらすじ》
荒野で彷徨っていた俺たちの前に大男が現れた。彼の名はアキレウスという。どうやら彼はマークと知り合いらしく、幾つかの借りがあるらしい。その借りとして、アキレウスは俺たちを案内するという。広い荒野で呆然としていた俺たちにとっては有難い話だが、そんなにうまい話があるのだろうか?本当に信用できるのだろうか?だが、俺は彼らに着いて行く他なく、二人の背中を追うことにした。
アキレウスに導かれてしばらく歩くと、巨大な建築物が見えてきた。何本もの大きな柱に支えられた破風の下には、内部に続く階段がある。
「冥界にもハデスを讃える神殿があるのか?」
マークが隣で歩くアキレウスに訊ねた。俺は並んで歩く二人の背中を見ながら歩く。そうして俺たちは建物の内部に続く階段を登り、中に入っていった。
「これは一部に過ぎない。ここにはハデスの神殿が山ほどあるからな。あいつの富は、エジプトのテーベに流れ込む富に匹敵する。それで俺は今、生きていた頃の力を買われてこの神殿の門番をしているってわけさ。ヘラクレスなんかも別の場所でハデス神殿の門番をしている」
エジプトのテーベに流れ込む富
これは、ホメロスの叙事詩『イリアス』でアキレウスが発した言葉。アキレウスがアガメムノンと報酬の件で揉めて戦場を離脱した際、オデュッセウスはアキレウスを復帰させるために交渉を仲介した。だが、アキレウスは「エジプトのテーベに流れ込む全ての富を渡されてもアガメムノンには従わない」と答えた。『イリアス』からは、ギリシア人視点によるエジプトの繁栄ぶりも窺える。
「エジプトのテーベに流れ込む富に匹敵する?どういうことだ?」
俺はアキレウスの言う比喩の意味を不思議に思った。
「ハデスは最も富裕なる者という称号を持つ。地下世界の全ての富、そして死者に捧げられた財産の全てを彼は得るのさ。だから黄金の国エジプトの首都だったテーベに富の上では匹敵するというわけさ」
マークはそう言った。
「なるほどな。それにしても、確かに凄い数のコインだな」
俺は神殿内で山のように積み上がったコインを見て驚いた。コインの山は銀河のように輝き、煌めきを放っている。俺は床に落ちているコインのうち、一枚を拾い上げて眺めた。
「セレウコス朝シリアのテトラドラクマ銀貨だな」
マークが俺が手に取ったコインを観て言う。
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前120年〜前119年発行
大鷲と王笏を携えるゼウス座像
「バシリッセス・クレオパトラス・テアス・カイ・バシレオス・アンティオコウ。女王クレオパトラ・テアと国王アンティオコスの、か」
俺は、コインに記されている文字を何となく口にして読んだ。
「え!?今なんて」
「何だよ」
「どうして読めるんだ?」
マークが不思議そうに俺を見ていた。
「どうしてって?」
「どうしてって、古代ギリシア文字は普通の人間には読めない。だってキミは、古代ギリシア人じゃないだろ?特別な教育受けてない限り、今の人間には読めないはずだ」
「え?言われてみれば......」
その瞬間、突然の目眩と共に走馬灯のような映像が脳裏を駆け巡った。
「どうした?大丈夫か?」
「あ……」
「何か思い出したのか!?」
「......」
「古代エジプト語よりはまだ多いと言え、日本で古典ギリシア語を学べる学校は数少ない。東京から来たと言っていたな。筑波や大阪でなく、東京で古典ギリシア語を学べる場所。まさかだが、もしやキミは......。蔦茂る煉瓦造りの校舎、方舟の教室とマリアのステンドグラス」
マークが発した言葉を聞くと、そのイメージが頭の中に鮮明に浮かび上がってきた。
「そうだ、吹き抜けのサークル棟、5つの図書館、そして大時計台......」
マークの言葉に続けて、不思議とその言葉が俺の口から出た。
「嘘だろ。マジかよ、同志か。そうだったのか!」
「これは、どこの記憶なんだ......」
「キミの通う学校だよ」
「学校?」
「そう、ボクらは同じ学校だったんだ。在学は被っていなかっただろうが、キミはおそらくボクの後輩ということになる。そうか、同志か。なら話は変わる。さっきは凡人と言ってすまなかったな。後輩として、大いに歓迎しよう」
「そうなのか?それにしても、えらく手のひらを返すな」
「同志となれば、話は別だ。それで、他に思い出せることは?」
「キャンパス内のイメージだけだ。あとは、分からない」
「まあ、今は無理に思い出す必要はないさ。またそのうち、何かをきっかけに思い出すかもしれない」
To Be Continued...
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前120年〜前119年発行
クレオパトラ・テアとアンティオコス8世グリフォス
今回エピソード内に登場したコインの反対側には、シリア王家の親子の肖像が描かれている。本貨は、アンティオコス8世グリフォスとクレオパトラ・テアの共同統治時代に発行された4ドラクマ銀貨である。即位時のアンティオコスは幼少ゆえ、実権は母に握られた。アンティオコスはセレウコス朝シリアの王だが、エジプトのプトレマイオス王家の血も引いている。彼の母クレオパトラ・テアはプトレマイオス6世の娘にあたる。
クレオパトラ・テアは、セレウコス朝シリアの女王である。プトレマイオス朝エジプトの王女だったが、政略婚でセレウコス朝に嫁いだ。狡猾な野心家だった。
アンティオコス8世エピファネスは、セレウコス朝シリアの王であるデメトリオス2世ニカトールとクレオパトラ・テアの子。実権を握る母と対立し、彼女を暗殺して単独で即位した。グリフォス(鷲鼻)という彼の容姿を表した渾名でも知られ、アンティオコス8世エピファネスという正式名よりも、アンティオコス8世グリフォスという名で呼ばれることの方が多い。
Shelk🦋