主体性の幸福(3)「できた!」の前、脳の中では
連載コラム「主体性の幸福」第3回をお届けします◎
前回の記事はコチラ。
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前回の内容は、
生まれたての赤ちゃんも
「自分で動いたのか、他者に動かされたのか」
の区別が、はっきりできていること。
だから「自分で体を動かそうとして、動かせた」
「やってみて、成功した!」
そんな体験をしているはず、ということでした。
今回は新たなテーマに進むつもりだったのですが、、
改めて前回を読み返してみると
「自分で動ける」ことのスゴさや
赤ちゃんも「自分で考えて」動いてる!ということ、
もっと力強くお伝えしたい!
・・・という気持ちになりました。
そこで今回は主に
「初めての動きを学ぶ時、脳の中で起こる変化」
について書いてみたいと思います。
赤ちゃんが「自分の力で学んでいる」ということ、
より実感していただけたら嬉しいです。
①前置き~赤ちゃんの試行錯誤
まず、「こんな動きも、初めは試行錯誤が必要!」
という例をあげてみます。
(メルマガで何回か似たお話をしてますので、
前も聞いたな~と思う方は、飛ばしても大丈夫かも。)
「重力に逆らって、持ち上げる」
これは生まれたての赤ちゃんが一番初めにやってみる運動です
(学びでもあり、面白い遊びでもあります。
生まれたての赤ちゃんにとって一番面白いおもちゃは、自分の体。)
「手を持ち上げてみて、バタンと落とす」
「足を上げてみて、落とす」
といった段階になると、わかりやすいですが
それよりもっと前から始まっています。
生まれたての赤ちゃんはよく床の上でモゾモゾします。
とても小さな動きですが
羊水から出てきて、初めての重力の中で
「こりゃ、どうなってんだ?」
「どうしたら動けるの?」
いろいろ試してみてるモゾモゾなんです。
重力に逆らって持ち上げるためには
力を入れる必要がありますが、
全身ガチガチに力が入っていてもダメ。
ここは力を入れて、ここはリラックスして…
ここをこんなふうに動かすと、連動してこっちも動いて…
上の方に動かすとこんな感じで、横の方だとこんな感じで…
伸びてみたり、縮んでみたり…
大人にはランダムなモゾモゾに見えるけど、
赤ちゃんにとっては沢山の「初めて」体験なので、
モゾモゾだけでも、めちゃくちゃ遊んでいます。
遊びながら、自分の体の動き方を知っていきます。
たとえば発達のめやすの1つ「首座り」は
「頭を持ち上げる」という動きの学び。
これは首の筋力の問題ではないんですね。
むしろ、体幹の使い方、背骨の使い方、
バランスのとり方…などが関係が深いです。
それはこのモゾモゾの時期に、試行錯誤すること。
そして、初めは偶然「あら、頭が上がったわ?」
頭が上がると視界が変わるので
「もう一回見えないかな?」とチャレンジしてみたりして。
くり返しやってみることで、楽に持ち上げられるようになります。
大人がもう意識してない、こんなふうに細かな学びが
ものすごくたくさんあります。
②無意識にできるようになるまで
次にお伝えしたいのが
この「どうやったら動ける?」という試行錯誤って、
たとえ話じゃなく、実際に赤ちゃんは
「考えながら」やってるらしい!
ということ。
大人のように言葉を使って「どうしようー」と
考えてるわけではないのですが、
脳の中の働きを見ると
「考えてる!」
としか言いようがないことが起きてる!
そんなことをお伝えしたくて、
「『学んだ』ことが『身につく』ときの脳の変化」
という研究をご紹介します。
(2022年7月、玉川大学、窪田芳之ほか)
これはマウスが対象の実験で、
言語がなくても「考える」という現象がどんなことなのか?
も、イメージして頂けるかもと思ってます。
その前に・・・少し、脳の仕組みについて。
脳は、場所ごとに役割分担をしています。
ざっくり分けて、次のような場所があります。
・視覚、聴覚、触覚、固有覚など「感覚」の情報を受けとる部分
・筋肉や骨格などに「こう動いてね!」と「動きの指令」を出す部分
・指令を出す前に、次の動きの準備を「計画」する部分。
・呼吸や反射運動など、「無意識の動き」をコントロールする部分
これは人間にも、マウスにもあります。
マウスが準備したり計画したりって、どういうこと??
たとえば「エサの方に走る」という動きでは
各部署が、こんなふうに動きます。
感覚担当さんから、計画担当さんへ「あちらにヒマワリの種があります!」
計画担当さんから、動き指令部さんへ「じゃ、あちらにダッシュで!」
指令部さんから、筋肉や骨を動かす神経へ「走れ走れー!」
指令部さんの担当は、あくまで「筋肉や骨への連絡」だけ。
「ヒマワリの種! あら、素敵!」
「そっちに行こう」
と判断するのは、計画担当さんなのです。
さて、ご紹介する実験では、マウスに
「仕切りの向こうにある種を一粒、取る」
という課題をやってもらいます。
ただしルールがあって、「かならず左の前足で取る」。
その動きができるように訓練しながら
脳の変化をMRIのような顕微鏡で観察します。
もちろん、初めは失敗しますが
(想像ですが、普段は両手で取ってるのじゃないかしら…)
だんだん上手になります。
だんだん上達していく8日間を観察していくと
前半の4日間と、後半の4日間では、
脳の中で違うことが起きているのがわかりました。
訓練をはじめた初日から4日目までは
先ほど出てきた「動き指令部」の中で、
神経細胞のネットワークがどんどん増えます。
より上手になったマウスの方が増える量が多いので
「なるほど、新しい細胞やネットワークが
新しい運動を担当するのかな?」
ところが、後半の4日目から8日目になると
前半に増えた神経細胞が、今度はどんどん消えていきます。
全部が消えるわけではなくて、少しだけ残ります。
運動そのものは、より上手になってます。
こりゃ、どういうこと?
「消えた細胞と、残った細胞では、何かが違うんじゃない?」
「きっと違う役割があるにちがいない!」
神経系の細胞たちは
電気信号で情報をやり取りをしているので
違いを調べるために、電気信号がどんなルートを通っていくのか
調べてみました。
すると、「消えた細胞」と「残った細胞」では、
やり取りしている相手が違う!ということがわかりました。
どんどん増えて消えていった細胞さんたちの通信相手は
「計画担当」さん。
一方、最後まで指令部に残った細胞さんたちの通信相手は
「無意識担当」さんだったのです。
突然の登場、無意識担当さん。
呼吸、心臓を動かす、反射運動…などなど
「特に考えてない動き」を担当してます。
呼吸や心臓のドキドキも、筋肉が動くものです。
でも、これは計画担当さんは関係してないのです。
ずーっと必要な動きなので、いわば
「自動プログラム」
みたいなものがあるんですね。
パソコンのセキュリティソフトみたいな感じ。
奴らも、何も操作してなくても、自動で働いていて
「危険です」とか「安全です」とか言ってくれますね。
無意識担当さんは、そんな自動プログラムを
たくさん保管して管理している場所です。
つまり・・・
新しい動きを学習するためには
「計画担当さん」と沢山、やり取りをする必要があるけれど
いったん上手になると、それは必要なくなる。
それは、呼吸や心臓のように「自動プログラム」ができて
無意識さんに担当が変わるからでは?
「考えなくてもできるようになる」
って言い方がありますが、
まさに脳の中で、そういうことが起こってるー!
この研究を読んで、すごいなー!と思ったのは
「できるようになるまでは、考えてる」
ってところです。
初めに「動き指令部」さんがドワーッと増えたのは、恐らく、
計画担当さんから送られてくる情報がドワーッと増えたから。
両手を伸ばして取るのと片手を出して取るのとでは
手の使い方はもちろん、バランスの取り方も違います。
計画担当さんは「どう動いたらいいかな?」
前足はこんなふうにしてみて、
背中はこんなふうにしてみて・・・
と、どんどん新しいアイディアを出すんじゃないでしょうか。
大量のメッセージがバンバン入ってくるので
指令部の神経細胞さんを「増員」する必要があったんじゃないか。
新しい「動きのプログラム」が完成して、自動化されるまで
それだけ忙しく「考えて、試行錯誤して」いるんじゃないか。
マウスでも!
ということは、赤ちゃんも、きっと!
「赤ちゃんも自分で考えて動いてる」
というイメージ、
より実感していただけましたでしょうか。
最初からプログラムがあるわけじゃない、
自動的にできるようになるわけじゃない。
(胎児の動きの研究から、「自動プログラムがあるなら、動きの発達に個人差はないはず」という意見もあります。)
試行錯誤の末に、作り出すものなんだ・・・ということ。
「考える」っていうと
頭の中で言葉を使ってやること
というイメージがあると思います。
でも、言葉が使えなくても、
「どうしたら上手くいくだろう?」
と、試行錯誤しているのは同じ・・・。
この連載の第1回では
「自分で決めて、自分でやると、幸福感を感じる」
という研究をご紹介したのでした。
「体を動かすこと」は
赤ちゃんにとって、人間にとって初めての
「自分で考えて、自分でやってみる」ことです。
うまくいかなくて泣くことがあっても
考えて、試行錯誤して、
「これはいいぞ」「これは面白いぞ」
そこに自分でたどり着けたら、それはきっと嬉しいことです。
人生初めての時期の「自分でできた」、
たっぷり体験してほしいなー!と私たちは思うのでした。
(つづく!)
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