私信
あの子の好きなものは、お金、かわいい顔、愛のないセックス、きれいな体と腕の傷。あの子の嫌いなものは、他人からの執着、ネギ、男、かわいくない生き物と、首の詰まった服。
その程度だ。その程度だったんだ私達は、きっとあの子は私を何も知らないし、私が知ってるあの子も人格の一部みたいな小さなちいさな表面上のことだけ。誰にも言えないと泣いていた声もこっそり教えてくれた本当の名前も突然送り付けてきていた自撮りも全部、もう忘れたし偽物だった。
きみだけは嫌わないで、きみだけは捨てないで、きみだけは否定しないでとお互いを縛り続けてきたけど全部無意味だったし、結局、あのこはどこかへ行ってしまった。逃げたと言うのは性格が悪いだろうか、置いて行かれたと泣くのは面倒だろうか、もうどうでもよくて忘れたと言うのは、薄情だろうか。忘れたい、進みたいのだわたしも、あの子とやり取りしていたスマホはもう機種変更したし、中学も高校も卒業して大学にだって入れた、中退しちゃったけど。就職だってして今はもう責任者だし、来年私はあの時散々苦しめられた同級生がたくさんいる成人式に出る。君が行かなかった成人式に。ずっとこどものままあの時の薄くて不安定な愛情に縛られて停滞しているわけにはいかないんだよ、いかないからもう忘れさせてよ、夢に出てこないで夢を見せないでよ、縋る相手も場所もないのに縋るのはもう嫌だよ。
今日は雨が酷かった。きみと初めて出会った時より梅雨入りはずうっと早くなった。横断歩道で青信号を待っていたら前を横切った車に首元から足先まで水溜りの水をかけられちゃって、なんとなく悲しくなってひとりでめそめそ泣いたりしたんだよ、君に電話をかけられたら一人で泣かずに済んだんだけれど。わたしが水嫌いなの知ってるでしょ、なんで守ってくれないの。なんで慰めてくれないの、なんで声を聞かせてくれないの、なんで同情して優しくして褒めて肯定してくれないの。嫌だったね、よく怒らなかったね、ちゃんとお仕事行けて偉いねっていうのがあなたの仕事でしょ。
病名がつくのが怖くてずっと行かなかった病院に、そろそろ行ってみようと思うよ。わたしたち人間は平等できっと不幸だって平等だから、病気や薬で理由を作ってしまうのがずっと嫌だったけど。きみの声が聞けない、きみに話を聞いてもらえない人生は思ったよりもつらくて そろそろ立って笑えるフリするのがやっとらしいから。
生きるのはとても難しい。きみが諦めてしまった人生、わたしも諦めてしまいたかったんだけど でもきみにドヤ顔するためにももう少し頑張りたい気もするから、甘えるのは得意じゃないけれど少しだけ甘えてでも生きてみようと思う。
忘れないでね、捨てないでね、ずっとわたしだけの存在でいて。
わたしはわたしを諦めないから、
きみが諦めてしまったきみもわたしが背負ってあげるから、
きみはわたしを諦めないでね。