冬の始まり 4 クリスマス
町田駅に着いて、私は彼の車に乗った。
助手席に座るのなんて何年ぶりだろう。まだ10代であった私は、男の人の助手席に座ることなど滅多にない。だからこそ、運転ができるということだけで男性の評価は大きく上がる。
車内では、急アルで入院していたことについての話で大盛り上がりした。2年前に付き合っていた元彼以来久々に見る夜の神奈川の道を懐かしいと思いながら、好きな人と過ごせる23時のクリスマスは自分にとって有り余るほど幸せだった。
話している最中に、ふと横顔を見た。血管の浮きでた手をハンドルに掛けている。彼の小顔で綺麗な横顔。
この人が1番かっこいいなと思うようになった。
1か月前まで、いや、半月前までタイプじゃなかった見た目が、今や私のタイプはこれ以外ありえないと思えるほど、私は彼に惚れてしまっていたのだった。
江ノ島まで向かう予定だったが、今から江ノ島はかなり時間がかかるという話になった。
そうして、今日はホテルで1泊して後日行くことにした。そして、ホテルを探していつも通りの安いホテルに泊まった。
次の日、冬の澄みきった晴れ空の中、助手席に乗って江ノ島まで向かった。12月26日、学校もバイトもあったが、休んででも2人で過ごせることが幸せだった。車内では2人が好きな音楽が流れていて、たわいも無い話をしながら途中コンビニに寄ったりしてようやく江ノ島に到着した。
江ノ島の海を2人で眺めていた。人の声を全て波音がかき消しているようで、自分の世界に入り込んだ。隣の彼を見ると、携帯を眺めていた。画面をのぞき込むと、ゼンリーやTikTokを何度も往復している。ここまで来て見るものがこれか、と呆れながら、さっきまで見ていた海の音が少々切なく感じた。
彼が、江ノ島を案内すると言うので着いて行った。そこは人が少なく、2人きりで江ノ島の海を眺められる場所だった。すっかり夕方になり、夕日が海を照らしている。初めて見る夕日と海の組み合わせに気分を高揚させていたのもつかの間、
「あー彼女と来たかったな」
一気に突き落とされた感じがした。
一緒にクリスマスを過ごして、ドライブして、2日間も一緒に過ごして、その前だって一緒にイルミネーションも見に行ったのに。私だけがそれに価値を感じていて、勝手に勘違いをしていて、カップルのような時間を過ごしていると思っていたのも私だけだったこと。私はその事実に目を逸らし続けていたつもりだった。しかし、私はすっかり好きになっていて気づかぬうちに相手に期待してしまっていたのだ。
もちろん、彼に彼女がいたわけではない。だからこそ、私は彼女になれることは絶対に無いのだという現実を突きつけられた。私はそれを聞いた瞬間、2人でいる時間が急に虚しくなって帰りたくなった。涙が出そう、もう帰りたい。でもそんな顔を見せたらもっと嫌われてしまう。私は全ての思いを殺して、
「私も彼氏と来たかったなー」
と反抗した。時刻は18時となり、江ノ島のシーキャンドルを見るためにそこへ向かった。
高台から見下ろす景色は、私たちの関係とは正反対かのように美しく輝いていた。そこへ向かう最中、名物である江ノ島のイルミネーションも見ることができた。昼は冬の日差しで暖かいが、夜になると一気に風も冷たくなる。日が落ちて夕日も見えなくなると、真っ暗な空の下、眩い光に照らされたイルミネーションを見ているだけで2人の言葉数は少なくなる。彼と遠くの方を見やりながら、なんとも言い表せない気持ちになった私はこの瞬間をいつまでも忘れたくないな、と思った。
どんどん登ってゆき、相模湾を見下ろせる丘の上の鐘がある所までたどり着いた。恋人が訪れるスポットとして有名であることを知っていたので、私は少しばかり胸が高鳴った。
「鳴らす?」と彼が言ったので頷いたのだが、待っても目の前のカップルが何分も滞在していて避ける様子もなかった。
待ち続けても一向にどく気配がないので諦めて降りることにした。私たちのために用意されている場所では無いということを教えているようだった。
車に乗ると、彼は歩き疲れたと言いながらキスをしてきた。私はやっぱり彼のことが好きだった。呆れることもあったし帰りたくもなったから、この日を表すとしたら最高で最悪の日とでも言うのだろう。時刻は21時となっていたので、ご飯を食べて帰るか、このまま帰るかという話になったが、1秒でも長くいたかった私は、運転してくれたお礼にご飯を奢ると言って回転寿司を食べに行くことにした。
傍から見たら今日の私たちはカップルだったと思う。でも、お互いの気持ちは決して交わることはなく、そして今後もきっとない。向こうが私に思いを寄せてくれたらそれでいいのに、ひとつの選択を間違えてしまったから。カップルのように、この日が楽しかったねと後々語り合うこともない、月日が経てば忘れてしまう誰にも話すことのないただの12月26日。
ご飯も食べ終わり車で最寄りの駅まで向かった。
車内は暖かいけれど夜遅くになった外は凍えるほどの寒さだった。お腹いっぱいになって眠くなり、帰りたくなくてどうしようも無かった。駅に着く直前、私は運転中の彼の膝に寝っ転がった。
「やっぱり帰りたくない。まだ一緒にいたいからカラオケ行こうよ」
彼氏に言っているのかといわんばかりの、自分でも恥ずかしくなるようなわがままを初めて言った。絶対に断られてもおかしくないのだが、彼は進路を変えてカラオケの近くの駐車場に向かっていった。車を停車させると椅子を倒しだして、人に見られるよ、と言いながらもよく分からない時間を過ごしていた。わがままを言わなければ過ごせなかった時間。この狭い車内という空間は、普段の広いホテルにいる時よりも何倍も幸せに感じた。
そろそろ行くか、といいフリータイムでカラオケに行き、あっという間に朝5時を迎えた。橋本駅まで送ってもらって、じゃあ、と言って車を降りた。本当に帰りたくなくて仕方がなかった。今までは遊んだその日のうちに次の予定がたった。しかし今回は遊ぶ約束をしていなかったのだ。今回で本当に会うのが最後になってしまうかもしれない。これは遊びに行く度に毎回思っていることだった。2日も一緒にいたらそれはどんなに関係の浅い友達でも寂しくなるだろう。早朝とはいえ12月の、夜みたいな暗い空で一層気が沈む中電車を待ち、気を紛らわすために音楽でも聞くか、といつものようにイヤホンを探した。
あれ、ない。あらゆるポケットも鞄の中もどこを探しても見つからない。iPhoneの探すを開くと、止まっていた駐車場だった。私は急いでホームを降りて駐車場へ向かうが見つからない。カラオケ店にも電話をしたがやはり無いとのことだった。私は彼にイヤホンある?とLINEをし、その後も必死に駐車場や、通った道などを1人で探し回った。歩きづらいヒール、人気の少ない早朝、見知らぬ土地、何よりさっきまで彼といた場所。こんな所に1人でずっといたいわけがないのに、高いイヤホンが無くなったら困る。イヤホンが見つからないことよりも、こんな環境に1人でいることの方が悲しくて、涙が出そうになりながら冬なのに汗が止まらなくなった。
諦めて駅に戻ろうとした時、彼からイヤホンが入っていたというLINEが来た。
電話をかけ、早く返して欲しいんだけどと言ったものの、中々予定が合わず年明けになると言われた。イヤホンがすぐに戻ってこない間どう過ごそうか、と考えて落ち込んだが同時に、これで会う口実ができた、とも思った。無くなったわけでは無いし、彼と会う口実もできたとプラスに考えようと思いながら、2日間もろくに寝てない体は疲弊しきっていて、電車ですぐに眠ってしまった。
その後も友達と遊ぶ予定がびっしりつまっていて、そこで彼とあった出来事をいくつも話しているうちに2022年は幕を閉じ、新年を迎えることになる。
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