歌ってみたいあなたへ
需要があるかどうか分かりませんが、「歌ってみた」を始めたばかりだったり始めようと思っているけれど歌のことはよく分からないといった超初心者さん向けに、歌うときの基本を書き出してみます。
「そういうお前は何者?」と思われるかもしれませんので音楽関係の略歴を。
・クラシック系の声楽教育を受けた、現役引退済みのクラシック&宗教歌手です。
・地元のキリスト教会で10年以上音楽監督やってました。
・ポップスやロックなどクラシック以外の歌唱は専門外で、マイクの使い方も正直よく分かりませんが、大元の「歌」に関しては一応元プロです。
・教会での合唱指導以外に個人への歌唱指導経験もありますが、対面のレッスンのみで、この記事でも個人の指導をするつもりはありません。また、声楽にせよポップスのボイストレーニングにせよ、本を読んだり動画を見たりして自己流でやるのはお勧めしません。ちゃんとプロについて対面でやった方が絶対にいいので、自宅で出来るトレーニング法の類も書きません(自己流だと体に適切ではない負担をかけてしまい、危険な場合もあります)
・なので、ポップスの歌い方だとか声楽のああだこうだとかいうより、そもそもの声の話や姿勢など「基礎の基礎」の話になります。
・ポップスやロックの歌い手さん観点やMIX師さんの観点からはまた違う意見があるかと思います。
・歌ってみたを始めたばかりで自信のない歌い方になってしまう、ぼそぼそした歌い方になってしまう、何度練習しても音を外してしまう、などの超初心者さん向けです。ある程度自分の歌い方が出来上がっている人、カラオケの持ち歌が何曲かあって、まあまあの点数が出せる人には必要ないようなレベルの話です。
・超初心者さんが「何が分からないか分からない」状態でまごついているのを見る機会がたまにあったので、そういうときに助言したことをざっくりまとめてみました。
声を出せる場所を確保する
家族と同居している人や賃貸物件でご近所さんに気を遣う人など、それぞれ事情もあるとは思いますが、声を出せないとそもそも歌は歌えません。当たり前のことを言っているようですが、「声を出す」というのは声量も含めての話です(怒鳴れとは言ってない)。家のお風呂でクロールの練習はできません。カラオケでも河川敷でもどこでもいいので、ある程度の音量で歌っても大丈夫な練習場所があることが重要です。もちろんある程度の音量で歌える録音場所があればそれに越したことはありませんが、とりあえず練習場所だけでも確保しましょう。
小声で歌った曲の音量を調整しても、小声の音質が増幅されるだけのもやっとした音になりがちです。本番環境では小声でも、ちゃんと声を出せる環境で練習して声の出し方が身についてくれば、ある程度「芯の通った小声」で歌えるようになります。歌声に芯があって張りがあれば、増幅した時に聞きやすい音源になると思います。
どうしても小声でしか歌えない、練習できる場所もないという場合は、逆に環境にあった曲を選びましょう。語り口調のぼそぼそした発声でも違和感のない曲になるかと思います。「ささやき系ボーカル」等と称される歌手の曲でもよく聞いてみると伴奏に埋もれずささやき声がしっかり聴こえる芯の通った声だったりするので注意が必要ですが。「ギター一本で弾き語り、訥々と歌う系」のような曲から探してみてもいいかもしれません。
歌に自信がない、歌声に自信がない人の多くは歌い慣れていない、ある程度の声量で歌う・歌い続けることに慣れていないだけで、初心者さんは大抵のことは音量と歌う時の口の開け方で解決します。小さい声だと自分の耳に届く声も小さくてよく聞き取れないままふわっと脳内補正してしまったり、まあこんな感じかなで済ませてしまいがちになりますが、大きい声だと外れた時に自分でも分かりやすいし、体内で聞こえる声と自分の口から出てから耳に届く声の両方が聞こえてきて、より音を取りやすくなります。声が揺れたり震えたりするのも、口を大きく開ければ安定して解決することが多いものです。
マイクを抱え込んだり、マイクを口より下にして歌わない
(慣れないうちは特に)マイクは手で持たない方がいいです。マイクが揺れて雑音が入ったり、マイクを強く握りすぎて体に力が入ったり姿勢が固定されてしまって歌いにくくなります。
マイクスタンドか、スタンドがなければ机や棚等に固定する方法を考えましょう。
マイクを固定する位置は、口よりやや高いところにしてください。マイク位置が低いとマイクに向かって首を突き出したり背を丸めて縮こまった「猫背の犬食い」姿勢になりやすく、声が出にくくなります。マイク位置が高いと自然に背筋が伸びて喉も開きやすくなり、声が出やすくなります。操り人形が頭のてっぺんから糸で吊られているような立ち方で、まっすぐ前に歌うのではなく、やや上に歌うようにしてみましょう。
カラオケなどでたまにマイクを抱え込むように背を丸めて、頷くように体を大きく曲げて歌う人がいますが、あれで声が出るのは元の発声がしっかりしているか、体は傾けていても喉はしっかり伸ばして開いているなど姿勢を工夫しているか、マイクに乗りやすい声質の持ち主かです。ぐにゃぐにゃに曲がっていて途中で押しつぶされている細いホースよりまっすぐ伸びて太いホースの方が出てくる水の勢いは良くなります。
歌いながら目を閉じたり頷いたりしない
初心者のうちは特に、目を閉じたり首を曲げたりするだけで音が(声の質という意味でも、音程やリズムという意味でも)変わってしまいます。気持ちを込めて歌うとどうしても身体が揺れてしまう人はいますし、直立不動で硬直して歌えということではありませんが、体が揺れることは音が揺れることだ、くらいに考えましょう。テクニックとして「音を揺らす」人もいますが、意図的に揺らすのと不安定で揺れるのは別物です。身体の動きに声がつられる現象自体は歌の練習で利用することがあって、例えばもっと大きい音や高い音を出したい時に手を上に伸ばしたり持ち上げたり、声を絞る時に開いていた手をゆっくり閉じたりします。そうやってイメージを助けるくらい、声も「つられやすい」ものです。
歌詞を歌うことを心がける
これは曲にもよりますが、ボーカル曲というものは大抵は歌詞があって、多くの場合、歌詞は何らかの意味(物語なり感情なり)を伝える内容になっています。もちろん中には歌詞が添え物扱いの曲もありますが、少数派かと思います。初心者のうちは音程やリズムについていくのに精一杯で歌詞も「音の連なり」になってしまうことがありますが、事前にしっかり歌詞を読み込んで、言葉の意味をきっちり歌うようにしましょう。例えば、失恋を歌ったラブソングを「終わった恋を嘆く」ように歌ったり「諦めきれない」ように歌うなど、同じ歌詞の歌を解釈を変えて歌ってみるのもいい練習になります。
通しで練習する
初心者さんに意外に多いのが、原曲を何度も聞きこんだからいけると考えて、実際に歌う回数が意外に少ないパターン。極端な例では、一度歌ってみて「なんか違うな」と思った箇所だけ数回歌い直して練習した気になってしまうケースです。もちろん原曲をしっかり聞き込むことも大事ですが、原曲のメロディを追いかけながら頭の中で歌うだけではなく、実際に何回も声に出して歌わないと感覚が掴めません。「うまく録音できない」と言っている人に、通しで何回練習したか聞いてみたらほんの数回しか歌っていなかったり、「毎日歌ってます!(鼻歌で)」とか「ずーっと練習してました(うまく歌えない8小節だけ)」みたいなことがあります。
とはいえ初心者さんで適切な発声が分からなくて、20~30分も歌っていると声が枯れてしまうという人もいますし、通しで何回も練習すること自体が難しいこともあるかもしれません。毎回通しで歌わないといけないという話でもありません。「うまく歌えない」箇所だけを延々と攫って、通しは最初と最後の一回だけ、のようにならないよう、通しで(も)練習する癖をつけたほうが曲を流れとして捉えやすくなり、練習の効率も良くなることが多いよという話です。
自分の歌い方のズレの傾向を把握して、きちんと対策する
上で何度も練習すると書いていますが、闇雲に繰り返せということではありません。同じ間違いを何度も繰り返して練習しても間違えたまま覚えてしまう結果になり、修正に余計な時間がかかってしまいます。よくある「歌詞を勘違いして覚えていた」とか「1番サビと2番サビの最後の音が違うのに気付かないで同じ音で覚えちゃった」なんてことにならないよう、きっちり聞き込んで修正していきましょう。特に楽譜なしの耳コピで覚えることの多いポップス等の曲はついつい思い込みで歌ってしまいがちです。
とかいって私もつい最近あげた歌ってみたを後から聴き直して(あっここ間違えて覚えてた…)と冷や汗かいたばかりで、人のことは全然まったく言えた義理ではないのですが。
音程を外しがち、リズムがズレやすいなどの自覚のある人は、自分のズレ方の傾向を把握しましょう。高音に届かなくて低く外しがちなのか、勢い余って上ずりがちなのか。リズムを後追いしてしまって遅れがちになるのか、気持ちが焦って走ってしまうのか。おかしな言い方になりますが「自由自在にズレる人」というのはそうそういないもので、大抵は低くズレる人は毎回低くズレるしテンポが走りがちの人は毎回走るものです。自分の傾向が把握できていれば「自分は走りがちだから伴奏をしっかり聞いてリズムを取ろう」とか意識して歌えるようになります。
録音初心者さんの中には「自分の声を聴くのが苦手」だからと1~2回聞いただけで録り直す人がいますが、何回も録ってよくできたところをつぎはぎしてMIX師さんに渡す、と考えるより、録ってみた音源を録った時間の何倍もかけて何度もリプレイして、0:32のここの音を外してる、0:35の歌詞が言えてない、など全部書き出す勢いでリストアップして一つずつ潰していってMIX前の音源のクオリティを上げることを心がけましょう。口からCD音源とは言いませんが、安定してくればMIX師さんからリテイク要請があった時にも同等の音源を渡すことができます。テイク1と2とで声のカラーが違ったらMIXもちぐはぐになってしまいますよね。それに、闇雲に同じ間違いを繰り返し練習してもいいことは一つもありません。最近だと音程修正やリズム修正系のソフトを使えばどこがずれているか表示されるのかな? 便利な道具があるなら使って、録音を修正するのではなく元の歌を修正してきちんと歌えるようになりましょう。「歌が下手だからMIXで修正してください」ではなく、「歌が下手だから」を音程の問題なのかリズムの問題なのか滑舌の問題なのか、複合的な問題なのだとしたら曲のどの箇所でどうなっているのか、がっつり分析して理解していきましょう。
「絵が下手だから」と嘆く人も、自分が苦手なのがデッサンなのか陰影なのか構図なのか色彩なのか、選ぶテーマ(人物画とか風景画とか)なのか、はたまた自分に合っていない画材を選んでしまったのか切り分けて理解すればおのずと解決策も分かってきますよね。歌も同じで、リズムに難があるのに音域を広げようと見当違いの訓練をしても、無駄にはならないかもしれませんが解決にはなりません。歌が下手だという人の歌を聴いてみたら、実は声域が合っていない曲ばかり選んでいたなんてことはざらにあります。好きな色と自分に似合う色が違うというのは残念なことによくある話ですが、それでも好きな色が着たいのか、自分に似合う色を着る方向にシフトするのかで選ぶ服や化粧や小物は変わります。
歌の話に戻すと、例えば声質や歌い方の癖と好きな曲調が合っていない場合でも、自分の好きな歌を歌うか合っている歌を歌うかのどちらかに決めなければいけないという話でもありません。友達同士のカラオケでは好きな歌を好きなように歌って、不特定多数に聞かれて好き勝手にコメントが付けられる「歌ってみた」では自分に合った曲を歌うという人もいるでしょう。どんな場合でも、得手不得手を知っておくことは対策や戦略を練るのに有効だという話です。
同様に、「聞くアドバイスと聞かないアドバイスを切り分ける」ことも重要になります。特に「歌ってみた」で不特定多数からのコメントがあった場合、正反対の意見がつくことなんて珍しくありません。道行く人全員の意見に従ってロバが池に落ちてしまわないよう、自分のやりたいことや作りたい音、進みたい方向を見極めて、有難い意見だけどこれは違う、と思ったら切り捨てる勇気を持ちましょう。
この記事もそうですよ? 自分には合わない意見だと思ったらブラウザバックでさようなら。