お茶を挽く
「お茶挽きっていうと意味が違っちゃう」
かりかり、しゃりしゃり。セラミックミルに茶葉を入れて、ハンドルをゆっくり回しながらきみが笑う。そうだねと答えて、ミルをのぞき込もうとする娘の伸ばす手のさきで離乳食の匙をくるくる躍らせて気をそらせ、せめてひとくちでもと口元に持っていって、ぷいと顔を背けられるのにそう簡単にごまかされてはくれないかとため息をつく。
「この音がすき」
きみは笑いながら茶葉を挽く。ずっと聴いていられる。しゃりしゃり、しゅるしゅる。最初の方のミルの堅い音が、だんだんに茶葉が砕けて互いにこすり合わされる軽い音になっていく。安いお茶でも香りも立って、粉にする時間も込みで楽しくなるよね。ていねいな暮らしとか知ったこっちゃないけど、こういう時間のつかいかたは好き。
まぁま、と声をかける娘へ、今日はぱぁぱの日だよと答えてやりながらぼくもミルの音を聴く。しゅるしゅる、するする。きみの耳とは違うぼくの耳にはずっと聴いていられるような魅力はないけれど、でも、挽いているきみの手の動きやミルを見ているきみのことはずっと見ていられると思う。
茶葉専用のセラミックミルの広告をみていたきみに、ほしいなら買えばとぼくは声をかけた。四千円ならそんなに高くもないし、買ってあげようか、と。きみはぼくを見て、いいの?といたずらっぽい目をした。「こういうミルで茶葉を挽けるってことは、目についたものを何でも口にいれる年頃の子がいないか、いるとしたら挽いているあいだ誰かがその子の面倒をみてくれるってことだけど」
そのころのぼくらは、うまくいっていると思っていたのはもしかしたらぼくだけだったかもしれない。ぼくはきみにミルをプレゼントした。食洗機はぼくもほしかったから今の家に越してきたときに買ったけれど、結婚前から使っていた洗濯機が壊れた時にはきみの希望を聞いてドラム式にしたけれど、でも食洗機を使うのもシンクを洗うのも洗濯機を回すのもきみだった。
ミルを挽くきみの手は出会ったころに較べると荒れてきているけれど、爪には出会ったころのようなきれいな色がまた乗るようになった。
するする、する、かたん。挽き終わったきみがミルをテーブルに置いて、蓋を開けて粉茶をコップに入れる。ぼくがお湯をそそぐ。娘のコップには白湯を入れて。緑茶って幾つから大丈夫なんだっけ。今度ノンカフェインの茶葉買おうか。
母の日おめでとう。