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5本もない(Ⅲ)

その日、アパートに帰ってから、ほとんどの修正作業を終えました。後は井上君と一緒に「動産目録」に、盗まれた物の時価を記入して表のサイズを整えるだけです。
井上君には自分のアパートで動産目録を作ってもらい、翌朝、私の家に来てもらって、一緒に動産目録も完成させ、訴状3冊をプリントアウトしました。
そして、また裁判所で修正するべき所を指摘されたら、すぐに直せるようにノートPCとモバイルプリンターを持って横浜地裁へと向かいました。
オマケも持って。
最初は法務局の食堂へ行きました。法務局の食堂はランチが安くて美味しかったので、私達のお気に入りになりました。
 
そして午後1番で、3度目の挑戦です!さぁ、受付窓口へ!

ですが、この日挑戦に行ったのは、横浜地方裁判所の受付窓口ではなく、横浜地裁の中にある、横浜簡易裁判所の受付窓口です。
 
実は、私はここで、ひとつ罠を仕掛けておいたのです。目的は、昭和A棟が、ご老人たちの所有物件ではない事を証明する「証拠」をつくる事でした。
 
S司法巡査が、南村おばぁさんに聞いた話「昭和A棟の所有者は『謎田黙男』さんだけど、南村さんが固定資産税を支払っているので、所有者は南村さんの実の娘で、元々の大家さんの養子となった『東村和美』さん。」

このトンデモ話は、S司法巡査が井上くんに電話で伝えただけの話ですから「証拠」がありません。この「本当の所有者は謎田黙男さんであって、東村和美さんではない」という証拠、(つまり、ご老人たちは自分とは何の関係もない家屋に勝手に入った、という証拠)が欲しかったのです。
 
そこで、私はご老人たちの習性「すぐにカッとなって後先考えずデタラメを言う」。これを使おう、と思いました。横浜簡易裁判所宛の訴状を書き、地裁に提出する訴状に、この「横浜簡易裁判所に東村和美さんを提訴しました」と書き足して、地裁、簡裁それぞれ3冊分プリントアウトしました。この簡裁の訴状が、「オマケ」です。


タイトルはテキトーでもOKでした


この提訴の内容は、東村和美さんに対して「いきなり引っ越せとはひどいじゃないか、引越し代と迷惑料よこせ」という要求です。
井上君に引っ越せと要求したのは、西村いちろうさんですけれど、自称「大家」さんは東村和美さんですから、東村和美さんを訴えたのです。しかも74万6500円要求しました。井上君が最初に西村いちろうさんへ送りつけた内容証明での請求金額ではなく、井上君の現住所付近での、昭和A棟と同じ2Kの物件を借りるための初期費用に、M市からの一般的な独り者の引っ越し代をあわせた金額と、少々の慰謝料を足した金額です。訴額(相手方に請求する金額)が140万円以下だと、地方裁判所ではなくて簡易裁判所になります。
 
この提訴は、実は「棄却されるため」にしたものです。
あのご親戚一同の行動パターンを見ると、「お金を払え」と提訴されたら「冗談じゃない!金なんか1円だって払うものか!」と、カーッと頭に血が上って「東村和美は所有者ではないから、カンケーない。」と主張するはずです。裁判所も、所有者でない者に引越し代を請求するなどありえないから棄却してくるはずですよね。そうなれば、「棄却の理由」に「東村和美は所有者ではない」と書かれるはずだと思いました。これで、ご老人たちが「昭和A棟に関して何の権利も有していない」公的な証拠が手に入る、という予想でした。あくまで予想でしたので、賭けではありましたがw
 
そこで、横浜地裁に提出する西村いちろうさんと南村二江さんの訴状に「横浜簡易裁判所に東村和美さんを提訴した」と書いたので、先に簡易裁判所に東村和美さんを提訴しに行った、という事だったのです。井上君も、「こりゃ面白い!」とはしゃいでいました。


横浜地裁に提出する訴状の一部


 
横浜地裁のビルの中には横浜簡裁がありますから、横浜簡裁で受理されてから地裁へ訴状を持っていく予定でした。訴状の書き方は地裁も簡裁も同じはずです。
横浜簡裁の受付の方に訴状を渡すと「フン、フン」と読んでくださって、親切にも証拠に「甲第 号証」というハンコを赤色で押して、何と、番号まで書き入れてくださいました。
(私たちは、この時点で初めて証拠、実際は『書証』と呼ばれる紙に赤い文 字で「甲~号証」と書き入れる事を知ったので、地裁用の書証には赤いマ ジックペンで「甲~号証」を書きました。ああ、恥ずかしいw)

職員さんが「甲第 号証」のハンコを押してくださいました


(これは…もしかしたら、一発で受理?)職員さんの流れるような作業を見ていたら、期待に胸が膨らみました。ドキドキ、ドキドキ、自分でも心臓の音が聞こえるような気がした数分間…

ところが、受付の方から次のようなご宣託を頂きました。
「訴状は、これでいいんですが…。」
「はいっ?」
「あの、管轄がですね。ここではないんですよ。」
なにぃ~~~~~~~っ????????
「これは神奈川簡裁の管轄になります。」
ええええええ~~~~っ????????
「でも、そんなに遠くないですから大丈夫ですよ。」
と、地図を下さいました。
「ひいぃいいい~~っ!!」
「急げーっ!!!!!」

その日のうちに地裁に訴状を出せないと、翌週になってしまいます。駐車場で、超高速で一部書き直しです。「横浜簡易裁判所御中」を「神奈川簡易裁判所御中」に直して、また3セット作って、神奈川簡裁へ向かいました。午後2時頃でしたが、道路が混んでいて焦りました。

ですが、神奈川簡易裁判所に到着すると、さすが横浜簡裁のお墨付きをいただいただけあって、一発で受理されました。ところが
「収入印紙を買って来てくださいね。」
そうでした、そうでした。提訴するのには訴額に応じた収入印紙が必要なのでした。収入印紙を買うのは郵便局ですが、幸い神奈川簡裁の近くに郵便局があったので、井上君が一人で走って行きました。せっかくなので、簡裁用の収入印紙代の他に、横浜地裁の分、西村いちろうさん南村二江さんを提訴する分の収入印紙代の金額も、簡裁で聞いて買っておいてもらいました。おデブの井上君ですが、元々野球部でしたので短距離走は得意です。

窓口で、収入印紙を渡すと正式に受理されました。
「すごいね、簡裁通ちゃったよ。」
「もしかしたら、地裁も通るかも!」
「そうだ!行け!走れーっ!もう夕方だあああっ!地裁閉まっちゃう!」
感慨にふけっている場合ではない!横浜地裁に提出する訴状に書いた「横浜簡易裁判所に~」の部分を「神奈川簡易裁判所に~」に変えて、モバイルプリンタで三冊作り直して、横浜地裁へ!!やっぱり井上君の大型車ではなく、私の軽自動車で来て良かった!渋滞している大通りを避けて、細い道路をスピード違反で捕まらない程度の速さで横浜地裁へ走りました。

そうです、冒頭で2つしか書けなかった井上君の「良い所」を思い出しました。井上君はドライブテクニックは凄いです。…これで「良い所」が3つになりました。井上君とは、もうしばらくのつきあいとなりましたが、他には思い出した「良い所」はありませんw


目次

1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)

1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)

3現場検証したら(Ⅰ)
3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)

4仕事しろよ(Ⅰ)
4仕事しろよ(Ⅱ)

5本もない(Ⅰ)
5本もない(Ⅱ)