7普通が一番
初めての訴状が受理された、その2日後のことです。井上君から、内容証明郵便が届いたと連絡がありました。
「長井法律事務所?奴ら裁判やる気なのかなぁ?でも、こっちが先に訴状提 出しちゃったんだけどな~w」
井上君、ニヤニヤしながら封を開けました。そして
「いらんゎ、こんなモン。」
と、ゴミ箱へ放り投げたそうです。ちょっと考えてから、取り出したそうですけど。
事の発端は、この前年の12月13日に、西村いちろうさんが井上君のお母さんに電話してきて、罵詈雑言吐いた上に昭和A棟から「すぐ出て行け」と恫喝したところから始まったのですよね。それで怒った井上君が、西村さんに一泡噴かせてやろうと思って、西村さんに電話をかけて、こみ上げる怒りを抑えながら下手に出て西村さんの住所を聞きだしました。それで「引越し代と迷惑料」約380万円払え、とソッコー内容証明郵便を、西村いちろうさん宛に送ったんでしたっけ。これって、井上君にとっては、ただ西村さんを真っ青にさせてやろうと思ったイタズラで、井上君自身もすっかり忘れていたのです。それに対する返事が来た訳なのですが、井上君が送った日から、もう約3ヶ月も経っています…。
しかも作成日は平成23年2月9日、私たちの訴状が簡裁、地裁ともに受理された記念すべき日でした。
内容は、要するに「払わないぞ」という意味なのですが、別に驚くこともない。当たり前ですから。
ところが、この内容証明を出した人が西村いちろうさんではなくて、北村三郎さんという人だったのです。正しくは、北村三郎さんの代理人弁護士長井先生。普通に考えればヘンですよね。西村いちろうさんが未成年で北村三郎さんの子供だというなら、話はわかりますけど、西村いちろうさんは、お爺さんですから理解不能です。
でも、実はこのヘンな内容証明郵便は、私たちにとっては、思わぬプレゼントをいただいたようなものだったのです。私たち、加害者である西村いちろうさん夫婦、南村二江さん、それから昭和A棟に入った、もう一組の夫婦を訴えたかったのですが、もう一組の夫婦は、住所も氏名もわからず訴えられなかったのです。それが、この内容証明郵便のおかげで訴えられる事になったのです。
内容証明郵便の要件は、井上君に要求された「引っ越し代」を払わないぞ、というものでしたから、この差出人が昭和A棟に入った「もう一組の夫婦」の旦那さんの方だと言うことは容易に想像できますね。これで、全員訴えられるぞ!と思ったら、ちょっと困った。この「北村三郎」さんの住所が書かれていませんでした。差出人である長井弁護士事務所の住所、氏名は当然ありましたけど。
私は早速その夜、井上君のアパートで、この北村三郎さんからの内容証明郵便を見せてもらいました。
「せっかく名前がわかったのになぁ。」と困った顔の井上君に、私は余裕で答えました。
「大丈夫、いのっちの才能の出番だよ!」
「俺の才能?」
「うん、ちょっとPC借りるよっ!」
私は約1分でwordで文章を打ち込みました。
「明日、古い文房具店に行って内容証明郵便用紙を買って来て、この通りに書いてね。」
内容証明郵便は、文字数さえ規定どおりならば良いので、この頃はPCでA4用紙などに打ち込むのが普通でしたが、PCのない時代には専門の用紙が使われていました。平成23年のこの頃は、古い文房具屋さんに行けば、まだ売れ残った専門用紙を置いてある文房具屋もありました。
「えっ?何で用紙?イマドキそんなモン使わないじゃん?」
不満そうな井上君に、優しくて親切で可愛…おっと誤字でした、丁寧な私は、きちんと解説してあげました。
「その、『イマドキ使わない』から、だよ。」
「ん?」
「これは心理戦。送って来たのはプロの弁護士様でしょ?偏差値が高ぁい、 プライドが高ぁい、我々高卒組を見下すお偉い先生だよね?」
「うん、まぁ、そうかな?古門先生は立派な人だったぜ?」
「ん~、古門先生は特別かも。一般論で、お偉い先生が『内容証明郵便用 紙』でお手紙を送って来られたら、どう思う?」
「あ、そっか。『ダサッw』て思うわな、イマドキ。」
「そうそう『あ~しょせんトーシロだ、チョロイチョロイw』って思うよ ね。そこで、さらにキミの才能をフル活用!」
「何だよ、才能って?」
「うん、いのっちの汚ぁい字で書けばさぁ、誰が見ても『アホが誰かに入れ 知恵してもらって内容証明書いてやがんの、ワハハ!』って思うじゃん。 字が汚いのも才能のウチ!!」
「アホで悪かったなぁ!」
とは言うものの、井上くんはムッとするより話の続きに興味がありそう。
「でね、そうやって油断させてね、ウフフ…w」
作戦を聞いた井上君も
「おう、なぁるほど。グフフ…ww」
以下が、私が作った内容証明の内容です。
「前略
この度は大変お世話になります。
平成二十三年二月十一日、北村三郎氏代理人、長井伸行先生からの内容証明郵便を受け取りました。通知人は北村三郎様とありますが、北村三郎様のご住所が記載されておりません。同姓同名の方が日本中に多数いらっしゃると思われますので、依頼者ご本人を特定できません。取り急ぎ要件のみにて失礼いたします。以上。」
この翌日、井上君が早速自筆で、内容証明郵便用紙で、私が書いた通りの文章を書いて長井弁護士宛に郵便局へ行って送ると、
3ヶ月後、ではなく、何と2月14日付けで、お返事の内容証明郵便を送り返してくれました。あれ?長井先生、仕事速いじゃん。もしかしたら、お年寄り達が、弁護士さんを頼むまでに約3ヶ月かかっただけなのかもしれませんねぇ…。
再び送られて来た内容証明郵便の中身は前回と全く同じでしたが、北村三郎さんの住所が書かれていました。
こうして、私達は、めでたく北村三郎さんの住所をゲットしましたとさ。
そして、今回は、既に受理された西村いちろうさん、南村二江さんの訴状がありますから、そのコピーを作ればいいのです。ただ、被告を「北村三郎」にして、今回は被告が一人ですから「被告ら」の「ら」を消して、その代わりに「訴外西村いちろう氏、南村二江氏と共に」をつけただけです。「訴外」というのは、この裁判の被告になっていない人を指すそうです。別になくてもいい言葉のようですが、とりあえずつけてみました。
そして平成23年2月16日、井上君が一人で横浜地裁へ提訴しに行きました。西村さん、南村さんの分のちょうど1週間後です。単に氏名・住所を変えただけなので、一発で受理されました。印紙代が別に3万2千円かかりましたが、井上君にとっては全員訴えられたので問題ナシです。
ともかく、先に西村さんと南村さんの家に私達からの訴状が届くでしょう。
井上君いわく
「連中大騒ぎするぜぇ!親戚一同集まってさ、西村ジジィと南村ババァなん か、『お前らも入ったのにどうして俺達だけ訴えられなきゃならないん だ!』とか怒鳴るわ暴れるわ、大喧嘩やるぜ、絶対!」
「北村さんちには、まだ訴状が届いていないから『ワタシ、カンケーな い』」
「それから数日後、北村さんちにも訴状が届きます。つまり一家に一通訴 状が届く訳で。これで親戚みんな平等、めでたしめでたしで仲直りだ!」
「わはははは!!」
その後、裁判が始まると代理人弁護士は長井センセイではありませんでした。もしかしたら北村三郎さんの住所を教えちゃったから、クビにされたのかな…w。
でも、実は長井センセイ、ある意味スゴい弁護士なのですよ。長井センセイ、井上君に2月9日付で内容証明送って来た時には神奈川県の井上君のアパートに送ったのですが、その内容証明に、建物所有者の(はず)の東村元男さんから東村和美さんへ相続登記がされている、「その写しを2月7日付の普通郵便で送付してありますのでご確認ください」と書いて来たのです。ところが、いくら待っても郵便がこない。井上君は、きっとM市の昭和A棟へ送ったんだろうと、わざわざ「ご確認」に行きました。もちろん日帰りで行って来れる距離じゃないので泊りがけです。
そうしたら案の定、昭和A棟のポストに入っていました。しかも、その相続登記された建物は、昭和A棟じゃなかった。亡くなった東村元男さんが住んでいた家でした。ですから、この事件とは全く関係ないものだったのです。井上君は全くの無駄足でした。
相手方を振り回す、これが長井法律事務所の高度なテクニックなんですねぇ。弁護士ってすごいなぁぁぁ。我々凡人には想像もつかないテクニックですね。ですが、こういう陳腐なテクニックは真似したくないなぁ…。
「クッソぉ~、やられたぁ~っ!!」と悔しがる井上君の顔を見ながら
「うん、私も腹立つけどさ、いのっちが長井センセイみたいでなくてよかっ たよ。」
と、一応慰めました。
「いのっちはさぁ、短気でズボラで雑でブサメンだけど、セコいとこはない から、人としては、なんとなく普通な方だと思うよ。」
目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)
1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)
3現場検証したら(Ⅰ)
3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)
4仕事しろよ(Ⅰ)
4仕事しろよ(Ⅱ)
5本もない(Ⅰ)
5本もない(Ⅱ)
5本もない(Ⅲ)
5本もない(Ⅳ)
6お宝20号