3現場検証したら(Ⅰ)
ガッカリ感はともかく、私は南村さんが昭和A棟の鍵を開けてからすぐに写真を撮り始めました。鍵を開ける所も撮りたかったのですが、あまりにも展開が早かったので、カメラを出す余裕がなかったのです。これは本当に残念でした。
ですが、その直後に刑事さんとおばぁさんと井上君、三人が昭和A棟に入って行く写真は撮れました。この写真はとても大事です。後になっておばあさんが「現場検証」には行っていない、なんて言えなくなるように。
そして、おばぁさんが玄関のガラス戸を開けました。玄関も、通路側から見える部屋の窓も、風情のある磨りガラスです。少なくとも昭和初期に建てられた感じのする古い物件なのに、とてもスムーズに扉が開く所を見ると、かなり丈夫な造りなのだと思います。G県では、豪雪とまで行かないにしても良く雪が降るそうですから、なおさらです。歪みにくい、太く良質な柱を使って建てたのでしょうね。現代のような断熱材は入っていないでしょうけれど、大事に使えば長持ちしそうです。
玄関の中には、下駄箱に解体されたコタツが立てかけてあって、スコップや長靴もありました。雪かき用かな?玄関に入ると、正面と、右側にふすまがありましたが、不思議なことに、どちらの襖もガムテープで壁にとめられていました。
『何で襖にガムテープを貼ったんだろう?』
私はS司法巡査に声をかけようとしたのですが、Sさんはサッサとガムテープを剥がしてしまいました。
そしてSさんは何のためらいもなく襖を開けました。勇気あるなぁ。私だったらガムテープで襖が留められていた段階で、襖を開けたらどうなるか警戒します。Sさん、その勇姿、ちゃんと撮っておきましたよ。それにしてもS司法巡査、何故わざわざ襖をガムテープで止めたか、おばぁさんに聞かなかったのでしょうか?このガムテープについては未だに理解不能です。
玄関から入って正面の襖を開けると小さな台所があって、ガス台やオーブントースターなどの調理器具がいくつか調理台に置いてありました。カビなどは生えてなく、食べ物が付着していない事はわかりました。井上君は、やはり出て行く時にちゃんと洗って出たのですね。
部屋の中に入ると、陽の射さない薄暗い和室が二間ありました。時代劇に出てくるような古風な部屋です。亡くなった大家さんが「昔は芸者の置屋だった」と話していたそうですけど、芸者さんの恨みつらみでも染みついてるのではないかと思うような、妙な侘しい味のある部屋でした。
ですが、壁にアイドルのポスターが2枚貼ってあったので、そんなおどろおどろしい雰囲気もぶち壊しでしたw。ご老人たちは「ヌードのポスター」と言っていたそうですが、何のことはない、アイドルはノースリーブワンピを着ていました。井上君は男性なのだから、別にヌードポスターが貼ってあっても問題ないと思うのですけれどねぇ。この時ばかりは井上君がちょっと可愛く思えてしまいましたw。
室内はいかにも泥棒に入られた後という感じでした。部屋の中のスチールラックはからっぽで、押入れの前に置いてありました。普通に生活するなら、押入れの前に置くなどありえません。バケツや空の灯油のポリ缶が部屋の中に転がっていましたし、台所か押入れに収納しておくだろう缶ビールのケースがベッドのある部屋に置いてあったりと、確実に「荒らされた」様子です。レシートなどの紙くずも床に散乱していました。とても「片づけた」などと言えるような状況ではありません。
ですが、食べかけの食品も、ネズミの糞尿もありませんでした。特に匂いもなく、畳や絨毯にシミなどもありませんでした。本当にネズミの糞尿だらけだったのなら、畳や絨毯が腐っていたでしょう。ベッドの上には布団や毛布が紐で縛られていました。ネズミにかじられたような跡もなく、破れてもいませんでした。クリスマスイブの夜中、M警察署内で、ご老人たちが言った「家中食べ物が散乱していた」「ネズミの糞尿だらけだった」という話は、やはり嘘ですね。
私は、まずは物件の内部全体を見てまわったのですが、屋外のトイレの壁板が苔だらけで剥がれていて、取り壊すしかないくらい傷んでいました。
トイレへつながる通路も同様に傷んでいましたので、もう住む事はできないでしょう。玄関側はあまり傷んでいなかったのですが、やはり陽が当たらない部分はダメだなぁ、と思いました。大家さんが昭和A棟を手に入れる前、元々の持ち主が隣のB棟との間を壁で仕切ってしまって、建物を2つに分けてしまったそうです。そんな事をしなければ風通しも良かったでしょうし、陽も当たったことでしょう。随分、無茶な改装をしたものです。
大家さんも、良くこんな物件を月額3万円で賃貸したものだ、と感心しました。トイレが傷んでいなかったとしても、トイレが屋外で和式、風呂ナシなのですから、G県だと、せいぜい1万円から1万5千円くらいでしょうね。借りる方も、借りる方です。私なら3千円でも借りないなぁ…。
後で井上君に聞いたのですが、就職時には会社の寮に入っていた所、転勤する事になった先輩がこの昭和A棟を借りていて、大家さんが敷金も礼金もいらないので誰かに借りてほしいと、先輩に新しい借り主を探してくれるよう頼んだそうです。そこで井上君が借りる事になったとのこと。敷金礼金ナシですから、やっぱり訳アリ物件なのは、大家さんも自覚していたのですね。
さて、本格的に作業開始です。まずは、元々の大家さんとの間で交わした賃貸借契約書探しです。私と井上君は、絨毯まで剥がして徹底的に探しました。
ご老人たちは、本やアルバムなど「紙」で出来ている物はすべて持って行ってしまいました。どれだけ探しても契約書は見つかりませんでした。
井上君が心配していた自作PCやPC周辺機器、登山道具は、やはりなくなっていました。それから7万円以上するラジオコントロールカー、掃除機、CDやDVD、ちょっと値の張る座椅子、それから昭和A棟にはお風呂がなくて、すぐ近くにお風呂屋さんがあるのですけど、そのお風呂券11枚綴り(井上君も、この枚数を良く覚えていたなぁw)、当時は出始めだった低反発マットレスなど、とにかく使えるものや売れそうな物は全部無くなっていました。
Sさんは早く帰りたいらしく、たまに「もう諦めるしかないんじゃないですかぁ?」なんて聞いてきます。気持ちはわかります。死体も麻薬も、事件性のある物体など何もなかったのですから。「すみません!もうちょっと!」と引き伸ばしながら盗られたものの確認作業を続行しました。その間、おばぁさんはしきりに家の中と外を出たり入ったりしています。ご近所の目が気になるのでしょうか。
「あのぉ、外は寒いですから中でお待ちになったらいかがでしょう?」
私が声をかけたら、おばぁさんに睨まれましたw こんなに元気なら心配してやる事もないですね。
さすがにこれ以上引き伸ばすとS司法巡査がキレるかな、と思った頃合いを見計らって、捜索終了とすることにしました。すると、Sさんがため息交じりに
「では、また署で…」
と言いました。ん?またM警察署へ行くのですね?つまり、これで被害届が出せる訳ですね。やったぁ!!!
S巡査部長と私たち、それとおばぁさんは、それぞれの車でM警察署へ戻りました。私と井上君は、車の中で、被害届けを出した後、南村さんたち自称『大家』さんたちはどうなるのかな、という話をしました。
「まぁ微罪ってことで、罰金程度で終わるんじゃないの?」
「微罪か?窃盗が微罪か?現場検証までやったんだから、その程度じゃすまないだろ。他人ちの鍵ぶち壊して入ってんだぜ。トーゼン計画性アリだし。」
うん。確かに計画性はありますね。鍵を壊した跡や解体されたコタツを見れば、斧などを用意したと思います。ただ、S司法巡査の面倒臭そうな態度を見ると、井上君の希望通りになるか、どうか…?
目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)
1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)