9暴走簡裁(Ⅲ)
井上君は車のドアを開けると、後部座席に鞄を放り投げました。それから運転席に乗り込み、乱暴にドアを閉めました。私も慌てて助手席に乗り込みました。だって、この日は私の軽自動車で来たのですから。井上君はいきなり発進して簡裁を後にしました。二人とも無言でした。
しばらくすると、沈黙に耐えかねたらしく、井上君が口を開きました。
「何か言いたい事、あんだろ?」
「別に。」
怒ったとき、井上君は感情を露わにするタイプで、反対に私は黙ってしまうタイプです。
「何だよ!言いたくて仕方ないクセに。言えよ、はっきり!」
「いや、もう終わった事だし。言ったって意味ないし。」
「黙ってられると気分悪いんだよ!」
そうですか、そこまで言うなら遠慮なく言わせてもらいましょう。
「じゃあ言うけどね。あたしだってびっくりしたよ、あの裁判官。でもね、 あの資料を渡す事くらいはできたんじゃないのかな。」
私が必死で、ほぼ徹夜で作り上げた、昭和A棟と、東村和美さんの答弁書の家屋の位置の違いが、バカでもわかるような『あの資料』です。
「ああ、そうだな!俺がふがいなかったよ!」
そう言うと井上君、いきなり車を道路脇に停めて運転席から出てしまいました。
「ちょっと、何?」
井上君は、後部座席に放り投げた鞄から『あの資料』を取り出すと
「今から渡してくる!それでいいんだろ?」
と怒鳴るといきなり走り出しました。いくら短気な井上君でも、ここまで非常識な事をするのは初めてです。路駐、いえ、車の乗り捨て!
それにこんなに感情的になったら、せっかくもう一度チャンスをくれた裁判官を怒らせて、即日棄却必須じゃないですか。
私は窓を開けて大声で井上君に言いました。
「やめてよ!今やったら逆効果だから!」
「放っとけ!俺の勝手だろ!」
あっ、そう!アンタの勝手ですか。それなら私も勝手にさせてもらいます。
私もキーを挿したままの車を降り、自分のバッグだけ持って歩いていきました。裁判所へ、ではありません。地下鉄へ向かって、です。
車がどうなろうと、裁判がどうなろうと、「俺の勝手」だというなら勝手にしてもらうまでです。
地下鉄の階段を下りた時、携帯が鳴りました。井上君からです。
「おい、どこにいるんだよ?」
「あたしの勝手でしょ。」
「今、車にいるからさ。戻って来いよ。」
「いや、もう勝手にするしかないでしょ、お互い。」
「今のは俺が悪かった。謝るから。どこにいるんだよ。」
井上君、ちょっとは気になったらしく、振り返って見たら私が車にいない事に気づいて慌てて戻ってきたんですね。仕方ない、許してやるか。この恩、一生忘れるなよ…w。
この後、冷静になって話をしてわかったのですが、井上君は緊張のあまり、すっかりあがってしまっていたんですってw それが自分でも情けなくて、いたたまれなかったのだと。
たかが簡裁、しかも「棄却される」ための裁判なのに、そこまで緊張するかなぁ?良くわからない男です。
ところで、裁判官には必ず書記官という人がついています。簡単に言うと、各裁判官専用の事務係ですね。
この日、裁判官が言った「訴状作り直してきなさい。もう一度やってあげるから。」というお言葉を、そのまま受け取っていいのか、それとも別の作業をしなければならないかわからなかったので、井上君は3回も直接この簡裁に行って書記官Kさんに詳しく聞いてきました。
ところがKさんは、裁判官のいる前ではすごく横柄でつっけんどんだったのですが、裁判官のいない日はとても丁寧に教えてくれたそうです。なので3回も行く羽目になったのですね。Kさんは、この悪評高い裁判官の顔色をうかがいながら仕事をしていたのでしょうね。書記官も大変だなぁ…。
ともあれ、本当に訴状を作り直して、証拠も他の証拠を追加していいとのこと。そこで、イヤミなくらい見やすい訴状に作り直して提出しました。
まずは、訴状自体をカラー印刷にしました。甲第1号証という文字は赤、甲第2号証という文字は青、甲第3号証という文字は赤…と、奇数の号証の文字を赤、偶数の号証の文字を青にしました。
訴状がカラー印刷ではダメ、なんて聞いた事ありませんもの。素人ですからね、私w
そして、「書証を見ないなら、イヤでも見せてやろうじゃないか」と、本文の冒頭に書証番号を入れました。
さらに、も~っと見やすくするために「裁判官が見るべき所」を見開きにして、訴状の前に挿入しておきました。
見開きがダメ、なんて聞いた事ありませんからね。素人ですから、私w
これは、「訴状は一度、裁判官も見ているから」一番前に挿入する、という乱暴な手法をとったものです。しかも被告が出して来た答弁書の書証を使わせてもらいました。裁判官が書類を読んでいなかったために「やり直し」になったんですから、これくらい許されてもいいでしょう。
以上の見開きの次に、訴状を入れました。
この後に甲号証が続きますが、横浜地裁で使うものと同じなので後でアップします。
そして5月11日付けで、書記官に教えて頂いた「訴状訂正願い」と、以上の作り直した訴状を提出しました。(直送済み、というのは相手方弁護士事務所にも送っておきました、という意味です。裁判書類は必ず裁判所と相手方に送ります。)
そして、こんなカラフルで何かの取扱説明書のような訴状が、アッサリ通りました。
私としては、「やり過ぎ」と注意されて作り直しを命じられるかと思ったのですが…w 最初に裁判官に手渡すはずだった『あの資料』は、こんな暴走訴状よりも、かなりマイルドだったのでアップしなくてもいいですねw
結局、事件番号は変わらなかったし、新しく収入印紙を買い直す事もなかったので、あのブチ切れ裁判官の言う「やり直してあげる」とは、「裁判官がミスを認めた」と言う事でいいと思います。
目次
1大家が泥棒(Ⅰ)
1大家が泥棒(Ⅱ)
1大家が泥棒(Ⅲ)
2オタ友のために(Ⅰ)
2オタ友のために(Ⅱ)
2オタ友のために(Ⅲ)
3現場検証したら(Ⅰ)
3現場検証したら(Ⅱ)
3現場検証したら(Ⅲ)
4仕事しろよ(Ⅰ)
4仕事しろよ(Ⅱ)
5本もない(Ⅰ)
5本もない(Ⅱ)
5本もない(Ⅲ)
5本もない(Ⅳ)
6お宝20号
7普通が一番
8下準備(Ⅰ)
8下準備(Ⅱ)
9暴走簡裁(Ⅰ)
9暴走簡裁(Ⅱ)