コントローラーが故障[前]
「なァ、オマエら、おもろいゲームを教えてやるよ。とりあえず俺がやってるとこ、見とけよ」
山田はおもむろにそう切り出した。コイツはいつも僕らのグループに新しい情報や遊びを持ってくる。僕は山田のことをちょっと尊敬している。楽しそうに話している山田は生き生きしていて、僕もこんなふうになれたら、とずっと思っている。
「いいか、このゲームで重要なのは、"没入"だ。オマエら、没入って言葉知ってるか?ただの集中とは違ぇんだよ。没入してるとき、俺は俺を忘れるもんなんだよ」
山田は得意げに演説を始め出した。コイツは面白いけど自分に自信がありすぎて、話し方が演説じみているのだ。
周りの奴らは、まーた始まったぜという調子で顔を見合わせているが、僕らの街は田舎すぎて娯楽がない。だから、僕らにとって山田は新しい遊びを持ってきてくれる宣教師みたいなものだ。
「見えてるか?もっと近く寄れよ。案外操作むずいんだよ、これ」
山田は僕らの注目を集めるのが上手い。僕らはもっと彼の近くに寄る。
「うぉ、すっげぇリアル」
僕らは思わず感嘆していた。山田の操作するキャラクターは、僕らの街そっくりの道を歩いている。
「そうだろ?このゲーム、実はな、隠し要素があんだよ。知りたいか?」
山田はもったいぶって話す。僕らは早く教えろと彼を急かす。
「道路の向かいに今、おじさんが立ってるだろ?ほら、村田ンとこのお父さんな」
山田の話し方に熱が入ってきた。
「で、Xボタンと十字キー、Yボタンと十字キーを交互に操作すると......」
村田のおじさんが動いた。なぜだ?こんなことってあるのか?いや、これが許されていいのか?
「右足を出すのと左足を出すのを交互にするのは最初はなかなか難しいけど、慣れれば簡単だぜ?」
山田は完全に楽しんでいるが、僕らは現実の人間を動かしたところですぐ飽きそうなものだと思った。
—
僕は今日、塾までの道を妹と一緒に歩いてる。雨が降ると自転車の代わりに歩いて行かないと行けない。それが「決まり」だった。決まりだから、従うんだ。それを破ったら、痛い目に遭うから。塾まではとっても遠い。子供の足で、30分以上かかる。塾用の手提げカバンも重いし、雨は嫌だ。ジャンケンをして、負けた方が2人分のカバンを一時的に持つというゲームを僕らは発明して退屈な道中を紛らわせたり、バカな話を延々として、その時間2人はエンターテイナーとして頭を使うのだ。
ふと、じゃんけんの手をコントローラーで操作してみたらどうだろうという考えが頭に浮かぶ。ずっと勝ち続ければ、重い荷物を持たずにずっと歩き続けられる。
「最初はグー、じゃんけんホイ」
僕がグーで、妹がチョキ。その後も10回連続僕が勝利する。
「お兄ちゃん絶対ズルしてんじゃん。ってか、その手に持ってるコントローラーなに?ついに頭イカれちゃったの?」
妹は不満そうで僕は面白く感じる。
「ははっ、ズルなんてしてないよ。このコントローラーはむしろ僕を正常にしてるんだよ」
僕はおどけて答える。
–
何年もコントローラーを使っていると流石に動作不良を起こしてきた。初期装備の道徳オプションでは対応できない場面も増えてきたし、なんだか身体が変な感じがする。それに、最近コントローラーから音声が流れるんだ。こんな設計ではなかったと思うんだけれど......。いずれにせよ、もうコントローラーは使えないだろう。使うのはやめた方がいいのかもしれない。