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王国レキシコン・バトル

俺は王だ。今日も世話係が身の回りの支度を行なっている。
「王様、ほ、ほんとうにこんな服でいいのでしょうか......」
新しく入った世話係がおずおずと尋ねる。
「かまわない」
「わ、わかりました......」

煌びやかな服には興味がない。俺の興味は、いつも生命の輝きにあった。国で一番の腕を持つ仕立て屋にも作れないもの、それを作ることができる者はあらゆる場所にいる。生活のために、生きていくために文字通り命を削って作られた服。そういうものに心が惹かれた。縫製が得意でないものが作ったのだろうか、今日の服にはわずかな赤い色の染みが見られた。
この服には、ずっしりと命の重みがのっていた。値段のつけられない、人間の理を超えた命の輝きを放っていた。

そして俺は似たような動機で言語に強い興味を抱いていた。もっと言葉を、輝いた言葉をこの手に集めようと、国内で辞書の編纂事業を行おうと考えていた。宮廷内に言語学者は数多いたが、自分の手で語彙を選定したかった。

国内で出版された本はすべて所持していたが、コーパスをつくるような細かく地味な作業は好きではなかった。

もっとど派手に、生命の宿った言葉を引き出せないだろうか......。

まずは言葉を話す人々を集めなければ。

翌日、王は広場にさまざまな身分を持つ人々を集めた。
そして、おもむろに私室に保管していた拷問器具を取り出した。

「今からルールを説明しよう。青ざめなくても大丈夫だ。ルールに従っている限り、きみたちの身の安全は保証しよう」

あたりに恐怖に歪んだ顔が並んだ。目は瞳孔が開き、口は歯が震え閉じられず、足は震えて立っていられないようだ。王が金属器具を引き摺るたび、人々は狂乱の叫びを上げた。

「は......っ」

俺も恐怖で声が震えた。故郷に残してきた母と妹のことを思った。こんな俺でも、ここで役に立てば生活は楽になるだろうか。虫けらのようにここで殺されるのか。命とはここまで軽く、一瞬にして失われるんだろうか。何もできずにただ飯だけ食ってきたなと、田舎の風景と無色の日常が走馬灯のように駆け巡った。案外、たいしたことのない終わりだと思った。

そんな具合で回想に浸っているとき、王が口を開いた。
「諸君、まだ生きているかね?ふふふ、安心したまえ。どうしても生きたい者はいるか?」

くそっ。こいつは、ただ王に生まれたというだけで、人の命を虫けらのように思ってやがる。危険だ、だが生き延びる方法があらなら、なんだってやってやる、そう決意する。

「生き残りたいなら、ずっと思い浮かんだ単語を口にしたまえ。それを行っている限り、君たちのことは殺さないでおこう。だが、それが20秒途絶えたら、その時は君たちの命を奪おう」

そこで音声は途切れた。

まずい。20秒か......。果たして限界状態で続けられるか。たしか一般的な辞書に載っている語数は数十万程度といったところだ。やってやれねえことはねえ。そして、隙を見て王を殺す。

順調に語を発する。aynı, ayna......

「かはっ」

突然酷くむせた。喉が痛い。しばらくして空気中に粉末状のマジックマッシュルームが揺蕩っていることに気づいた。誰だよ、こんなところで栽培していたのはと思うも、これはチャンスかもしれないと思い直す。マッシュルームは、俺の原始の世界へと胞子をのばした。

めっgkあのksぁл

あぶない。キノコに意思を乗っ取られるところだった。せっかくだ、今なら俺は言語の神になれる。この世のすべての言葉が脳を駆けめぐる。わかる、すべてわかる、というよりも、この世の全ての概念が俺に付随している。

ごっmejんはっsaぁ

紫と緑のダイヤ模様がさまざまな形に変形しながら、俺を取り囲む。俺は気づけば無数の単語を澱みなく発していた。この分じゃ余裕だな。

それにしても、と思う。

言語は音と意味で表裏一体なのだ。誰にも切り離せない、こころの旋律。語を発し続けるというのは歌唱に近い形態をとっているかもしれない。発声器官が活性し、意味の深淵たる音へと沈み込む。 

そして俺はその音を拡張し、視覚的な意味世界を見ようと試みる。蠢く灰色の無機物、認識に横たわる、無意識を司る竜の原型がそこにいた。人間には無限の可能性があるが、こういった存在の前には無力だと感じた。どんな言葉でも切り分けられない対象はある。 

突然激しい頭痛に襲われ、俺は現実世界を直視した。そして、眼前に立つ王を見据えた。そうだった。こいつが元凶だった。

右手で地面にある石を掴み、王めがけてナイーブな投擲を行う。

「ははっ、はははは……ひィ……ふっふふふ……あっはっあはっあは〜〜〜↑」
気持ちが昂り、思わず笑ってしまう。想像可能なものはすべて現実化する瞬間を待っている。世界に潜む可能性を一つ、生へと転換させた瞬間である。

気づけば俺は心臓を負傷していた。鮮烈な赤いインクが一つの現実を描いていた。石が心臓に直撃したのだ。土のついた右手がだらんと下がり、地面に落ちた。俺は最後まで自分のことも、世界のことも分かっていなかった。

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