「テネット」の元ネタ? 原因と結果が逆転している世界/考察ドラえもん④
「ドラえもんだらけ」
「小学三年生」1971年2月号/藤子・F・不二雄大全集1巻
クリストファー・ノーランの最新作「TENETテネット」は、逆行時間という目新しいSFの概念を持ち込んで、非常に複雑な時間軸を張り巡らせたエンタテインメントだった。過去に時間を遡るためには、タイムマシーンで時間を飛ばして戻るのではなく、戻りたい過去まで時間を逆向きに進まなくてはならない。このアイディアが藤子的で素晴らしかった。
この設定では、一度過去にさかのぼってまた現在に戻るためには、順行⇒逆行⇒順行と進む必要が出てくるため、ある時間帯においては同一人物が3人存在することになる。シーンによっては、順行する二人と逆行する一人が現れることになるので、このような人物が複数出てくると、もはや普通に映画を見ているだけでは、何が行われているのか全く理解できない。
少なくとも何が起こったのか、結果が分かってからもう一度物語の発端を見ていかないと、話の筋は掴めない。通常の【原因→結果】というストーリーラインではなく、【結果→原因】という「逆行」したストーリーで描かれた複雑な映画なのであった。
ドラえもんでは、「テネット」のように不可思議な結果がまず提示されて、その原因がタイムマシーンなどで遡って明かされる、という原因と結果が逆転した物語が、実に数多く作られている。しかも様々なバリエーションがあって、それでいて小学生にも分かるような明快さで描いている。
このような作品を複数回に渡っていくつか紹介していきたいのだが、今回はその中でも同一時間帯に複数のドラえもんが現れるという「ドラえもんだらけ」という傑作回を詳細に見ていきたい。
ドラえもんが、のび太にどら焼きで釣られているシーンから始まる。前稿で紹介した「ドラえもんがいなくなっちゃう?」でも、どら焼きでドラえもんを懐柔するシーンが出てきたが、これと同じ。
のび太はドラえもんに対し「僕がどれだけ君に事を感謝しているか、尊敬しているか、口では言い表せない」などと褒め殺しにして、結果溜まった宿題を押し付ける魂胆であった。まんまと策略にはまり、「頼まれれば絶対に嫌と言えないのが僕の性分なんだ」と言わされて、ドラえもんは一人徹夜で膨大な宿題に臨むハメになる。
のび太が寝ているだけのコマが12コマ描かれ、そこでは隣の部屋から穏やかではない言い争いや、狂ったドラえもんがもう一人ののび太を追いかける場面が描かれる。なにやら事件が起こっているらしい。
朝のび太が起きていくと、大けがを負ったドラえもんと散らかった宿題があり、強盗か、と思いきや、「自分でやった、宿題はやっておいた」といってドラえもんは寝てしまう。のび太は、宿題だけで大けがをするはずがないとして、その謎を探るべく昨夜へとタイムマシーンで向かうことに。
夜九時。宿題を目の前にやる気を失っているドラえもんがいる。のび太はその目を盗んで押し入れに入って様子を伺うことにする。ドラえもんはやがて、2時間後、4時間後、6時間後、8時間後の自分をタイムマシーンで連れてきて、人海戦術で宿題を片付けるアイディアを思い浮かぶ。
ここまでのシーンで、のび太が寝ていた12コマで描かれていた謎めいたセリフのうち、最初の2つが登場している。「ブツブツブツ」と「あつそうだ」である。以降、この後のシーンでどんどん謎のセリフの背景が明かされていくので、読み直すと大変に楽しいお話となっている。
さて、嫌がる2時間後のドラえもんが連れてこられる。なぜか喧嘩をした後のような怪我を負っている。「どうして傷だらけなの」と尋ねても「当ててみな」と感じが悪い。
次に4時間後のドラえもん。こちらは「勘弁してくれよ眠いんだよ」と弱り気味。6時間後のドラえもんは、もう嫌だ、と逃げ出すが、6時間後だけ逃げるのはずるい、と皆に捕まえられてしまう。8時間後は、「今畜生、野郎、ぶっ殺してやる」と気性の荒いことこの上ない。眠くて気が立っている様子である。
こうして5人のドラえもんが、あーでもないこーでもないと宿題に取り掛かる。そして宿題は完成。ドラえもんは「諸君のおかげです。それぞれ元の時間に帰って休んで宜しい」と喜ぶが、「ほんのお返しだい!」と他の4人にボコボコにされてしまう。これで、怪我の理由が明らかとなった。
「宿題はできた、ゆっくり休もう」というドラえもんだったが、本当の試練はこの後やってくる。寝たのもつかの間、二時間前のドラえもんがタイムマシーンでやってきて、宿題をやるぞと起こされ、二時間前に連れていかれてしまう。ドラえもんの宿題を人海戦術でやっつけるアイディアは、後での苦労の先取りであったのだ。
ドラえもんは宿題を終えては戻り、二時間後に呼び戻されを繰り返す羽目に。つまり、同じ宿題を5回(9時・11時・1時・3時・5時)、一晩中やらされることになったのである。
4回目の宿題を終えて帰ってきたドラえもんは、もはや錯乱状態に陥っていて、ガオッとのび太を追い回すが、8時間前からやってきたドラえもんに捕まり、5回目の宿題へと連れ去られてしまう。最初の12コマでのび太がドラえもんに追い回されていた理由が最後に明らかになって、伏線は全て回収を終える。
ドラえもんのタイムラインで見ていくと、改めて壮絶な一晩である。9時(宿題①)→11時→9時(宿題②)→11時→1時→9時(宿題③)→1時→3時→9時(宿題④)→3時→5時→9時(宿題⑤)→5時→朝(7時?)となる。
この一部始終を見届けたのび太は、本当に悪かったと反省し、ドラえもんに「ほんの気持ちだ」とどら焼きを上げようとするが、「どら焼きこわい!」と逃げ出すドラえもんなのであった。
この話などを読んでいると、ドラえもんの世界観では、起こってしまった結果が先でその後タイムマシーンで過去に遡って原因が作られるような展開が非常に多いことに思い及ぶ。結果が悲惨なものとわかっているのであれば、事前に対処できそうなものだが、運命論的にその結果にたどり着くように行動してしまう。
本作では3回目の宿題を終えて帰ってきたドラえもんが、この後2回呼び出されると気付き押し入れに隠れようとするが、宿題ができなくなってしまうことを危惧したのび太に押し出されて、夜9時のドラえもんに結局連れていかれてしまう。運命には逆らえない、という非情なメッセージが見て取れなくもない。
もともとドラえもんは、のび太の悲惨な運命を変えるために未来の世界からやってきた。結婚相手がジャイ子からしずちゃんとなるように、マクロ的には未来を変えることに成功している。ところが、個々の短編、ミクロ的には未来は変えられないというお話がほとんどである(例外もあるが)。
このあたり、深堀していけば、F先生の未来感・運命感がわかるような気がしている。