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アジカン精神分析的レビュー『ワールド ワールド ワールド』/“自分”として現実界に挑む

今年メジャーデビュー20周年を迎えたASIAN KUNG-FU GENERATION。その作品史を精神分析的視点から紐解いていく、勝手なアニバーサリー記事シリーズです。

4thアルバム『ワールド ワールド ワールド」(2008.3.5)

2年ぶりの4thアルバム。『ファンクラブ』から継承した複雑なアレンジを維持したまま、より外向きに、ポップに開けた楽曲たちが集まった本作。肉体は変わらないままで精神的姿勢に変化をつけたような作風と言える。ジャケットも前作はモノクロで正面を向いた少女、本作は極彩色で背中を向けた少女であるなど対を成しており、前作と明確な対比が付けられているのが特徴だ。

後藤:『ファンクラブ』で伝わりきらなかったもどかしさが全員にあって。あのアンサンブルはもっと面白く形に出来るし、足りなかったのはユーモアとかポップネスだったんじゃないかって。今回は最初からそれをやろうって話してたんですよ。

2008.2.28 CD Journal より

2006年以降、全国アリーナツアーや大規模なNANO-MUGEN FES.の開催など、『ファンクラブ』で内面的にはケリをつけたロックスター的活動を時間差で引き受ける期間が続く中、作品は不特定多数への承認欲求を捨て、世界社会そのものを描く方向へと走っていく。鍛錬されたサウンドと開け放たれた心でアジカンどこへ向かおうとしたのか。本稿で辿っていきたい。


夢なら覚めた

『ファンクラブ』の終盤を飾る「月光」が《夢ならば覚めて欲しかったよ》と歌うのに対し、本作の2曲目「アフターダーク」はアグレッシブかつハイテンポに《夢なら覚めた だけど僕らはまだ何もしていない 進め》と歌う。「タイトロープ」で、裏表のない存在となったアジカンが描く本作のストーリーは内省/逡巡を突き抜けて、身体/行動へと向かおうとしていく。


このアルバムは、従来の作品と比べて""が登場する曲が減った。それもそのはず、先述の通りもう1人の自分に対して歌う内省を行ったり、リスナーに繋がりを求めて歌いかけたりするバンドではなくなったからだ。あえて3曲目を「旅立つ君へ」と名付けたのも、『ファンクラブ』までの在り方を切り離し、まさしく外の世界へとアジカンを送り出そうとする姿勢の表れだ。

塞ぎ込んで何になった?
胸の奥に垂れ落ちた
黒い重油に塗れたような世界からも
光る道筋を

ASIAN KUNG-FU GENERATION「旅立つ君へ」

《叩くキーボード 仮想世界の創造主になる》といった実像ない世界や閉塞感を振り切るようにして次へ歩みを進めようとするこの楽曲。《闇は抱いたまま/傷は開いたまま》でも朝を受け止めようとするシーンはそのまま『ファンクラブ』のエンドと重なっていく。『ファンクラブ』の最後2曲は心象、『ワールド~』の冒頭3曲は具象として同じ光景を描いているように思う。


精神分析家であり、ザ・フォーク・クルセダーズのメンバーとしても知られる北山修は、人の行動は誰しも"心の台本"に左右されると説いた。台本が内省的であり続ける限り、行動もそれを繰り返してしまうのだ。心の台本を書き換え、目線を別の方向へと向けるためにはまず行動を変えるほかない。ゆえに本作のサウンドはアッパーでアグレッシブなものが多いのだろう。音像(身体)から言葉(精神)を変えていくようなこのスタイルは、精神分析というより応用行動分析的と言える。このアルバムは徹底して"身体"に根差すのだ。


「現実界」を描こうとすること

後藤:闇は当たり前に誰の中にもあるんだけれど、それを覗き込んでいる時に自分自身まで闇の中にいると思う必要はないというか。もっと、“対・自分”以外に関してはフラットな目線で、ただあるものとして描いていて。現実の世界と精神世界は切り離さないといけないんですよ。

2008.2.20 OK MUSICより

『ワールド~』のアウトテイク集となったミニアルバム『未だ見ぬ明日に』の楽曲は比べて聴いてみると、やや内省に留まった心象風景的な楽曲が多いことが分かる。明確な意思でこのアルバムの13曲はここにある世界を摑まえようとしている。街に佇み悲しみに暮れる「ナイトダイビング」などもあるが、それもやはり自分の心と切り離された世界へと目を向けたものなのだ。


主観で見る世界、俯瞰で見る世界、漠然とそこにある世界。この3つの世界を形容するのが『ワールド ワールド ワールド』というタイトルの意味であるという(※1)。4曲目「ネオテニー」以降に続く中盤の楽曲たちは、主に2つ目の世界までをカメラを切り替えるように映し出していく。戦争の名残、動物実験の悲しみ、グローバリズム、電脳世界。景色が次々と連なっていく。

『君繋ファイブエム』の回で述べた、「想像界」と「象徴界」の概念を再び持ち出したい。上記の主観と俯瞰で見る世界というのがまさしく「象徴界」にあたり、アジカンが『君繋~』の時代から踏み出そうとしてきた領域だ。『ソルファ』『ファンクラブ』では他者との関わりへの描写が多かったため、『ワールド~』は満を持して「象徴界」を突き進むアルバムと言える。

では、3つめの世界「漠然とそこにある世界」というのは何なのか。これこそ、精神分析家ジャック・ラカンが提唱した三界における「現実界」と呼ぶ領域のことだろう。「現実界」は例えるならばこの社会で1つ何か事件が起きたとして当事者・目撃者が言葉を尽くしても出来事そのものを丸ごと完璧にそのまま形容することはできないように、誰1人として正確に捉えることはできない領域だ。認識もコントロールも不可能になる領域なのである。

「現実界」は決して目の前にある「現実」のことではない、というのが注意が必要な点だ。上の事件の例で言うと、出来事を知る人の数だけ"現実らしきもの"があるだけということになる。アジカンはこのアルバムにおいて、主観的/俯瞰的な言葉を尽くしながら"現実らしきもの"を様々に描写することによって、"漠然とそこにある世界"を描写するトライを行っていく。本作はこれ以降に続く"そこにある世界を描く"という大義が芽生えた作品なのだ。

路面 湿った雨の匂い
嗅覚でそう 未来を知る
電線の共鳴 風の道
聴覚でそう 現在に出会うよ

ASIAN KUNG-FU GENERATION「トラベログ」


転がる岩、新しい世界へ

悲しみとかは置いて行けっていうことですね。そういうのは自意識の中にあるから。絶望とか、そういう言葉や観念は小さいと思う。もっと果てしないですから世界は。そっちに希望を感じていますね。隣の国に行っただけで世界の広さを思い知るっていうこともあるし、(中略)見たことないものだらけなんですよ。

後藤正文(Vo/Gt)の独白のような「転がる岩、君に朝が降る」は1つのハイライトだ。アルバムを通してこの世界を描きながら、同時にこの世界の広さに畏れ慄いていく。そんな世界に対して音楽家として、詩人として何を歌えるのか。その自問自答の旅を経て、せめて自分のままでこの世界に挑もうとする態度が「転がる岩~」の本質である。内省の先に辿り着いた、健やかな自己愛の結晶と言えるこの楽曲がアルバム終盤を優しく別位相へ引き上げる。

巡り会い触れる君のすべてが僕の愛の魔法

ASIAN KUNG-FU GENERATION「或る街の群青」

開いた両目から
堰を切って流れるすべてを集めて
君と僕で浮かべよう

ASIAN KUNG-FU GENERATION「或る街の群青」

いよいよクライマックスに差し掛かり、視界が開けてくる「或る街の群青」ではこれまで歌ってきた"君"と"僕"の概念が再登場する。しかしアルバムの流れを踏まえると、この"君"は特定の他者や過去の自分に限ったものではないように思う。今ここで知覚できる全てを”君“と捉え、”僕“は「現実界」へと触れようとしているのではないだろうか。自らの身体で、この漠然と広がる世界へと接続しようとする姿が『ワールド ワールド ワールド』の核だ。

最後に辿り着くのは「新しい世界」。アルバム全体のエンディングというより、『崩壊アンプリファー』で渦巻く無秩序な初期衝動、『君繋ファイブエム』『ソルファ』で求めた繋がり、『ファンクラブ』で煮詰めた内省といった、アジカンのここまでをひっくるめたクライマックスとして鳴り響く。

何もない君が
逃げ入るその自意識の片隅から
さぁ飛び出そう
胸躍るような新しい世界

ASIAN KUNG-FU GENERATION「新しい世界」

この曲には抽象性を捨て、今ここで動く身体だけを信じきる全能感がある。『崩壊~』時代の何も無さゆえの全能感ではなく世界と向き合う覚悟を決め、自分のままいることを選んだ強さ故の全能感だ。過去の全てを指す"君"を鼓舞する言葉。アジカンは結成から12年に渡る1つの旅を終えた。


聴き心地としては爽快さすら溢れる本作だが、実際の制作は相次ぐセッションによりバンドは疲弊状態に陥っていた。開放的な曲が多いとはいえ、アンサンブルは技巧的。その練られた構成力によって"新しい世界"へとバンドを導いたのが本作であり、シンプルさとは程遠い作品なのだ。では、バンドとしての開放感をいかに取り戻すのか。その役割は次回作へと託された。

次回レビュー→『サーフ ブンガク カマクラ』(7月上旬アップ予定)

(※1) https://rooftop1976.com/interview/080301180829.php

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