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異界の際にて/吉澤嘉代子トライアングルツアー「旅する魔女」@住吉神社能楽殿(2014.10.19)


吉澤嘉代子がピアノに梅井美咲、ギターに細井徳太郎を迎えたトライアングル編成で開催しているツアー「旅する魔女」。一般的なライブベニューではない場所で開催される公演も多いこのツアー、福岡は住吉神社能楽殿にて敢行された。この会場は能楽のみならず様々なライブも開催されておりこれまで後藤正文、藤原さくら、折坂悠太、フラワーカンパニーズらがここで演奏してきた。吉澤自身も2017年以来、2度目のライブとなった。

夕方に差し掛かる折、舞台へと続く通路(橋懸かり)を3人が灯籠を持ちながらゆっくり歩いてくる。まるで異界への案内人。どこか別世界に誘われるような導入である。3人が持ち場に座り、「らりるれりん」より開演。このツアーはデビュー10周年を祝したものであり、ヤマハのオーディションで披露してデビューのきっかけを掴んだこの曲から始まるのも納得だ。そして現在TikTokを賑わせている「月曜日戦争」と続く軽やかな幕開けだ。

ところがやはり、能楽殿という場所が楽曲に異なる表情を与えていく。ファニーなテイストで嫉妬心を描く「」は、どうしたって能楽における鬼のお面を想起せざるを得ない。可愛げの中に忍ばせた鋭い気迫が、アコースティック編成で粒立った歌声からも伝わってくる。「綺麗」も煌びやかさとともに喪失感が溢れるし、「グミ」も夜の公園が別の次元へ続いていくような切迫感に満ちている。楽曲の裏にある感情が表出していくようだ。

それもそのはず能楽には恋愛をテーマにした戯曲が多く、能舞台とは何百年と受け継がれてきた情念が染み込んだ場所なのだ。また、”演じる“ことが絶えず行われてきた場所でもある。常に憑依的な歌唱を行う彼女にとって必然的にその強度は高まる。YUKI提供曲のセルフカバー「魔法はまだ」や、荒井由実「やさしさに包まれたなら」のカバーなども流麗に歌いこなす。一貫する魔女のモチーフもこの場では一つの演目として映える。


サービスエリア」以降はさらに色濃く、能舞台という場所が意味を成していく。そもそも脳は主役(シテ)が幽霊や精霊(ワキ)に導かれて異界を旅するという物語が描かれることの多い。夜のサービスエリアが宇宙めいた死の際へと繋がるこの歌はまさに最適な選曲だ。続く「えらばれし子供たちの密話」もまた、夜に家を抜け出す子供たちの反逆とそこにこびりつく"死"がテーマである。不穏な空気に会場が包まれる時間。気づけば外は真っ暗だ。


また能には夢幻能というジャンルもあり、このような作品のシテは既にこの世の人間ではなく、次の世に生まれ変わるために舞台を彷徨う幽霊として描かれる。夫を殺した妻の逃避行を描く「地獄タクシー」は楽曲そのものがまるで能の作品のように響き、豊かな味わいをもたらしていた。気づかぬうちに自分も既に死の側へと足を踏み入れている、というひやりとした結末が生と死の曖昧な能舞台においてこれでもかと劇的に蠢いていた。


吉澤もアコギを持ち、奏で始めたのは「涙の国」。一転して温かみのある楽曲へと移り変わる。夢から覚めた先でもう1度"君"をみつけるこの曲はシテが成仏したその先、新たな世で生きる姿を描いているように思えた。この流れで聴くと名曲「残ってる」にもより切実な響きが伴うように思う。馴染み深いが楽曲が、場に根付く神秘によって更に異なる趣を放つ。この旅は総括ではない。彼女の"魔女"としての術を磨く大巡業なのだと分かった。


最終盤はまさにその場の神秘を纏い、連れ立って天上へと昇っていくような神聖性に満ちていた。堕ちた天使との《命懸けの恋》を歌う「ルシファー」、そして丹念だが迫真の絶唱で《もう私には貴方しかいないの 運命の人よ》と祈る「刺繍」。作家性の高い楽曲を得意としているからこそ演劇のようなライブ演出も映えるわけだが、この能舞台においては剥き身な状態でその想いが眩しくこちらに迫って来る。呆気にとられる美しさだった。


余韻に浸る中で行われたアンコール。1曲目は新曲「たそかれ」である。誰そ彼、であり、黄昏でもある。古来から怪異と遭遇しやすい曖昧な時間を歌ったこの曲はここまで鬼や堕天使に出会ってきたこの夜をこれ以上なく言い当てていた。そして最後は「抱きしめたいの」。パーソナルなことを綴ることの少ない彼女が自分自身を抱擁しているように聴こえるこの曲で締めくくること。この神秘的な時間から日常へ戻るに相応しい終幕だった。


トリオ編成の吉澤嘉代子は初めて観たが、梅井美咲のピアノは荘厳かつ流麗なプレイで歌に寄り添い、七尾旅人バンド以来に見たギターの細井徳太郎は実直な演奏と破壊的なアレンジの交差が絶妙で、2人なのに“轟音”と呼ぶに相応しいようなサウンドだった。能楽殿が起こす天然のリバーブが深い情感を引き立てていた。どんな編成も、どんな場所をも自らの表現に融かして届ける。吉澤嘉代子への畏怖の念が強まる、そんなライブだった。

《setlist》
1.らりるれりん
2.月曜日戦争
3.鬼
4.綺麗
5.グミ
6.魔法はまだ
7.やさしさに包まれたなら
8.サービスエリア
9.えらばれし子供たちの密話
10.地獄タクシー
11.涙の国
12.残ってる
13.ルシファー
14.刺繍
-encore-
15.たそかれ(新曲)
16.抱きしめたいの


《参照》
古典芸能入門「能」の世界を覗いてみる~内なる異界への誘い~ | 中川政七商店の読みもの

夢幻能に描かれた来世 : 修羅道と地獄を中心に(<特集>中世の芸能と文学)



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