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アジカン精神分析的レビュー『プラネットフォークス』/他者と生きるためのエンパシー

今年メジャーデビュー20周年を迎えるASIAN KUNG-FU GENERATION。その作品史を精神分析的視点から紐解いていく、勝手なアニバーサリー記事シリーズです。

10thアルバム『プラネットフォークス』(2022.03.30)

このアルバムの制作はコロナ禍に突入する時期に大半が行われた。2020年以降、世界中で猛威を奮ったウイルスがもたらした影響は計り知れない。アジカンもライブツアーが中止となり、ライブ活動が再開になった後も観客からの声がない「リライト」や「君という花」を演奏をし続けた時期もあった。通常ではない日々を積み重ねる中で本作は少しずつ形になっていった。

後藤:作っている最中はいろんな方向に飛び散っていいと思っていたし、まとまりは最後に考えようと。アジカンを拡大解釈する時期かもしれない、という感じもありました。

2022.03.30 音楽ナタリー インタビュー

ギター、ベース、ドラムによるパワーポップを追求した前作『ホームタウン』から一転、様々な楽器を取り入れた多様なサウンドが広がる。『マジックディスク』を上回るバリエーションの豊かさと言えるだろう。また複数のゲストミュージシャンが参加し、明らかに従来のアジカン像とは異なる境地に達した。この作風だからこそ獲得できたシリアスさと温もりを読み解く。


他者を受容するということ

後藤:バンドとして自己完結するよりも、ほかのアーティストとのつながりの中で作ったほうが今っぽいのかなと。「4人だけでセルフプロデュースで作りました」って、どうなの?っていう感じもあるし。そういう閉鎖性よりもいろんな人を巻き込んで、巻き込まれることで新しい角度が見えてくるというか。自力だけでやって自家中毒になりかけたこともあるし、風通しをよくしたほうが、音楽的にもいろいろな発見があると思ったんですよね。

2022.03.30 音楽ナタリー インタビュー

本作は多くのコラボ曲が含まれる。フィーチャリング曲をはじめ、プロデューサーや編曲者として下村亮介(the chef cooks me)やGuruConnect(skillkills)を迎えるなど、ボーカルに参加してもらうだけでなくサウンドの根幹にも外部から他者を招き、アジカンという身体へ変化を及ぼしている。「星の夜、ひかりの街(feat. Rachel & OMSB)」ではリリックの一部をRachel(chelmico)とOMSBが担当するなど、言葉の面にも他者の存在を取り込んでいる。

何が起きるか分からない、そんな不確定な他者の存在を積極的に受け入れようとする姿勢。他者を恐れず、むしろ楽しもうとすることによって生まれる創造性を重要視するような姿勢。これは成熟した精神の発出に他ならない。同じ時代を生きる若いアーティストとともに言葉を編むこの挑戦に焦燥や承認欲求などは見当たらない。共作によって《連なった想い》を実感させ、《言葉はひかり》というラインに説得力を持たせる、豊かな表現の象徴だ。


『ホームタウン』でアジカンはアジカンであることを受容し、自己愛が成熟した。そしてその先に生まれたこのアルバムには他者を温かく眼差すような他者愛が存在していると言える。哲学者トマスが説くには、他者愛とは自己愛の完全性であり、他者愛は自己愛の運動の中に収められている。「脱我」という境地で他者を受容するのは自明なことなのだ。その結果アジカンらしいサウンドから大きく逸脱した「雨音」といった楽曲がアジカンだけから生まれたのも興味深い。アジカンという枠を大きく広げた1作でもあるのだ。


分断に抗う対象関係

生まれた場所に基づく風景を
虹彩や皮膚に紐づけた運命を打ち消して
ただ認め合うような将来を夢見て
夢見て

ときに厳しい風に吹かれても
君がひとりこぼした涙でも
きっと憐れみも悲しみも
煎じ詰めればエンパシーで
僕らの魂の在処かも

ASIAN KUNG-FU GENERATION「エンパシー」より

”他者への眼差し“はコラボレーションという形以外でもアルバムに息づいている。シングル曲でもある「エンパシー」、そのタイトルであるempathyは「対象に自己の一部を投影して理解する」という意味を持っている。違う価値観、固有の苦しみの中にも、自分を投影して分かろうとすること。安易な「わかる、わかるよ」に抵抗するようなこの丁寧なスタンスは、コロナ禍で顕在化した人間関係における分断と向き合おうとしているように見える。


精神分析家ビオンは対象関係論と呼ばれる理論を提唱し、自分以外の存在との関係が精神発達に大きな影響を与えると考えた。そして親が赤ん坊の苦痛を自分の中に取り入れ、理解しようとし、あやし、そして恐怖を和らげる心の状態を“もの想い reverie”と呼んだ。精神医療の現場では患者の恐怖や不安を理解しようとする際の治療者の心の状態にも喩えられるがアジカンはまさに時代に対してのもの想いをこのアルバムでは展開しているように思う。


「You To You (feat.ROTH BART BARON)」では《想い描いて 誰だって輪の中に在って》と混声の融和によってこの世界ごと連なっていくような結びつきを描いている。そして「解放区」 では、《笑い出せ 走り出せ 踊り出せ 歌い出そう》と大合唱とともに叫び上げ、この世界で緩やかに連帯を願う音楽のあり様を肯定する。思想や価値観によって人と人とが分断した時代であっても、一瞬であれば想いをシェアでき得るという祈りを感じ取れるのだ。


再び繋がる

(本作のコンセプトを尋ねられ)社会を映すことと、もうひとつは、人々の繋がりに対して視点を用意すること。私たちはすべてにおいて決裂しているわけではないっていうことを言いたいっていうか、どこか通じ合えるんじゃないか、みたいな視点は持っていたいので。

2022.03.31 THE FIRST TIMSより

しかし決してピースフルなムードだけがあるわけではない。シングルになった「Dororo」のヒリヒリとした諦念、終わりのない炎上を描いた「De Arriba」、ギリギリの心象に沈み込む「Gimmie Hope」など切迫した楽曲が随所に用意されている。トークボックスを用いたキャッチーなサウンドを持つ「C'mon」も実はありったけの皮肉が込められている。これは"「私が今立っている場所について、私の言葉で書く」というほうが、時代を超えたものになるんじゃないか"(※1)という想いに由来する、後藤の肌感覚の結実である。

降り積もった悲しみの端に偏った喜びを
取り戻す点と線
重ね合った手と手

ASIAN KUNG-FU GENERATION「再見」より

仲間はずれの日も
Be Alright  Be Alright  Be Alright

だけど ここに集ったろう そうさ
We gon Be Alright

ASIAN KUNG-FU GENERATION「Be Alright」より

パーソナルな痛みや皮肉の先、最後に置かれた「再見」と「Be Alright」は本作の終着点として相応しい。何度だって”またね”と手を振り、出会い直すことができるという誓い。温かなフィーリングとともに「大丈夫だ」と祈るように言い聞かせてくれる歌。ライブという表現が失われたコロナ禍を経て、ライブという現場そのものを歌った楽曲がクライマックスを彩ったのは必然と言えるかもしれない。アジカンが初期から歌ってきた"繋がり"というテーマが、今回は時代の分断に抗う意志として再び呼び起こされたと言える。

イギリスの心理学者・ボウルビィが提唱した"安全基地現象"という理論がある。乳幼児が家族や周囲の人物から守られることで安定した愛着を形成し、安心感を得られる場所を作るようになるという発達理論だ。成長するにつれ、安全基地の場所は友人や恋人など様々に増えていく。安全基地に守られた人が、他者の安全基地になる。その連鎖が人と人の繋がりを生むのだ。

アジカンは焦燥の中で俺たちを見つけてくれ!と叫ぶような『崩壊アンプリファー』でデビューした。そして大勢のリスナーに見つけられ、その想いは満たされ、バンドは安全基地を獲得した。しかしそれと同時にリスナーからの目線に苦悩し、内省を深めることもあった。そして徐々に社会を見つめ、同時代の人間として我々ごと世界を見つめるような作風へとシフトした。『プラネットフォークス』はそんな視線が再びリスナーへも向く。リスナーにとっての安全基地としてのアジカンが我々を抱きしめてくれるのだ。


こうして全アルバムを振り返るとアジカンは常に他者との間でその精神を成熟させてきたバンドだと分かる。他者を求め、他者を拒み、他者と共に連帯して生きる。それは迷いながらも進んでいくしかない、人間そのものの不可逆な成熟と同じ形を取っている。だからこそ、我々は自分の生き様をアジカンに重ね、演奏に、言葉に、バンドの在り方に常に心震わせられるのだろう。書き手としてアジカンへの純粋な感動を再確認できたこと、ファンとして改めてその姿勢に感服できたことへの感謝を最後に記し、アジカン精神分析レビューを一旦完結としたい。続きはまた、新作が出る頃に。その時まで、再見!


(※1) https://natalie.mu/music/pp/akg05/page/2


【これまでのアジカン精神分析レビューはここに】


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