あのオレンジの光の先へ〜クリープハイプ 全国ホールツアー2022「今夜は月が綺麗だよ」@愛知フォレストホール
クリープハイプ、3年ぶりの全国ホールツアー。昨年の傑作アルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』を引っ提げてのレコ発であり、メジャーデビュー10周年記念行脚でもある。個人的にも2019年のワイバン以来、ワンマンとしても前回のホールツアーぶりなのでかなり待望の公演だ。更に言うと『夜に〜』は去年のマイベストアルバム。つまりは感慨が山盛りである。
音もなくふらりと現れ、静かにインスト曲を奏で始まったこのライブ。2曲目から早速、「HE IS MINE」が緊張感たっぷりに迫ってくる。お馴染みの《セックスしよう》のコールは心の内で唱えるバージョンでコロナ禍対応もばっちりである。狂暴な音の終わりにステージ後方に備えられた巨大な"クリープハイプ"ロゴが点灯するといういかつすぎるオープニング。突然のピークに会場がざわつく中、スピーディな「君の部屋」、長谷川カオナシ(Ba)がボーカルを務めるハイファイな「月の逆襲」など近年演奏率の高い楽曲を盛り込み、丁寧に場を作り上げていく。1曲1曲、楽曲の余韻を噛み締めるようにたっぷりと間を取る。「ありがとう」と共に拍手が芽生える慎ましい時間だ。
ジャケットをあしらったオブジェがステージインし、アルバムツアーとしてのセットが出来上がる。アコギをもった尾崎世界観(Vo/Gt)が「できなかったライブの事を考えてしまう」と呟く。徐々に戻りつつあるライブの光景だが、過去をまっさらにせずに思い続けるのは彼らしい。そして弾き語りながら始まった「四季」では、春夏秋冬、色とりどりなサウンドアレンジに呼応してネオンライトの照明演出も美しく移ろう。先ほどまでの緊迫感をほどきながら、耳に馴染む4つ打ちが鳴ると晴れやかな「イト」だ。終盤で演奏されることの多い曲だが、序盤の熱気を維持するのにもうってつけの多幸感。テン年代ギターロックの1つの結実とも言えるこの曲が今鳴る意義は大きい。
しとやかなイントロから一気にブーストをあげる「しょうもな」は前半のハイライト。ドライブし続けるグルーヴと止まることのないメロディの切実さ。《世間じゃなくあんたに お前だけに用がある》と脳天に突き刺さる、クリープハイプの根源。そして1stアルバムをセルフオマージュした「一生に一度愛してるよ」へと繋がる流れも見事だ。元より自分たちをモチーフにした曲も得意としてきたが、『死ぬまで一生愛されてるよ』から10年のこの年にこの曲を生き生きと鳴らしていることは、その紆余曲折の歴史を肯定しているように聴こえてくる。タイアップのための作られ歌詞もコピーライターが担当した「ニガツノナミダ」もフラットにセトリの中で機能していた。
中盤に用意された、奇妙かつ異様な楽曲がアルバム曲順通りに披露されるパートによって今までのワンマンライブにはなかった起伏が生まれていたように思う。長谷川がボーカルを務め、振り付けつきでAメロが歌われるドープな民謡「しらす」を皮切りに、照明効果でメンバーがほぼ見えないままポエトリーとメロディと演奏が渾然一体になって惑わしてくる「なんか出てきちゃってる」、そしてモダンなビートメイクと妖艶なリリックが腹の底を冷やす「キケンナアソビ」へとパスされていく流れ。アルバムでもこのゾーンのあるなしで印象が変わると思っていたが、ライブでも単なる実験性を超えてセトリの中にうねりを起こすべくして存在していて感嘆してしまった。
MCで「言葉が出てこない」と言う尾崎の姿も見たことはなかった。いつもMCにもひと匙の表現をまじえる彼がこの場を言葉なく抱きしめているようだった。そして弾き語りながら始まったのは「栞」。「イト」もそうだが、この10年でメジャーキーの曲が主要になっていったのもかなりの変化だろう。そんな流れでの「オレンジ」はもはやクラシック級の響き。魂は一気に2012年の春にぶっ飛ばされてしまった。その後、不意打ちで歌われた長谷川ボーカルのノスタルジックなポップチューン「すぐに」は、リリース時から表題曲を超えて大好きなB面曲であまりの選曲の意外さに思わず声が漏れた。どんな位置の曲にも通う“良い歌”を求める姿勢はこんな形で嬉しい衝撃をくれた。
長谷川によるMCが次の曲を匂わし、そのことを尾崎に指摘されるという、そんな姿こそがまさに「二人の間」だなぁと思わせる良いムードが漂うのも今のクリープハイプ だ。そこから否応なしの感傷にタッチしていく「モノマネ」がストレートに披露されたのもとても正しかった。愛に満ちた関係性も、それが綻んでいく様も、それが終わった後の余韻や後悔すらも等しく歌い続けるバンドであることがよく伝わってくる。だからこそ、インディーズ時代の廃盤アルバムに収録されていた「ヒッカキキズ」が不意に鳴ったとしても、そこにちゃんとフィットしていく。追憶と現在の間隔が空けば空くほど、クリープハイプの音楽は勝手に成熟され、勝手に刺さっていくものだ。
尾崎世界観がハンドマイクを持ち、アカペラで2A「ナイトオンザプラネット」の2Aのバースを蹴り始める。印象的なギターフレーズとエレピの音色が広がり、曲世界へと引き摺り込む。チルアウトなムードと、心地よいライム。10年経ち、このような曲をピークポイントに持ってくるバンドになるとは予想もつかなかったし、しかもそれが皆がうっとり聴くまでに受容されるとは驚くばかりだ。しかしここに刻まれた感傷は大人になり、優しさをもって過去と対峙するような10年目のクリープハイプとしての嘘なき姿だ。長いお辞儀と拍手、間違いなくハイライトだった。そして始まりの1曲である「左耳」のヒリついた感傷も色褪せない真実だとその切れ味鋭い演奏が物語っていた。
間髪入れず、空間を切り裂くように「手と手」へと続く。この曲はやはりあまりにも必殺すぎる。爆裂に猛進する小泉拓のドラム、そして飛ばせるはずがないギターソロをこれでもかと弾き倒す小川幸慈。この2人の担うクリープハイプのロックバンドとしての力を食らわせられる。最後にもう1度サビを繰り返して歌った尾崎の姿も印象的。良いメロディはなんぼ歌ってもいいですから。そして、僕が10年間聴きそびれていた『死ぬまで〜』の名曲「ABCDC」を遂に!!青く渦巻くミラーボールと小川の美しいアルペジオ、絶唱の果てまで持っていく怒涛のドラミングで彩られるラスサビの熱狂たるや。盛り上がりとしての頂点にこの2曲が選ばれたこと、とても嬉しかった。
最後のMCでギターストラップがねじれ、あれこれ愚痴る尾崎も、それを助ける長谷川も、傍観し微笑む小川も小泉も、この4人だからこそクリープハイプなのだな、とよく分かる。そして演奏されるのはこのツアータイトルでもあり、10周年を機に新たなバンドアレンジで再録された「ex.ダーリン」。柔和に仕上がった曲の輪郭と、胸抉るような思慕が綴られたこの曲。思い出すことでより深く刺さっていく心のトゲのような、クリープハイプらしさの象徴だと思った。そして最後は「風にふかれて」。最後に、とても真摯な“生きる”ことへの祈りが歌われるという慈愛に満ちたエンディング。生きづらさも怒りも超え、最後にこの曲を持ってきたその事実に泣き崩れそうになった。
10年前、メジャーデビューのリード曲に選んだ「オレンジ」で《あのオレンジの光の先へ その先へ行く/きっと二人なら全部うまくいくってさ》と歌っていた。当時の彼らにしてはかなり曖昧でふんわりとした表現で、不安さとそれでも進むのだという意志を示していたのだと今なら分かる。そして10年。言うなれば今ここが“あのオレンジの光の先”へたどり着いたとも言えるほど、充実し温かさに満ちたライブだった。全部はうまくいかなかった、大変なことも当然あった、それでも、その先へ、その先へと歩み続けた現在地。テン年代のギターロックが全てあったかのようなこの夜、しかしその先もまだまだあるのだとも思わせてくれる時間だった。きっと、うまく行くって。
<setlist>
1.なんてことはしませんでしたとさ
2.HE IS MINE
3.君の部屋
4.月の逆襲
5.四季
6.イト
7.しょうもな
8.一生に一度愛してるよ
9.ニガツノナミダ
10.しらす
11.なんか出てきちゃってる
12.キケンナアソビ
13.栞
14.オレンジ
15.すぐに
16.二人の間
17.モノマネ
18.ヒッカキキズ
19.ナイトオンザプラネット
20.左耳
21.手と手
22.ABCDC
23.exダーリン
24.風にふかれて
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