マハーバーラタ/7-12.シャクティを放つラーデーヤ
7-12.シャクティを放つラーデーヤ
ラーデーヤとガトートカチャによる深夜の戦いが始まった。
ドゥルヨーダナは弟ドゥッシャーサナを呼び出した。
「ドゥッシャーサナ、夜になると力を増すラークシャサを相手にするのはラーデーヤでも大変だろう。軍を率いて助けに行ってくれ」
そう指示した時、ドゥルヨーダナの元にジャタースラの息子が現れた。
「ドゥルヨーダナ様、私はジャタースラの息子です。ビーマに殺された父の復讐を果たすためにここに来ました。私と同じラークシャサのガトートカチャを倒してみせましょう」
「ぜひそうしてくれ。あなたの父の仇ビーマの息子を殺すことで復讐を果たすといい」
ジャタースラの息子はガトートカチャのいる場所へ向かい、戦い始めた。
彼もまたマーヤーの術を使い、パーンダヴァ軍を破壊し始めた。
両軍のラークシャサがそれぞれ敵軍を恐怖に陥れていた。
ジャタースラの息子はガトートカチャに対して素手での戦いを挑んだ。
まるでアランブシャとガトートカチャの戦いの再現のようであった。
しばらく戦いが続いたが、
ガトートカチャは空高く飛び上がり、剣を手に取った。
たった一振りでジャタースラの息子の首を切り落とした。
そして首を持ってドゥルヨーダナの戦闘馬車まで走り寄った。
ガトートカチャはその真っ赤な唇に笑みを浮かべ、
ジャタースラの息子の首をドゥルヨーダナの戦闘馬車の床に置いた。
「お前が王か? 王に会う時は土産がいるんだってな?
ほら、これをやるよ。知ってる奴だろ?
次はお前がもっと知ってる奴、あのラーデーヤの首を持ってきてやるよ」
ガトートカチャは返事を待つことなく去った。
その巨体に似合わない素早さであっという間に前線へ戻り、
ラーデーヤとの戦いを再開した。
ガトートカチャはマーヤーの術を使って敵軍を破壊し、ある時は天高くから、またある時は地面で戦った。そしてラーデーヤに矢の雨を降らせたりもした。
しかし、誰もが恐れを抱いたガトートカチャに対してラーデーヤは怯むことなく戦った。
ラーデーヤがアストラを放ってマーヤーの術を破ると、
次にガトートカチャは姿を変身させて再びカウラヴァ軍全体を攻撃し始めた。
二人の戦いが続いていた時、アラーユダという名のラークシャサが大軍を率いてドゥルヨーダナの元に現れた。
「私の名はアラーユダ。ビーマによって殺されたヒディンバ、キルミーラ、バカは全員私の親戚です。我が一族のヒディンビーを連れ去ったビーマに対して復讐したくてここに来ました。
まずはビーマとヒディンビーの息子を殺してきましょう」
「もちろん歓迎だ。ぜひあのガトートカチャを殺してきてくれ。今、我が軍の最強の戦士ラーデーヤが戦っているところだ」
新たなラークシャサの味方の到着にカウラヴァ軍は歓喜した。
ラーデーヤとガトートカチャが戦っている場所へ進むアラーユダに声援を送った。
アラーユダがガトートカチャの方へ向かっているのを見たビーマが止めに入ろうとした。
アラーユダの攻撃の矛先がビーマに向けられた。ビーマの軍はラークシャサの攻撃に苦しめられた。
父が劣勢になっているのを見たガトートカチャはラーデーヤとの戦いを中断し、アラーユダの目の前に現れた。
ラークシャサ同士の戦いがしばらく続いたが、勝利したのはガトートカチャであった。
ガトートカチャはアラーユダの首を落とし、ドゥルヨーダナの戦闘馬車の床に置いた。
ガトートカチャはドゥルヨーダナに向かって再び笑みを浮かべたが、今度は何も言わずに戦場へ戻っていった。
ドゥルヨーダナは目の前に置かれた二つ目のラークシャサの頭にぞっとした。
ガトートカチャの叫びが空に響き渡った。
カウラヴァ軍に恐怖が広がった。
唯一の頼みの綱はラーデーヤであった。
怯えた戦士達がラーデーヤに懇願した。
「ラーデーヤ様、あなただけが頼りです。
どうか私達を助けてください。あのラークシャサはアルジュナやビーマよりも恐ろしい。我が軍はもう壊滅寸前です。あなたは最強の武器シャクティを持っていると聞きました。あなたなら倒せるのでしょう? 助けてください!」
ラーデーヤもまたその方法しかないと悟った。
それと同時に運命が自分に味方していないことを知った。
アルジュナを倒すための唯一の武器シャクティ。
しかし、一度しか使えないその武器を使わない限りはこの窮地を脱することはできない。
ラーデーヤは大きくため息をついた。
「これが運命か」
そして、シャクティを手に取り、ガトートカチャに狙いを定めた。
アルジュナを殺すという夢と共にシャクティをその手から手放した。
「ドゥルヨーダナよ。我が最愛の友よ。これであなたの運命は決まった。あなたが世界を統治するという夢は夢で終わる。
クンティーよ。私を人間という束縛の世界に導いてくれた母よ。あなたとの約束は守られます。アルジュナは生き、このラーデーヤは死ぬようです。私は人生という病に罹っていましたが、もうすぐその束縛から解放されます」
ラーデーヤの手から放たれたシャクティは光線のように飛んだ。
空と大地が震えた。
ガトートカチャのマーヤーの覆いは貫かれ、その胸に衝突した。
ガトートカチャは死を悟った。
「なんという力だ。私は死ぬのか。これが死の味なのか。
いや、まだだ。私にはまだできることがある」
彼は最後のマーヤーを使った。
シャクティを胸に受けたまま自らの体を巨大化した。
そしてカウラヴァ軍に向かってその巨体を倒した。
その衝撃でカウラヴァ軍の1アクシャウヒニが押しつぶされた。
倒れたガトートカチャはそれ以上動くことはなかった。
ドゥルヨーダナはラーデーヤの功績を称えた。
そして、カウラヴァ軍には喜びが広がった。
一方のパーンダヴァ軍ではビーマが息子の死を目撃し、立っていられなかった。兄ユディシュティラと共に涙を流して座り込んだ。
お互いに掛ける言葉が見つからなかった。
パーンダヴァ軍の中で喜んでいる者が一人いた。
クリシュナであった。
喜びで興奮してアルジュナを抱きしめた。
しかしアルジュナはもちろん喜んでいなかった。
「クリシュナよ。ガトートカチャが死んでみんな悲しんでいる。なぜあなたは喜んでいるんだ? 教えてくれ」
「アルジュナ。今日は我が人生最高の日だ。
ラーデーヤはとても偉大な人物だ。信心深く、思いやりを持って人々にたくさん与え、誰も真似できないほどの禁欲を実行していた。
さらに弓の腕前も最高だ。あのバールガヴァが自分に匹敵すると発言していたほどだ。
彼は象の群れの中のライオンのような人だ。
そして太陽のような輝きを持つ人だ。自らの輝きを自分では見ることができないが。
私は知っている。彼こそユディシュティラに匹敵するほどの偉大な人物なのだ。
しかし、彼が持っていたシャクティがインドラの元へ返された。もう彼を恐れる必要はなくなったんだ。まさに今ラーデーヤは死んだようなものだ。
知っていたかい? この世界で最強の戦士は君じゃない。ラーデーヤだったんだ。敵軍の中でも信用を受けていなかったようだが、彼こそがパーンダヴァ軍に勝利できる唯一の人物だ。
ドゥルヨーダナが彼を頼りに戦争に勝利できると発言していたのは真実だ。それほどラーデーヤは偉大だ。神々でさえ彼には勝てない。カヴァチャとクンダラは失ったが、それでもシャクティを持つ彼は最強だったんだよ。ガーンデーヴァを持つあなたとチャックラを使う私が一緒に戦っても彼には勝てなかったはずだ。
しかし、もうシャクティはない。彼は神の力を失ったただの人間だ。
あなたなら今の彼を倒せる。そういうことだ。
ガトートカチャは失ったが、彼のおかげで我々は死から救われたのだ。
さあ、戦いは続いている。戦場へ向かおう」
サーテャキがクリシュナに尋ねた。
「ラーデーヤはなぜ今までアルジュナにシャクティを使わなかったんだ?」
「確かにラーデーヤはアルジュナを倒すためにシャクティを使うことを考えていたはずだ。カウラヴァのキャンプでもそうするように頼まれていたかもしれない。
だから私は常にラーデーヤの動きに注意を払っていた。
そしてアルジュナと戦わないように戦闘馬車を運転してきた。
ラーデーヤがシャクティのことを思い出さないように彼を混乱させる言葉をかけていた。
そうやってなんとかアルジュナをシャクティから守っていたんだ」
一方パーンダヴァの本陣ではユディシュティラが最愛の甥を失ったことで悲しみに沈んでいた。
「戦争の法則は分かっている。だが、アビマンニュ、ガトートカチャ、なぜ彼らが死ななければならなかったんだ?
ドローナ、そしてラーデーヤ。
あの二人こそが私の愛しい甥を殺した張本人だ。あの二人は死ななければならない!」
ユディシュティラは怒りを露わにしてラーデーヤの方へ向かって突進した。
珍しく周りのことを考えずに敵軍へ突進する彼の後をアルジュナとクリシュナが追いかけた。
その時、ユディシュティラの目の前にヴャーサが現れた。
「ユディシュティラ。待て。落ち着くんだ。
ガトートカチャの死の悲しみで突き動かされるのはそこまでにするんだ。
彼は死ぬ運命で、そうなっただけだ。そう定められていた。
彼のおかげでアルジュナは救われた。
ラーデーヤの手からシャクティがなくなったのだ。
ラーデーヤがアルジュナを傷付けることはもうない。
今から5日後、あなたはこの地上の統括者になるであろう。
自分の軍に帰りなさい」
ヴャーサはそう言って目の前から消えた。
戦いは再開された。
朝から始まった戦いは深夜まで続き、
戦士達は戦いながらも、疲れと眠気に圧倒され始めた。
アルジュナが両軍の間に入って声を上げた。
「ここにいる皆が疲れ切っている。暗闇も深く何も見えない。この状態のまま戦い続けてはダメだ。
カウラヴァの戦士達よ。少し休もう。
月が昇るまで一度休もうではないか」
双方の戦士達がその提案を喜んだ。
皆がしばしの眠りに落ち、戦場は静かになった。