マハーバーラタ/4-14.若き王子ウッタラクマーラ
4-14.若き王子ウッタラクマーラ
トリガルタが南側から攻めた翌日、カウラヴァ軍が北側から侵入し、牛を奪い始めた。
奇襲を受けた牛飼い達はどうすることもできずに助けを求めて王宮へ駆け込んだ。
しかし王宮に残っていたのはブーミンジャヤと呼ばれる弟の方の王子ウッタラクマーラだけであった。
牛飼い達は彼の所に行って話した。
「ウッタラクマーラ王子、あなたの父上はトリガルタと戦う為に出かけてしまった。どうか私達の牛を取り返してください。
あなたが好きな楽器のヴィーナを置いて、弓のヴィーナの弦で敵を追い払ってください。あの立派な王の息子であることをお示しください」
王子は女性達に囲まれて座っていた。
「分かった。すぐに敵を攻撃しよう。私の力強い弓でカウラヴァ軍を全滅させてやろう。
しかし一つ問題があるんだ。私の戦闘馬車を運転する御者がいないのだ。つい最近の戦いで私の御者は28日もの戦いの末、殺されてしまった。
勝利を支える要因の半分は良い御者がいることだということを知っているかい? 良い御者がいなければ敗北は必至だ。
有能な御者を探してくれ。私自身は敵達に怯んだりしない。私のような英雄の戦闘馬車を運転したことのある者でなければならない。
良い御者さえいれば、ビーシュマやドローナ、クリパ、アシュヴァッターマー、ラーデーヤでさえ片手で倒せるだろう。人々は私のことをアルジュナと見間違うだろうね」
ドラウパディーがその場にいた。
アルジュナに匹敵するという彼の言葉は我慢ならなかった。
ブリハンナラー(アルジュナ)もその場にいた。
ドラウパディーがウッタラクマーラの言葉を聞いて怒りの表情になっているのを見て微笑んだ。ドラウパディーと二人きりになる時間を作って話しかけた。
「愛する我が王妃よ。ありがとう。あなたは私のことを思って怒ってくれていたんだよね? 私は大丈夫です。
そんなことより、今の事態は深刻だ。
私に考えがある。ヴィラータ王の娘ウッタラーの所へ行ってほしい。
昔カーンダヴァの森でアルジュナがインドラと戦った時の御者がブリハンナラーだったと伝えるんだ。ウッタラーが兄ウッタラクマーラにそれを伝えるように言うんだ。ブリハンナラーの偉大さについて全て伝えるんだ。ウッタラクマーラ王子の御者として私が推薦されるかどうか見てみよう」
ドラウパディーは王女ウッタラーの所へ行って話した。
「あなたの兄ウッタラクマーラは優れた御者を探しているそうですね。
あなたの先生ブリハンナラーがまさにそうです。彼女は御者としての腕前も優れています。
以前カーンダヴァの森でアルジュナがインドラと戦った時に御者を務めていたのが彼女なのです。インドラを打ち負かすためには彼女の運転技術が欠かせなかったとアルジュナは言っていました。
ブリハンナラーがあなたの兄の戦闘馬車の手綱を握れば、きっとどんな敵でも打ち負かせるでしょう。
カウラヴァ達が相手でも、たとえデーヴァ達でも、ガンダルヴァ達でもきっと勝てるでしょう」
ウッタラー王女はその話を聞いて喜び、兄ウッタラクマーラの所へ駆け込んだ。
「お兄様! 良い御者を見つけました! アルジュナがインドラと戦った時に御者を務めた者がこの国にいるんです。サイランドリーが教えてくれました。意外かもしれませんがそれは私のダンスの先生ブリハンナラーです。どうぞ彼女を御者として戦いの準備をしてください」
ウッタラクマーラはその提案に困惑した。
詳しく聞くためにサイランドリー(ドラウパディー)を呼び出した。
サイランドリーはブリハンナラー(アルジュナ)の御者としての能力について全て話し、褒めたたえた。
ウッタラクマーラは言った。
「ブリハンナラーは男でも女でもない。純粋なクシャットリヤである私が女性を御者にして連れて行くのは正しいと思えない。私の馬達の運転を女性に任せたら威厳に傷がつくではないか。そんなことをするくらいなら、むしろ戦わない方がよい」
サイランドリーは言った。
「ウッタラクマーラ王子。そうですね。ですが、この非常事態においてはそんな慣習にこだわっている場合ではないでしょう?
あなたの父であるヴィラータ王は戦いに出てしまっています。王の不在時には立派な王子として振舞うべきではないですか? それは真のクシャットリヤであるあなた次第です。
このような事態においては小さなことは気にするべきではありません。どうぞ御者ブリハンナラーを呼んでください」
「そうだな。父も兄もいないこの状況で、国を守るのが私の役割だ。ウッタラー、ブリハンナラーをすぐに呼べ! 私がこの国を守る為に戦おう!」
ウッタラーはブリハンナラー(アルジュナ)を連れてきた。
ブリハンナラーは恥ずかしそうに、もじもじとした足取りで集会ホールに入ってきた。
「ブリハンナラー、あなたはアルジュナの御者であったとサイランドリーから聞いた。そして全ての御者の中で最も優れていると。インドラの御者マータリ、クリシュナの御者ダールカ、ダシャラタの御者スマントラもあなたに比べれば大したことはないと。
私は今からカウラヴァの軍と戦いに行く。御者として一緒に来てくれ。すぐに準備してほしいんだ」
ブリハンナラーは恥ずかしそうに微笑んだ。
「王子、私が戦いの何を知っているというのでしょうか? 私はただダンスをして歌えるだけです。あなたの手助けなんてできるでしょうか」
「サイランドリーからあなたの功績を聞いた。そんな風に謙遜している場合ではないんだ。すぐに準備してくれ。戦場へ向かわなければならない」
ウッタラー王女はブリハンナラーに着せる為の、太陽のように輝くドレスを持ってきた。しかし彼女はその着方を知らないように振舞ったので、部屋中の少女達が笑った。
我慢できずにウッタラクマーラ王子がやってきて、自らブリハンナラーに鎧を着せた。アルジュナの狙いはそれであった。
「ウッタラクマーラ王子、準備ができました。どこへでもあなたをお連れしましょう。あなたがカウラヴァ達を片手で倒す栄光の瞬間を見届けさせてください。さあ、行きましょう」
王子は皆に別れを告げて城の門から出発した。
その時、ウッタラー王女が駆け寄って話しかけた。
「ブリハンナラー、私の兄が勝利したら、敵から美しいシルクと服を持って帰るのを忘れないでね」
ブリハンナラーは微笑んだ。
「王女よ、約束します。カウラヴァ軍の英雄が着ているシルクを持って帰りましょう」
ウッタラクマーラ王子はブリハンナラーが英雄アルジュナであるとは知らずに、カウラヴァ達が牛達を奪って去っていった方向へ出発した。