マハーバーラタ/7-5.戦いの準備をするクリシュナ
7-5.戦いの準備をするクリシュナ
その夜、クリシュナはアルジュナのテントへ行った。
「アルジュナ、無謀だよ。なんという誓いを立ててしまったんだ。
さっき情報が入った。
ドローナは明日、太陽が沈むまでジャヤドラタを守り通すための三重の陣形を敷くそうだ。
半分の軍でシャカタヴューハを作り、さらに残りの半分の軍でその向こう側にパドマヴューハ、そのさらに向こうには最強の戦士が並ぶスーチームカヴューハだそうだ。
最後の針の陣形、スーチームカヴューハに配置されるのはおそらくラーデーヤ、ブーリシュラヴァス、アシュヴァッターマー、ヴリシャセーナ、ドゥルジャヤ、クリパ、シャルヤ、ドゥルムカ、そして一番奥にいるのがジャヤドラタという配置でしょう。
アルジュナ、あなたを失いたくはない」
「クリシュナ、大丈夫だ。私は勝てると確信している。
ドゥルヨーダナはドローナの力を信頼しているだろうが、
私は明日真っ先にあの先生を突破してみせる。
そして、日が沈むまでにアビマンニュの仇、ジャヤドラタを殺してみせよう。
ガーンディーヴァの輝きを見ていてくれ。
私は失敗しない。
さあ、明日は大仕事になる。私の全ての武器を戦闘馬車に積んでおいてくれ。
私は神の弓ガーンディーヴァを持つアルジュナだ。人は私を世界最高の弓使いと呼ぶ。
そして私の戦闘馬車を運転してくれるのが最高の人クリシュナだ。
何も心配はいらない。私とあなたがいれば勝利は間違いない」
二人はアビマンニュのことを思っていた。
アルジュナが言葉を続けた。
「スバッドラーになんと言おうか。合わせる顔がない。
息子を失って悲しんでいるはずだ。
クリシュナ、あなたの妹の所へ行って慰めてくれないか?」
「分かった。あなたには難しいだろうね。今から行って話してくる」
クリシュナは息子を失った妹スバッドラーの所へ行った。
彼女は悲しみに沈んでいた。
しばらく傍に座った後、クリシュナは話しかけた。
「スバッドラー、そんなに悲しんではいけない。
彼は立派に戦って天界に行った。月の一部になって向こうで幸せになっている。
この地上に彼の名声が残る限り、彼は生きているんだ。
一体誰があの英雄のことを忘れられるというのか?
彼ほど立派な死を遂げた若者はいない。
愛しい妹よ。泣かないで。
あなたは偉大なヴリシニ一族の娘だ。
そして最も偉大な英雄アルジュナの妻であり、戦場で最も素晴らしい戦いをした英雄アビマンニュの母だ。
もう十分泣いた。立ち上がろう」
「クリシュナ、今の私には泣くしかできないの。
あの美しい顔と蓮のような目で『お母さま』と呼んでくれるのを思い出してしまうのよ。
あの子の体が戦場で埃と血に覆われているなんて。
もう泣くしかないの。
ねえ、なぜなの?
パーンダヴァ兄弟がいて、クリシュナもいるのに、なぜあの子が死んだの?
なぜ止められなかったの?
・・・そうね、あの子を戦場に送り出した私が間違っていたのよね」
「愛しい妹よ。
彼は不正な方法で殺された。正義の戦いの中で殺されたのではないんだ。
そして、あの時、私はアルジュナと一緒に別の場所にいたんだ。
その状態の時を狙って彼らは恐ろしいヴューハの中に捕らえて殺した。
このクルクシェートラという名の神聖な平原でアダルマが起きた。
この卑劣な罪を償わずに生きていける者はいない。
明日何が起きるか見ていなさい。
あなたの夫アルジュナは誓いを立てた。
明日の日が沈む前にアビマンニュの仇ジャヤドラタを殺すと。
そして、スバッドラー、あなたには役割がある。
悲しんでばかりはいられない。
この13日間の戦いで息子を失ったたくさんの母のことを考えるんだ。
彼らだって勇敢に戦ったんだから。
もう泣くの止めて、ウッタラーの所へ行ってくれないか?
夫を失った彼女もあなたと同じように悲嘆に暮れている。
あなたなら彼女を慰めてあげられるはずだ。
彼女はアビマンニュの子供を身籠っているんだろう?
あなたは今、彼女の義母として守ってあげなければならないんだ。
あなたの息子の復讐はアルジュナに任せよう」
そう言ってクリシュナは妹を送り出した後、次にドラウパディーの元へ向かい、慰めた。
アルジュナは帰ってきたクリシュナを迎えた。
これまで毎日続けていたクリシュナを礼拝する儀式を行い始めた。
そして花と果物、蜂蜜を捧げた。
クリシュナは優しく話しかけた。
「アルジュナ、今日はもう眠りなさい。明日の戦いで全力を尽くすのです」
クリシュナはアルジュナに挨拶をして別れ、自分の部屋へ帰っていった。
雪のような純白のベッドに横になったが、彼の目に眠りはやってこようとしなかった。
深夜遅く、クリシュナはまだ眠れずにいた。
ベッドから起き上がり、御者ダールカを呼び出した。
「ダールカ。頼みがある。
アルジュナの誓いのことは聞いただろう?
ドゥルヨーダナも全力でジャヤドラタを守るだろう。
アルジュナが偉大な英雄であることは分かっている。彼は天界でインドラの敵達でさえ一人で滅ぼしたほどだ。
それでも明日の戦いは厳しいものになるはずだ。
この季節は日が沈むのが早い。まさに時間との闘いだ。
アルジュナが火の中に飛び込む姿は見たくない。
確かにこの戦争において私は戦わないという誓いを立てているが、
アルジュナの誓いを叶える為なら自分の誓いを破る覚悟ができている。
必要とあらばラーデーヤとドゥルヨーダナをこの手で殺してでもアルジュナを守る。
私とアルジュナは一心同体だ。誰も私達を引き離すことはできない。
そこでだ。
夜が明ける前に私の戦闘馬車を準備しておいてくれ。
その中には私の弓サンガ、チャックラのスダルシャナ、鎚矛カウモーダキ、シャクティもだ。
そしてガルーダの旗を立て、我が愛しい馬達ヴァラーハカ、シャイビャ、メガプシュパ、スグリーバを繋ぎ、私の鎧も載せてくれ。
あなた自身も鎧を着ておくんだ。
明日、私がパーンチャジャンニャのほら貝をリシャバの旋律で吹き鳴らしたなら、すぐに私の所へ来てくれ。
何が何でも太陽が沈む前に必ずジャヤドラタを殺す」
「かしこまりました。
アルジュナが失敗することはないでしょうが、指示通りに待機します」
クリシュナはダールカが出ていくのを見届けてからベッドに横になった。
一方のアルジュナは明日のことを考えて、眠れずにいた。
先ほどのクリシュナの言葉を思い出し、心が揺れていた。
明日ジャヤドラタを殺すことを願いながらも、いつの間にか眠りに落ちていった。
そして夢を見た。
クリシュナが現れた。
「アルジュナ、大丈夫だよ。
心配という名の病に罹っていては駄目だ。それはあなたを破壊する敵だ」
「太陽が沈む前にジャヤドラタを殺さなければ。
誓いを守れなかったら世界は私を笑うんだろうな。
本当に大丈夫だろうか?」
「パーシュパタのことを覚えているかい?
インドラキーラ山でシャンカラ神からもらったパーシュパタだ。
ジャヤドラタを倒すために使うんだ。
シャンカラに祈るんだよ」
アルジュナはその言葉を聞き、
澄んだ水に手を触れて自身を浄化し、座ってシャンカラを思った。
すると、奇妙なことが起きた。
アルジュナはクリシュナと共に空を飛んでいた。
弓から放たれる矢よりも速く飛んでいた。
クリシュナは彼の右手を掴んで空中を泳ぎ、北へ向かった。
たくさんの美しい場所を通り過ぎ、雪山までやってきた。
偉大なシャンカラ神を見た。
まるで千の太陽が同時に輝くかのように彼自身が輝き、山全体を照らしていた。
二人はシャンカラの足元に跪き、礼拝した。
「あなたの望みは何か? 叶えてあげよう」
「パーシュパタを求めています」
「アムリタの湖がある。
私がかつてアスラ達を滅ぼした時に使った弓矢がそこに置いてある。
それを手にしなさい」
二人はシャンカラのお供の数人と共にアムリタの湖へ向かった。
そこには恐ろしい蛇が住みついているのが見えた。
さらに近寄ると千の頭を持って火を吐く蛇がいた。
アルジュナとクリシュナは一緒にマハールッドラのマントラを唱えた。
するとその蛇が弓と矢に姿を変えた。
その弓矢を持ってシャンカラの元へ帰った。
シャンカラは微笑んだ。
すると彼の体から一人のブラフマチャーリーが現れた。
赤い目と青黒い髪、猛々しい姿であった。
彼はその弓矢を手に持ち、扱い方を見せた。
シャンカラがマントラを唱えた。
それはパーシュパタを放つためのマントラであった。
ブラフマチャーリーが弓矢を湖に放り込んだ。
二人はもう一度シャンカラの足元に礼拝した。
シャンカラは彼らに微笑んだ。
二人は興奮を感じながらキャンプへ戻っていった。
アルジュナが見た奇妙な夢であった。