マハーバーラタ/7-7.走り疲れたアルジュナの馬
7-7.走り疲れたアルジュナの馬
アルジュナがヴューハを突破していく様子を目撃したドゥルヨーダナはドローナの所へ駆け込んだ。
「ドローナ先生! なぜアルジュナを止めないのですか!!
これでは話が違う。あなたの三重の陣に守られているからここにいる方が安全だとジャヤドラタに言ったのです。
このままでは私が彼を死神に差し出しているみたいではないですか!
どうか彼を守ってください」
「アルジュナがパドマヴューハに入らないように止めようとしたが、あまりにも彼は速かった。彼の馬は神の馬で、御者はクリシュナなのだ。速さ勝負では私の馬は追いつけない。
それよりも、私がすべき他の任務がある。
ユディシュティラを捕らえてあなたの元へ連れてくる約束を果たしに行こう。今ならアルジュナが守っていないからそれができるだろう。
そしてドゥルヨーダナ、なぜあなた自身が戦わないのだ?
あなたはアルジュナにあらゆる面で匹敵する戦士ではないか。
仲間の死に報いたいとは思わないのか?」
ドゥルヨーダナは目を真っ赤にした。
「先生、私を世間の笑いものにしようと言うのですか?
あなたでさえ止められなかったアルジュナを私が止められると?
どうかあなたがアルジュナと戦ってください。私達を守ってください」
「分かった。それならばアルジュナと戦えるようにしてやろう。
この鎧を身に着けて行きなさい。
これは創造神ブラフマージの力が宿った鎧だ。
インドラがヴリトラと戦った時に身に着けていたものだ。
この鎧を貫けるものなどこの世に存在しない。
これなら神々の矢でさえ寄せ付けない。
さあ、アルジュナと戦ってきなさい」
ドゥルヨーダナはその鎧を身に着けてアルジュナが進んで行った後を追った。王自らが加勢することでカウラヴァ軍は勢いを取り戻した。
ドローナは数人の戦士達と合流し、ユディシュティラを捕らえる為にパーンダヴァ本陣へ向かった。
ドゥリシュタデュムナ率いるパーンダヴァ軍の本隊が迎え撃った。
しかし、ドローナに立ち向かえるものはおらず、彼に触れたパーンダヴァ軍は溶けていった。
ビーマはドゥルヨーダナの弟達の相手をしていた。
ユディシュティラと護衛のサーテャキはシャルヤとドゥッシャーサナの攻撃を防いでいた。
ナクラとサハデーヴァはシャクニと戦った。
ヴィラータはヴィンダとアヌヴィンダと戦った。
シカンディーはバールヒーカと戦った。
ガトートカチャは同じくラークシャサのアランブシャと戦った。
残された他のカウラヴァの戦士は全員でジャヤドラタを囲んで守った。
ジャヤドラタの両側をアシュヴァッターマーとラーデーヤが守り、後方をブーリシュラヴァスが守った。クリパ、シャラ、ドゥルジャヤも近くで守っていた。
サーテャキがドゥッシャーサナの猛攻撃によく耐えていたが、
ドローナ達の方が次第に優勢になっていった。
ドローナはドゥリシュタデュムナの馬と御者を殺し、弓も破壊した。
そして彼にとどめを刺そうとしたとき、サーテャキが割って入った。
ドローナの怒りがサーテャキに向けられた。
まさに雷のような恐ろしい攻撃がサーテャキを襲った。
しかし彼は冷静に御者に話しかけた。
「この残酷な男ドローナは恐ろしいクシャットリヤの仕事を始めたようだ。
ブラーフマナの怒りとクシャットリヤの勇気を併せ持った恐ろしい敵だ。
全員でユディシュティラを守るんだ。
この男さえユディシュティラに近付けなければ大丈夫だ。
私が相手をする。さあ、向かってくれ」
サーテャキはドローナに対して勇敢に戦い続けた。
アルジュナとの約束を果たしていた。
ドローナは彼の戦いぶりに感心した。
「大したものだ。このアルジュナの弟子はまさにアルジュナに匹敵する」
周りの者達は戦うことを止めてこの二人の見事な戦いに見入っていた。
ドローナがアストラを放てば、サーテャキは同じアストラを放った。
ドローナがアーグネーヤアストラで火を放てば、サーテャキはヴァルナアストラの水で消火した。
天界の住人たちまでもがその素晴らしい戦いを見る為に集まってきた。
この二人それぞれに味方して戦う者が集まり、次第に戦いは全軍同士のものとなっていった。
太陽は着実に西へ向かって進んでいた。
アルジュナは時間と戦っていた。
彼は疲れを感じさせることなく、この日の始まりの時の倍の勢いを見せていた。
そして、その速さで戦闘馬車を運転し続けたのはまさにクリシュナであった。
しかしその勢いが次第に衰えていった。
馬達が疲れてきたのだ。
疲れながらも走り続けたが、明らかに速度が落ちていった。
太陽はさらに西へ傾いていった。
アルジュナはクリシュナに話しかけた。
「クリシュナ、ジャヤドラタはまだ先だ。
だが、この馬達は傷つき、疲れてしまっている。
休憩が必要なのは分かっているが、どうしたらよいだろうか?
教えてくれ」
「ええ、その通りです。
馬を戦闘馬車から解放して充分回復するまで休ませなければなりません。
さて、どうすればそれを始められるかな、アルジュナ?」
「私は地に立って戦う。クリシュナ、あなたは馬達に休息を」
アルジュナは動揺することも焦ることもなく、微笑みを浮かべて戦闘馬車から降りた。
すると、アルジュナはまるで昨日のアビマンニュのように敵軍に取り囲まれた。
当然カウラヴァの戦士達はアルジュナを倒すチャンスだと思った。
しかし、地に立って戦うアルジュナは戦闘馬車に乗っている時よりも恐ろしいものであった。
彼らが戦っている最中にクリシュナがアルジュナの所へやってきて話しかけた。
「アルジュナ、ここには水がないよ。
馬達の喉の渇きを癒してあげなければね」
アルジュナは自分を取り囲む敵達と戦いながら微笑んだ。
「いえ、そこに水があるよ。見てごらん」
アルジュナは弓矢を手に取り、ヴァルナ神に祈りながら地面に向かって矢を放った。
すると甘く清らかな水に満ちた湖が現れた。
その湖はアルジュナの放った矢で囲まれていた。
馬達の為に矢で作った休憩所であった。
皆がその早業に驚いた。
「なんという奇跡だ!」
「うん、いいね」
クリシュナはそう言って馬達をその休憩所へ連れて行った。
そして馬達の体に刺さった矢を優しく引き抜いた。
その湖に向かって空から水鳥が集まってきた。
この場所だけはまるで別の空間のようであった。
クリシュナは微笑みを浮かべ、まるでゴークラでゴーピーの女性達に囲まれているかのようにくつろいでいた。
馬達は湖の水を十分に飲み、そしてクリシュナの手に触れただけで傷は癒されていった。
実際にはほんのわずかな休息であったが、馬達は十分に回復し、再び戦闘馬車に繋がれた。
クリシュナは戦闘馬車をアルジュナの傍に運んだ。
その余裕のふるまいは敵軍に少なからず動揺を与えた。
アルジュナは再び戦闘馬車に乗り込み、風よりも速くジャヤドラタの元へ向かって進んだ。
アルジュナは敵軍を破壊しながら進み、パドマヴューハを突破した。
そして残された最後の陣形、スーチームカヴューハと戦い始めた。
クリタヴァルマーを倒し、目の前に現れた王達も次々倒して進んだ。
今日の旅の最終目的地が見えた。
クリシュナとアルジュナの目はジャヤドラタを捉えた。
次に彼らの目の前に現れたのはドゥルヨーダナであった。
ドローナから受け取った鎧を身に着け、アルジュナの戦闘馬車の前に立った。
クリシュナのその姿を見て警戒した。
「アルジュナ、気を付けるんだ。
彼は手ごわい。ドゥルヨーダナの名が示す通り、戦うのが難しい敵だ。
彼の目には命を懸けて戦う決意が見える。命懸けで戦う者はいつもの十倍の力を発揮すると言う。
だが、相手をするのはアルジュナ、あなただ。
あなたには敵わないことを見せてやるんだ」
「兄ユディシュティラにたくさんの困難を与えたこの男に会えてうれしい。
これまでの不正に対する復讐を与えてやらねば」
ドゥルヨーダナがアルジュナに戦いを挑んだ。
「来い! アルジュナ!! お前のアストラを見せてみろ」
ドゥルヨーダナは矢を放ち始めた。
鉄でさえも貫く力強い矢はアルジュナとクリシュナ両方に刺さった。
アルジュナが打ち返すよりも早くドゥルヨーダナは矢を放った。
アルジュナは蛇の矢や他の矢も放ったが、ドゥルヨーダナに傷を負わせることはなかった。
戦況は完全にドゥルヨーダナ優勢であった。
アルジュナは言った。
「クリシュナ、安心してくれ。
私の矢を全く受け付けないあの鎧はドローナ先生からもらったものだろう。
借り物の鎧で私に立ち向かっているんだ。
だが、あの鎧でさえも破壊できるアストラがある」
アルジュナは弓に矢を固定し、マーナヴァアストラを放った。
しかし、矢が弓から離れる瞬間、
アシュヴァッターマーがその矢を破壊した。
このアストラは二回使うことを禁じられたものであった。
もし使おうとすれば、マントラを唱えたものを殺すとされていた。
「先生の息子が邪魔したようだな。
だが、大丈夫だ。他にも方法はある。
あの鎧、全然彼に合っていない。
まるで男性用の鎧を女性が着ているみたいだ。
彼にはあの鎧を着るだけの価値がない」
アルジュナの矢がドゥルヨーダナの指先に刺さった。
それは鎧で唯一守られていない場所であった。
正確に放たれたアルジュナの矢はドゥルヨーダナの指先に刺さり、爪、手の平へと深く刺さっていった。
ドゥルヨーダナは痛みに耐えきれず、戦場から逃げ出した。
太陽は西の水平線に近付いていた。
ジャヤドラタのいる場所から3kmほど離れた場所で二人は敵軍に囲まれた。
クリシュナは言った。
「アルジュナ、もうひと頑張りだ。
さあ、ガーンディーヴァの弦を鳴らすんだ。
私もパーンチャジャンニャのほら貝を吹こう。
この音色は敵達を恐れさせ、私達は元気になるでしょう」
アルジュナはガーンディーヴァの弓を弾いて音を鳴らした。
クリシュナはパーンチャジャンニャのほら貝でその音をかき消した。
クリシュナの顔はとても疲れたかのように曇っていた。
カウラヴァの戦士達が一斉にアルジュナを攻撃した。
特にラーデーヤがアルジュナを苦しめた。
アルジュナは必死に彼らと戦った。
敵軍も必死であった。
クリシュナとアルジュナを心配が襲い始めた。