マハーバーラタ/7-2.ユディシュティラ捕獲作戦
7-2.ユディシュティラ捕獲作戦
12日目の朝がやってきた。
カウラヴァ軍はガルーダの陣形に整えられ、
対するパーンダヴァ軍は三日月の陣形で向かい合った。
前日に誓いを立てたトリガルタの長男スシャルマーが前線に立ち、
アルジュナに戦いを挑んだ。
それがユディシュティラを捕獲する作戦であることを知っていたアルジュナは困ってしまった。
アルジュナはユディシュティラに話しかけた。
「ユディシュティラ兄さん、
トリガルタからの挑戦を受けてしまった。
クシャットリヤのルールに従ってあの挑戦を受けなければならない。
あなたの傍を離れることがどれほど危険なのか分かっているんだけど」
「アルジュナ、敵の作戦は分かっている。
私から離れた隙を狙って迫ってくるはずだ。
きっと今日がトリガルタ達の最後の日となるのだろうな。それほどの覚悟が見える。
しかし、それと引き換えに私が捕まるわけにはいかない。
さてどうしたものか」
「兄よ、心配無用です。
ドゥルパダの弟サッテャジットにあなたの護衛を頼みました。
彼が生きている限り、誰もあなたに触れることはできないでしょう。
しかし、もし彼が殺されたなら・・・
兄よ。約束してください。その時は臆病者を装ってでも戦場から逃げるのです。
決してドローナに捕まってはなりません。
サッテャジットが殺されたなら躊躇することなく逃げるのです。
どうか約束してください」
「分かった。約束する。
アルジュナ、あなたに勝利があらんことを」
スシャルマー率いる大軍が三日月の陣形に整えられ、本陣の南側に向かって進んだ。
ドゥルヨーダナはアルジュナがそこへ向かっていくのを見た。
「やった! 作戦は成功だ」
アルジュナの戦闘馬車はスシャルマーの軍に向かって進んだ。
「クリシュナ。
あれが今日死ぬことを決意した者達だ。
私と戦うことを喜んでいるようだ。
あの罪人達が天国へ行ける方法は私のような戦士と戦って死ぬことしかないのだと分かっているのだろう。
あなたのナーラーヤナ軍も加勢しているようだな。
あなたの軍だが、今はドゥルヨーダナの軍だ。悪いが倒させてもらう」
さあ、急ごう。
一刻も早くユディシュティラの元へ帰らなければ」
アルジュナは自分のほら貝デーヴァダッタを吹き鳴らした。
スシャルマーの軍が一斉にアルジュナに向かって矢を放った。
アルジュナはそれをものともせずに敵軍へ突進した。
スシャルマーと行動を共にした王スバーフ、スダンヴァ。
アルジュナによって次々と打ち破られていった。
スシャルマーの軍には混乱が広がったが、彼は一喝した。
「逃げるな!!
我々は今日アルジュナに勝利するか、この場で死ぬか、どちらかしかないのだ! 逃げる場所などない! 背中を向けずに戦え!!」
一度は怯んだ様子であったスシャルマーの軍が再び勢いよくアルジュナに向かって矢を放ち始めた。
アルジュナは戦いが長引くことを悟ってイライラした。
「命が惜しくないのだな。分かった。
クリシュナ、彼らを全滅させるところを見ていてくれ」
矢の雨に襲われたアルジュナはアストラを放つことにした。
トヴァシュターに祈り、アストラを放った。
すると戦場には何千ものアルジュナとクリシュナが現れた。
スシャルマーの兵士達の目には隣の者がアルジュナに見え、
お互いに殺し合いを始めた。
味方同士の大虐殺となった。
「よし! ユディシュティラの元へ帰ろう!」
アルジュナは本隊の主戦場へ向かって急いだ。
その頃ドローナはユディシュティラのいる場所へ突き進んでいた。
スシャルマーがアルジュナを足止めしている間にユディシュティラを捕らえるべく急いだ。
ドゥリシュタデュムナがユディシュティラの命令で傍を守っていた。
「ユディシュティラ王よ、
ドローナの作戦は言葉だけで終わらせてみせよう。
こんな卑劣な作戦を実行するなんて。
この罪深い行いにふさわしい罰を与えてみせよう」
ドローナは自分に向かってドゥリシュタデュムナが進んでくるのを見た。
自分を殺す運命を持つ彼が自分に向かってくるのは悪い前兆のように感じた。
ドローナはドゥルヨーダナの弟ドゥルムカに命じてドゥリシュタデュムナと戦わせた。
ドゥルムカは彼を矢で覆って暗闇を作り、ドローナを先に進ませた。
ドローナはユディシュティラの近くまで迫った。
ユディシュティラの護衛を任されたサッテャジットがドローナを攻撃した。
ドローナは彼の弓を破壊した。
ドゥルパダのもう一人の弟ヴリカも加わってドローナに立ち向かったが、逆に殺されてしまった。
勇敢に戦ったヴリカの死を目撃したサッテャジットは激怒しドローナに飛び掛かった。
ドローナの御者を殺し、弓も破壊することに成功したが、逆にドローナは彼の頭を真っ二つに切り落とした。
ドローナはユディシュティラにさらに迫った。
ヴィラータとその弟シャタニーカがユディシュティラを守って戦った。
彼らがドローナに対して良く戦ったが、シャタニーカの頭が体から切り落とされた。
三人の英雄が次々と殺され、パーンダヴァ軍は混乱した。
それからしばらくドローナに立ち向かう者は現れなかった。
ドローナがユディシュティラのまさに眼前に迫った時、
ユディシュティラは一番速い馬に乗り、戦場から逃げ去った。
誰一人としてドローナを食い止めることはできなかった。
それからドローナは残忍な殺戮を開始した。
ドゥルヨーダナは前線で起きているパーンダヴァ軍の混乱を見た。
「ラーデーヤ! 見てくれ!
我が先生ドローナによってパーンダヴァ軍が敗走しているではないか!
ドローナの矢を避けるだけで精一杯だ。もう歯向かってこないさ!
これで安心だ」
ラーデーヤは彼の認識が甘いと思った。
「友よ。パーンダヴァ達は臆病者ではない。
彼らは皆が力強い戦士で勇敢な英雄だ。
そしてあなたの不正を忘れてはいない。
ビーマに毒を盛ったこと。
ヴァーラナーヴァタでの事件のこと。
サイコロゲームのこと。
13年間苦しめられたこと。
彼らが忘れるはずがない。
きっと反撃に転じてくるはずだ。
サーテャキ、ドゥリシュタデュムナ、ケーカヤ兄弟、
そして燃える石炭のような真っ赤な目をしたビーマがドローナに向かっている。
ドローナはむしろ危険な状態だ。
助けに行った方がいい。先生が一人で敵軍深くに侵入しているのはまずいだろう」
ドゥルヨーダナはその意見に同意し、弟達とラーデーヤを向かわせた。
その時、バガダッタが巨大な象スプラティーカに乗って戦場に現れた。
その恐ろしい象はビーマが乗っている戦闘馬車に突進した。
次の瞬間、誰もがビーマ共々粉々に潰されたと思った。
ビーマは象の下に入り込んで難を逃れていた。
象の足の間から逃げ出した。
さすがのビーマでもこの巨大な象に対してはどうしてよいか攻めあぐんだ。
その象の首の上からはバガダッタがあらゆる方向へ矢や槍を放ち、パーンダヴァ軍は苦しめられた。
アルジュナがその騒音を聞いたのは、トリガルタ達を打ち破って本隊へ向かっている時であった。
「クリシュナ。
バガダッタがスプラティーカに乗って我が軍を苦しめているようだ。
あの象は最強だ。あの象に乗っている者も最強の戦士だ。
私が行かなければ。ビーマでさえもどうにもならないはずだ。
私だけがあのスプラティーカと戦う方法を知っている。
急ごう!」
クリシュナが戦闘馬車の向きを変えた時、
スシャルマーがアルジュナに再び戦いを挑んだ。
「我がトリガルタはまだ負けていないぞ!! 逃げる気か! 私と戦え!」
アルジュナは本隊へ向かうか、トリガルタと戦うか選ばなければならなかった。
そして、トリガルタと先に戦うことを決めた。
クリシュナが言った。
「アルジュナ! ヴァジュラアストラを使うんだ!!」
アルジュナはインドラに祈りを捧げ、インドラの武器ヴァジュラを放った。
トリガルタの軍に大破壊が降りかかった。
「アルジュナ。よくやった!」
クリシュナはそう言って褒めると戦闘馬車を再び本隊の方へ向けた。
しかし、後ろから再びスシャルマーの声が聞こえた。
「アルジュナ! 待て! まだ私は死んでいないぞ! 戦え!!」
スシャルマーと弟達はまだ死んでいなかった。
アルジュナは再び選択を迫られた。
「クリシュナ、スシャルマーがあの世から蘇ってくるんだ。何度殺しても死なないようだ。
どうしたらいいのだろうか。
あなたの手綱に委ねます。私を導いてください」
クリシュナは何も言わずトリガルタの方へ向かわせた。
アルジュナは懸命に戦い、スシャルマーの弟を一人殺し、スシャルマーの気を失わせた。トリガルタ軍が逃げ出すまで戦った。
クリシュナは戦闘馬車の中で立ち上がり、アルジュナの手を取った。
「今日のあなたの戦いは素晴らしい。たった一人でトリガルタ軍を敗走させた。
あなたを超える弓使いは見たことがない。あなたは私の誇りだ」
アルジュナの戦闘馬車が本隊の方へ戻ってくるのを見たパーンダヴァ軍は安堵した。カウラヴァ軍には恐れが広がり始めた。
トリガルタ軍に勝利したアルジュナは休むことなくバガダッタと対峙した。
アルジュナとバガダッタの戦いが始まった。
老戦士は象の上から矢の雨を降らせたが、全てアルジュナの矢によって防がれた。
しばらく矢の打ち合いが続いたが、我慢できなくなったバガダッタは象をアルジュナの戦闘馬車に衝突させようとした。
クリシュナの巧みな運転によってギリギリのところで避け続けた。
バガダッタはアルジュナに向かって矢の雨を降らせた。
その中の数本は明らかにクリシュナに向けられていた。
怒ったアルジュナはバガダッタの弓を破壊した。
バガダッタは14本の槍を投げ、アルジュナは全て破壊した。
アルジュナは象の鎧を破壊し始めた。
バガダッタは明らかにクリシュナを狙っていたが、アルジュナによって全て防がれた。
怒り狂ったバガダッタは象に指示する為の突き棒をアルジュナに向かって投げつけた。
実はこの突き棒はただの武器ではなく、偉大なヴィシュヌ神に祈って放たれた最も恐ろしいアストラ、ヴァイシュヴァナアストラであった。
アルジュナが殺される。
皆がそう思った。
その瞬間クリシュナが戦闘馬車の中で立ち上がり、
カウツバと呼ばれる宝石で飾られた美しい胸でそのアストラを受けた。
奇跡が起きた。
バガダッタが突き棒で放ったヴァイシュヴァナアストラがクリシュナの胸に触れた瞬間、そのアストラは花輪に変化した。
アルジュナは自分に向けられたアストラがクリシュナに当たったことでうろたえた。
「クリシュナ! なぜ私をかばったんだ?
戦わないと約束したじゃないか!!」
クリシュナは微笑んだ。
「アルジュナ、大丈夫だ。
自分の武器を返してもらっただけなんだ。
これは以前プリティヴィーに与えたものだ。
その後、彼女は息子のナラカを守るために与えた。
私がナラカを殺したが、このアストラはバガダッタに引き継がれた。
このアストラは向けられた者を必ず殺す力を持っている。
アルジュナ、あなたがこのアストラを受けてはならなかったんだ。
あなたを失いたくなかったんだ。
だが、もう大丈夫だ。
これを返してもらった今、バガダッタはもう無敵ではない。
彼の象も普通の象と一緒だ。
今なら彼を殺すことは簡単だ。急ぐんだ」
その言葉を聞いたアルジュナがスプラティーカに向かって鋭い矢を放った。
その矢は頭に刺さり、体の奥深くまで刺さった。
最強の象スプラティーカが戦場に倒れた。
次にアルジュナは象を失ったバガダッタに狙いを定めた。
三日月の形をした鋭い矢はバガダッタの胸を貫いた。
アルジュナは戦闘馬車から降り、倒れたバガダッタの周りを回った。
それはプラダクシナという敬意を表す行為であった。
バガダッタは父パーンドゥの友人であり、偉大な名声を持つ高貴な老人であった。
このアルジュナの振る舞いに対して、両軍から感謝の目が向けられた。
アルジュナが再び戦い始めた。
次に戦ったのはガーンダーラの王子達であった。
しかし、アルジュナと戦えるだけの力はなく、二人が殺された。
二人の弟が殺されたシャクニが復讐のためにアルジュナに挑んだ。
マーヤーの術を使って戦おうとしたがアルジュナのアストラの前では無力であった。
「詐欺師シャクニよ、聞きなさい。
我が弓ガーンディーヴァはサイコロの投げ方など知らない。
矢を放つことができるだけだ。
もしこの弓と戦えるというなら来るがいい」
シャクニはそれ以上戦うことができず、アルジュナの前から去っていった。
アルジュナの雄姿を見て勢いを取り戻したパーンダヴァ軍はドゥリシュタデュムナを先頭にドローナに立ち向かった。
アルジュナはドローナに加勢したラーデーヤと戦い始めた。
ラーデーヤがアーグネーヤアストラで火を放てば、
アルジュナがヴァルナアストラの水で消火した。
他の場所での戦いも激しくなっていき、次第に全軍同士での戦いに発展していった。
そんな激しい戦いを見たくないと言わんばかりに
太陽は西に沈んでいった。
こうして大戦争の12日目が終わった。
ドゥルヨーダナは失望の言葉をドローナに浴びせ始めた。
「先生、あなたは敵に対して同情心を持っているのですね。
あなたはビーシュマと同じだ。
あなたほどの誉れ高い方がユディシュティラを捕らえられないなんて、
そうとしか考えられません。
アルジュナさえ引き離せばユディシュティラを必ず捕らえられると言っていたのに。
チャンスがあったのに。わざとそうしたのでしょう?
おかげでスシャルマーは軍を失い、弟も失った。
約束を守る気はあるのですか?」
ドローナは彼の言葉にひどく傷ついた。
ビーシュマは孫の暴言に耐えることができたが彼には耐えられなかった。
「何を言っているのか?
あなたの知っている通り、私は最善を尽くしていた。
目標はほとんど達成していた。
あと少しの所でアルジュナが帰ってきて、さらにユディシュティラは全速力で逃亡したのだ。
・・・よし、分かった。
明日の戦いでは敵側のマハーラタを必ず一人殺すことを約束しよう。
神々ですら破ることのできないチャクラヴューハでそれを達成する。
この陣形を破る方法を知っているのはアルジュナだけだ。
彼をもう一日引き離すよう手を打ってほしい」
ドゥルヨーダナは彼の決意の言葉を聞いて安心した。
トリガルタ達はもう一度アルジュナに決戦を挑むことを約束した。