マハーバーラタ/7-1.ラーデーヤ参戦
7.ドローナの章
7-1.ラーデーヤ参戦
第一章(始まりの章)あらすじはこちら
第二章(サバーの章)あらすじはこちら
第三章(森の章)あらすじはこちら
第四章(ヴィラータの章)あらすじはこちら
第五章(準備の章)あらすじはこちら
第六章(ビーシュマの章)あらすじはこちら
大戦争の11日目の朝となった。
カウラヴァ軍はビーシュマを失った絶望に包まれていた。
ラーデーヤは皆の前で話し始めた。
「この世は無常なものだ。確実なものなど無い。
あの偉大なビーシュマが倒されるなどと、誰が想像できたか?
太陽が空から落ちてくることを想像する方が簡単ではないか。
状況は変わったのだ。それを受け入れよう。
ドゥルヨーダナ。私はあなたの為に命を懸けて戦う。
パーンダヴァ達は強い。それは認めようではないか。
公正なユディシュティラ。
力のビーマ。
無敵のアルジュナ。
神の戦士ナクラとサハデーヴァ。
アルジュナとクリシュナに匹敵するサーテャキ。
最強の戦士アビマンニュ。
私はあなたの為に彼らと全力で戦おう!
私達が勝てば世界はあなたのものだ。
もしそうならなかったとしても名声は後世まで語り継がれるはずだ。
未来への不安は要らない。運命は神々の膝の上にある。さあ戦おう」
ドゥルヨーダナはラーデーヤとアルジュナの対戦を想像してわくわくした。
そしてアルジュナの死を確信した。
ラーデーヤはビーシュマの元へ向かった。
「祖父よ。ラーデーヤです。
私はこれからパーンダヴァ達との戦いに向かいます。
あなたと同じように戦争というこの儀式を行い、ドゥルヨーダナの為にこの命を捧げます。どうか私に祝福を」
「ラーデーヤ。あなたはドゥルヨーダナの唯一の希望だ。
最善を尽くして戦いなさい。あなたを祝福します。
あなたの名声はずっと続くだろう。たとえ人々がたくさんのことを忘れたとしても、あなたのことは記憶に残されるだろう。
穢れなき名声はあなたのものだ。
クシャットリヤとして戦いなさい。
あなたは笑みを浮かべながら天界へ向かい、もうこの世に生まれてくることはないだろう」
ビーシュマはそう言ってラーデーヤの頭の上に手を乗せて祝福した。
ラーデーヤはビーシュマの足元の土を手に取って戦争馬車に戻った。
暗闇に沈んでいたカウラヴァ軍に向かってくるラーデーヤの姿は
まるで闇夜の後の日の出のようであった。
ドゥルヨーダナが話しかけた。
「ラーデーヤ。今からどうするべきだろうか?
あなたのアドバイスが欲しい。この軍には次なる総司令官が必要だ」
「ここに集まっている英雄全員がふさわしい。武勇において優劣はつけられない。もしあなたが誰か一人を選べば不和が起きるでしょう。英雄達の中で差をつけるのは正しくない。
誰にも不満を持たせないためには、あなたのグル、偉大なドローナがふさわしいと思います。彼こそがビーシュマの跡を継ぐのにふさわしい。
弓の腕前において彼に匹敵するものはいない。
賢く、勇気があり、公正な人だ。
彼ならきっとあなたの軍を安全に導いでくれるでしょう」
ドゥルヨーダナはその智慧に喜び、ドローナを総司令官に指名した。
ドローナもまたドゥルヨーダナの謙虚な姿勢に喜んだ。
ドローナの戴冠式が執り行われ、正式に総司令官として任命された。
「ドゥルヨーダナ王よ。
あなたを喜ばせてあげましょう。何があなたを最も喜ばせる行いでしょうか?」
ドゥルヨーダナはしばらく考えた。
「もしユディシュティラを生かしたまま私の目の前に連れて来てくれたなら、それ以上の喜びはないでしょう」
「分かりました。間違った方法で彼を殺すべきではないでしょう。そのような悪事の共犯者にはなりたくありません」
ドゥルヨーダナは微笑んだ。
「心配はいりません。
もし私がユディシュティラを殺そうものなら、次の瞬間アルジュナが私達全員を殺しに来るでしょう。アルジュナを倒すことができたとしても今度はクリシュナが手に武器を持って私達を破壊しに来るでしょう。
私の望みはもう一度ユディシュティラとサイコロゲームをすることです。
そしてまた森へ送ってやるつもりです。
ですからユディシュティラを生かしたまま私の前に連れてきてほしいのです」
ドローナはしばらく考え込んだ。
「分かりました。ただし条件があります。
アルジュナさえユディシュティラから引き離すことができれば問題ないでしょう。彼をどうにかしなければなりません」
「分かった。アルジュナはこちらで何とかしよう」
ドゥルヨーダナはドローナがユディシュティラを捕虜として連れてくることを確信した。
その計画はパーンダヴァ側のスパイによってアルジュナに伝えられた。
それを聞いたアルジュナは自らの先生の計画に怒り、兄ユディシュティラから片時も離れないことを決めた。
この戦いが始まった。
サハデーヴァは一人でシャクニと戦った。
ドゥリシュタデュムナは自らの使命を果たす相手であるドローナに対して総司令官同士の戦いを挑んだ。
ビーマはドゥルヨーダナの弟の一人ヴィヴィンサティをしばらく戦い、馬を殺し、戦闘馬車も破壊したが彼を殺すまでは至らず、逃げられてしまった。
若きシカンディーは老戦士ブーリシュラヴァスと戦い、二人を中心に大旋風が巻き起こった。
ガトートカチャとアランブシャはお互いにマーヤーの術を使って戦っていた。
ヴィラータがラーデーヤの初戦の相手となった。周りの者達はラーデーヤの弓の腕前やその素早さに見入ってしまい、思わず戦うことを止めて息をすることさえ忘れていた。
アビマンニュは今日も素晴らしい戦いぶりを見せていた。彼は美しさと恐ろしさを同時に輝かせていた。戦場で圧倒的な強さを発揮していた彼に向かって行ったのはシャルヤであった。
シャルヤは戦闘馬車から降りて鎚矛を持ちあげて戦いを挑んだ。
そこに現れたのは同じく鎚矛を手に持ったビーマであった。
二人の力はまさに拮抗していた。どちらかが鎚矛を打ち込めば相手の鎚矛が弾き飛ばされ、攻守交替して打ち返す。そんな一騎打ちが続いた。
しかし次第にビーマの方が優勢となっていった。
疲れ切ったシャルヤはクリタヴァルマーによって救出された。
ラーデーヤの息子ヴリシャセーナが前線に現れた。
彼の輝きはまるで空全体と地上を照らす流星のようであった。
ナクラの息子シャタニーカが彼を食い止めようと戦っていたが、防戦一方であった。シャタニーカの側にはドラウパディーの息子達が加勢し、ヴリシャセーナの側にはアシュヴァッターマーが加勢して戦いは続けられた。
ドローナは常にユディシュティラの姿を捉えていた。
そして、アルジュナがユディシュティラから離れたのを見逃さなかった。
ドローナは御者に話しかけた。
「あそこに白い傘が見えるだろう? あれがユディシュティラだ。
敵軍には私の弟子がたくさんいるが、それには構わずまっすぐユディシュティラの方へ向かうんだ! アルジュナが戻ってくる前に彼を捕らえる」
ドローナの戦闘馬車は全方向へ矢の雨を降らせながら風のように進んだ。
ドローナの猛攻撃に耐えられる者はおらず、ユディシュティラの前までたどり着いた。ユディシュティラはその圧倒的な速さに驚いたが、自らを守るために勇敢に戦った。ユディシュティラの弓は折られてしまった。
そこへ駆け付けたドゥリシュタデュムナが必死にドローナを食い止めた。
シカンディー、ウッタマウジャス、ドラウパディーの息子達、サーテャキ、ヴィラータも駆け付けたが、ドローナの力はまさに圧倒的であった。
まさに死神のようであった。
誰一人として彼を止めることができずにいた。
一台の戦闘馬車が近づいてくる音が聞こえてきた。
それはクリシュナが運転する戦闘馬車であった。アルジュナを乗せて風よりも速くやってきた。
ドローナの軍を破壊しながら向かってくる姿はまるでアルジュナが血の川を泳いでいるようであった。
アルジュナが放った無数の矢によって空は暗くなった。
その矢によってドローナの軍を追い散らした。
自分のグル(先生)によって実行されようとしていた非道な陰謀に対してアルジュナは怒りを露わにした。
グルに対する尊敬は完全に失われた。
アルジュナの目は怒りで真っ赤に染まり、その手からは絶え間なく矢が放たれた。そしてユディシュティラを守り切ることに成功した。
太陽が既に沈んでいたが、
アルジュナの目は怒りで赤く染まったままであった。
両軍は引き下げられた。
パーンダヴァ達にとってはドローナの武勇の素晴らしさではなく、
恐怖を感じた一日であった。
カウラヴァにキャンプではいつものようにドゥルヨーダナが不機嫌になっていた。
「ドローナ先生!
今日チャンスがあったのに!
なぜユディシュティラを捕らえなかったのですか?」
「もちろん約束した。
だが、言ったではないか。アルジュナが傍にいなければユディシュティラを捕らえることはできると。もう少しで捕らえられるというところでアルジュナが現れたのだ。
アルジュナさえ引き離すことができれば成功するのだ」
トリガルタ兄弟の長男スシャルマーが話し始めた。
「私がアルジュナと戦おう!
私達兄弟はアルジュナに恨みを持っている。これは古くからの因縁だ。
今ここで誓おう!
この私スシャルマー、そしてここにいる弟達、サッテャラタ、サッテャダルマ、サッテャース、サッテャダルマ。
この世界にトリガルタとアルジュナ両方の居場所はない。
私達がアルジュナを殺すか、アルジュナが私達を殺すか、二つに一つだ。
私達は彼に挑み、戦場の南側へ連れ出します。
きっと長い戦いになるであろう。
しかしこの誓いが果たされることなく戦場から戻ることはない!」
彼らはその誓いによってサンシャプタカと呼ばれることとなった。