LGBTQを初めて知った時
こんばんは、shantiです。
バンクーバーのLUSHで働いていた1998年。
同僚のJがゲイである、ということを何故知ったのかはわからないし、特別に聞いたわけでもないが、ファッション大好きな私、ファッション大好きなJはもちろん気が合った。
通りを歩く人々のファッションチェックをしたり、かわいい男子を見つけてチェックしたり。
その中でアジア系のイケメン男子Rに目をつけていた私たち。
彼が来店したタイミングで仲良くなって、週末はよくゲイクラブに遊びに行き踊りまくっていた。
日本では看護学生時代にジュリアナに行く先輩たちを羨ましく思い、でもいざ行こうと思ったときにはバブルが弾けて下火になっていたので、私はディスコの経験は皆無。
だから、ゲイクラブが私のダンスデビュー。
お立ち台では下半身丸出しのムキムキナイスバディの男性が衣装を身につけて踊るクラブはかなり面白く、通常ノーマルの女子はあまり行かないので、何回かレズビアンの子にナンパされたりもした。
Rとはその後、ルームメイトとなった。
私がホストファミリーの家を出て住み出したマンションの同居人がかなりの潔癖で耐えられず、もう出たいと相談していた時、彼もちょうど部屋を探しているタイミングが合ったのだ。
RもJもいわゆるネコ?いわゆる彼女的存在だったのが、私たちが仲良くなったひとつの要因かもしれない。
私はLGBT(その頃はそこまでしか定義づけされてなかったと思う)に対する偏見はなく、ノーマル男子より断然オシャレな人が多かったし、トランスジェンダーのクラブも女装がすごく好きで良く遊びに行った。
でもある時、Rに「いつから男子が好きなの?」と聞いたのを覚えている。
その頃はまだよく理解しておらず、ある日突然そうなるのかなー、とか思っていた。
日本では皆影を潜めていた時代。
三輪明宏とかピーターとかは知っていたけど、日常で会う機会はなく知識がなかった。
「子供の時からだよ、いや、生まれた時から!」と聞いた時は少し衝撃だった。
そしてまだお父さんには伝えられていない、というのが何だか切なかった。
私は彼らと出会って、どんなセクシャリティを持っていても、私たちは何も変わらないことをリアルに体験し、人を思う気持ちも悩みも何も変わらないのに時には差別を受けるという事実を知り、怒りが込み上げた。
彼らはそれを笑い飛ばすタフさももちろん持っている。
だけど、同じくらい傷も抱えている。
親や友人に「ただ自分であること」を理解されないことの苦しさ。打ち明けたいけど、どんな目で見られるかという怖さ。
その点、当時のカナダは自由。
もちろんゲイパレードもあった。
発達障害の特性を持つ私たちも同じではないだろうか?
自分を生きているだけなのに、「私は発達障害がある」「私はセクシャルマイノリティである」と告白しただけで、どこかコミュニケーションがぎこちなくなった経験はないだろうか。
もちろん反応に自由がないわけではない。
でももしあなたの心がザワザワしたならば、
あなたは何を大事にしているのか一度向き合ってみて欲しい。
理解が必要ですか?
知らないものに関わる恐怖がありますか?
安心が必要ですか?
彼らも私たちも安心や愛が欲しい同じ人間です。
「安心」「愛」など国籍や人種・宗教、性別・年齢を問わない価値観を私たちがどんな時も持っていると知れば、私たちはつながっていけます。
自分とも。
多様性を持つ他人とも。
当時20代半ばで彼らと出会えたこと、私が日本に帰る時は抱き合って大泣きしたことは、私にとってもうひとつの宝物の体験。
もちろん彼らとは今でもFacebookで繋がっていて、時々メッセージをやり取りしている。