アイドルオタクが推しのパロディAV発売に抗議して販売中止させるまで
はじめに
このnoteは、ひとりのアイドルオタク(わたし)が推しの元女性アイドルのパロディAV発売をTwitter(現X)で問題提起し、ファンコミュニティの内外に関連各所への抗議を呼びかけて販売中止に追い込むまでの顛末をまとめたテキストです。経緯だけではなく、応用が効くように今回抗議を成功させることができた原因の分析や、どんな方法論を使ったのかにも重点を置いた内容になっています。
今回に限らず、実在の女性アイドルのパロディAVは坂道・48系、ハロプロ系を問わず半ば公然とまかり通ってきました。内心苦々しく思ってきたファンや当事者も少なくないはずですが、「有名税」「スルーするのが大人の対応」という風潮の中泣き寝入りを強いられてきたと思います。
しかし、最近ではDJ SODAさんのパロデイAVが発売中止になったように、こうした実在の人物をモデルにした侮辱的な作品は許されない、という社会的な合意ができつつあります。
そもそも、10代や20代の女性が人前に立つ仕事を選んだというだけで、性的におもちゃにされることが当たり前とされる芸能界や社会が健全であるはずがありません。
今回の抗議成功とこのnoteを、いつか皆さんの推しが同じような被害に遭いそうになった時、その推しを守るために使っていただければ心から嬉しく思います。
また、今回は当事者への二次加害や読者が不快になる事態を避けるため、パッケージ画像やそれが写っているツイートへのリンクは貼っておらず、すべてテキストだけで説明しています。
ただし文中には性的な内容が含まれますので、お読みになる際はご注意ください。
また、長濱ねるさんの名前でサーチした際にパロディAVの画像が上位に来る状況は好ましくなく、二次加害を避けるためにもこのnote公開にあわせてパッケージ画像を含むツイートは削除しました。
今回のパロディAVの概要と問題
3月12日、DMM系列のメーカーRookieより、『あそこから』というAVの発売が公式Twitterで告知されました。
このパッケージ画像は明らかに、元欅坂・けやき坂46(現櫻坂・日向坂46)所属で現在女優として活動している長濱ねるさんがグループ時代に発売した写真集を模したものです。
ただ単にパッケージや衣装を写真集の表紙に似せているだけではありません。現在は削除されていますが、予告画像や映像ではグループ時代の「不協和音」という楽曲歌唱時に着用した衣装とそっくりなものが使われていますし、作中では「枕営業で仕事をもらうアイドル」が描かれ、長濱さんの実際のアイドルとしてのエピソードを性的に歪め、悪意を込めて誇張した内容となっています。
これは長濱さん個人にとどまらず、グループ全体への深刻な侮辱であり、性加害です。
わたしは長濱さんのファンクラブにも入っていますが、ファンクラブアプリに届くメッセージや配信、またエッセイの文面からは彼女が一貫して容姿やネット上の悪意に基づくイメージなどによる誹謗中傷やハラスメントに苦しんできたことが容易に理解できます。
このパロディAVは作品単体が侮辱的であるというだけにとどまらず、既にインターネット状に流布している長濱さんへの悪意に満ちたイメージを拡大・再生産するもので、さらなる誹謗中傷などの二次加害を誘発する恐れが大きいものでした。許容できるものではありません。
(現に、告知が出ただけでも「彼氏を作ってアイドルをやめたんだからこんなことされて当然だ」「本当に枕営業してたんでしょ?」などの悪意に満ちた書き込みが多く見られました)
抗議の経緯とメーカーの対応
最初の抗議呼びかけとFANZAページ削除まで
4月1日に最初の問題提起ツイート、同時にメーカーおよび関連企業への抗議と長濱さんのファンクラブにタレントを守るよう申し入れる呼びかけを行いました。
当該AVは4月5日にDMM系列の通販・配信サイトFANZAにて先行配信、9日にDVDが発売される予定でしたが、4月5日未明時点でのFANZA販売ページ削除と配信中止を確認します。しかし、この時点ではRookie公式サイトには作品ページが残っており、Amazonでの予約もそのままの状態でした。
店舗とAmazonでのサイレント販売
不審に思ったため、4月6日に都内の大手委託型AV販売店に確認に向かいます。なんと店頭では9日の発売予定日を前倒しして入荷・販売が行われていました。ちなみにこの間、メーカーや販売店からは何の告知もありません。
店員に事情を尋ねたところ、「9日に発売予定だったのだが、突然入荷と販売が早まり5日から販売開始した。理由はメーカーの都合だろうがよく分からない」との答えでした。時系列的に、自社系列のFANZA販売ページ削除と前後して大急ぎで店舗に運び込み、販売を開始したことになります。
偶然とは思えないタイミングと手際の良さですし、おそらく目立つ配信と通販のページを削除して油断させ、プレスした分を売り切ろうとしたのでしょう。
この不誠実な対応を受けて、4月7日に改めて抗議ツイートと新たな問い合わせの呼びかけを行いました。
本来のDVD発売予定日だった4月9日にメーカーのRookie公式サイトから作品ページの削除を確認しました。しかし、この時点では店頭でもAmazonでも引き続き販売は行われています。
回収と完全販売中止
4月17日に改めて店舗を確認すると、既に当該作品は販売されていませんでした。店員によると、「先週の初めごろにメーカーから回収がかかったのでもう売っていない。おそらくネットでの炎上をうけての対応だろう」とのことでした。また、同じ日にAmazon含む通販ページの削除も確認しました。
親会社のDMM、Will、メーカーのRookieからは何のアナウンスもありませんでしたが、この時点で当該パロディAVは完全に販売中止になったと判断しました。
抗議の方法諭と注意すべき点
以上が大まかな経緯です。決して全てがすんなりといったわけではありませんが、無事にパロディAVを販売中止・回収に追い込むことができました。万歳!
さて、今回の一連の抗議は決して怒りに任せてやみくもに「炎上」させてたまたまうまくいったものではありません(もちろんぶちギレてはいましたが)。すべてが狙い通りだったわけではありませんが、明確な方法論に基づいて行ったものです。
ここからは応用が効くように、抗議の方法と注意点についてまとめていきます。
冒頭でも書きましたが、あなたの推しが同じような被害に遭いそうになったとき、推しを守るためにぜひ「使って」みてください。
①できるだけ早く見つけ、早く騒ぐこと
先行配信は止めることができ、最終的にDVDも回収させることができたものの、店頭や通販サイトでの販売を未然に防ぐことはできず、少部数とはいえ作品を流通させてしましました。
これは抗議の開始が発売日の直前だったため炎上時点に既にDVDのプレスが済んでおり、メーカーができるだけ損失を少なくしようと動いた結果だと思われます。メーカーに損切りをさせやすくするためにも、できる限り早めの抗議を行いましょう。
今回わたしがこのパロディAVの告知に気づいたのは3月中旬ごろだったのですが、できるだけ表沙汰にしたくないという迷いから個人での問い合わせ以上の行動になかなか踏み切れませんでした。
こういうことはあまり書きたくありませんが、企業はどこも基本的に利益重視の事なかれ主義体質です。モラルやコンプライアンスに過剰に期待することなく、割り切って彼らが無視できないほど大ごとにする方を選びましょう。
推しの名前でSNSやインターネット検索する癖のあるオタクであれば、気づくのはそんなに難しくないはずです。広く声を上げるのは勇気が必要だとは思いますが、こうしたことは早ければ早いほど効果的です。あなたの勇気が推しを守ることに繋がります。頑張りましょう。
②炎上は目的ではない、効果的なのは問い合わせ
今回わたしはSNS上のいわゆる「炎上」を利用しましたが、炎上そのものはあくまで注意を引くための最初の手段に過ぎません。より重要で効果的なのは、関係企業へできるだけたくさんの問い合わせを送り、無視できないよう抗議を直接届けることです(「メールストーム」とも呼びます)。
抗議先は販売元のAVメーカーはもちろんですが、親会社のWill、さらにその親会社のDMMまでを対象にしました(こうした情報はWikipediaなどで調べれば大抵は出てきます)。どこの企業にも問い合わせ窓口はありますので、そこに抗議文を送るよう呼びかけましょう。
といっても、こうした問い合わせ窓口への抗議は、慣れていないひとにとってはハードルが高いものです。リンクと例文を一緒に貼り付けることで導線を確保し、できるだけハードルを下げるように心がけましょう。
また、一方で長濱ねるさんのファンクラブ問い合わせ窓口を通じて、タレントを守るよう申し入れる呼びかけも行いました。所属事務所が公然と問題にすることはできなくても、裏から圧力をかけてもらうことができればより効果的です。こちらもリンクと例文を用意しましょう。
https://x.com/shanshan9645/status/1774648828274331972
③味方になってくれるひとを探そう
「炎上は目的ではない」と書きましたが、そもそも炎上させて注目を集めないことには始まりません。そして抗議のツイートが必ずしも都合よく「バズって」くれるとは限りません。とはいえ、「バズ」はある程度(具体的にはリツイート4桁くらい)までなら人為的に作れます。
ただしこざかしいテクニックは無意味というか逆効果です。誠実かつ率直に、一緒に怒って抗議してくれそうなひとに拡散や問い合わせへの協力を呼びかけましょう。協力を呼び掛ける対象は、親しいFF、影響力のあるファン、こうした性加害の問題について日ごろから問題視し積極的に発信しているインフルエンサーやフェミニストなどです。
また、海外のファンコミュニティを巻き込むのも効果的です。海外の日本アイドルファンは決して数は多くはないものの、その分熱意や団結力が高く、また人権意識や政治意識の高い人が多いです。
今回日本のファンの一部からは「余計なことをしなければいいのに」と言われたりもしましたが、英語でそのようなコメントは一切(ほんとうに一切!)ありませんでした。
みんな漏れなくぶちギレますし、問い合わせへの協力も積極的にやってくれます。
さて、ここで重要なのは、相手にはあなたに協力する義務はないことを自覚することです。断られたり無視されたりされても逆ギレしてはいけません。ただし、誠意が伝われば案外協力してくれるひとは多いものなので、めげずに数をこなしましょう。今回わたしは全部で200くらいはお願いのDMやリプライ、メールを送りました。
ただし、「フォロワー数が多いから」と誰彼構わず声をかけるべきではありません。インプレッションだけが目当ての炎上屋や差別的な発信をしているアカウント(具体的に名前を出すと滝沢ガレソ氏など)は避けましょう。そうした相手を巻き込んでしまえば、いくら正しいことを言っていたとしても「どっちもどっち」だと思われ、抗議活動そのものの信頼や正当性が失われることになってしまいます。
④個人攻撃・職業差別はNG
直前で書いたこととも関係しますが、出演者や監督などへの個人攻撃や、職業差別は避けるよう呼びかけてください。
あなたの怒りはよく分かります。AVのパッケージには主演女優の顔と名前が大きく書かれていますし、彼女らはSNSアカウントを使って広報活動をしています。手っとり早くそこに怒りのはけ口を向けたくなるかもしれません。
もちろん出演者や現場のスタッフの責任が皆無とは言いませんが、何より優先されるべきなのはあなたの推しへの人権侵害を止めることであり、抗議すべき対象は意思決定者であることを忘れてはいけません。抗議の勢い余って個人攻撃に走ってしまえば、本来味方になってくれるはずだった第三者の支持を失いかねません。
また、出演者が炎上したところでメーカーは痛くも痒くもありません。むしろ手ごろな隠れ蓑ができたと喜ばせることになってしまいます。回り道に思うかもしれませんが、抗議先は企業の問い合わせ窓口に絞りましょう。
同様に、AV業界そのものの全否定やそこで働く人への差別はいけません。彼ら彼女ら性産業従事者もまたわたしたちと同じ社会を生き、社会を作っていく人々です。むしろそう見なすからこそ、こうした抗議が有効になりえます(犯罪者集団に人権侵害をやめるよう言っても無意味ですよね)。
ちなみにフェミニストの中にはプロフィールなどであえて「セックスワーカー(SW)差別反対」「あらゆる差別に反対」と掲げているアカウントがいます。そういう人たちは信頼できることが多いです。協力を呼びかける際の基準にしてください。
⑤誹謗中傷はたくさん来ます、自分のメンタルケアを
わたしのような小規模アカウント(抗議時点でのフォロワー数400人強)でさえ、今回の件で軽く3桁の誹謗中傷や罵倒が届きました。また、匿名掲示板でもアカウントが晒され、悪意たっぷりのまとめサイトやYouTube動画まで作られています。
これらはまあまあしんどいですし、好意的な反応を見逃さないためにも悪意のある反応だけを選んで見ないなどという対処はほぼ不可能です。
したがってけっこうメンタルはやられるということは前提にしておいて、話を聞いてくれてストレスを共有できる友達に適宜相談するなどのケアをしましょう。悪意ある反応に取り囲まれてしまうとそれを実際以上に多く感じ、「自分は間違ったことをしているのではないか」と疑心暗鬼に陥ってしまいます。孤独にならないことが大切です。
出口の見えない戦いに感じる時こそ、自分のメンタルケアを心がけてください。あなたが倒れては守れるものも守れなくなります。
⑥社会運動の経験、理論武装は役に立つ
ここまでは「いざという時」用のすぐに使える方法論を並べてきました。では、そんな時が来る前にどんな準備ができるでしょうか?
その答えが、社会運動の知識(できれば経験)と理論武装のための勉強です。
実はわたしが今回使った方法論は、これまで携わった社会運動を通じて得た知識の応用です。具体的には問い合わせの呼びかけ、「企業は何をやられたら一番嫌か」を考慮したうえでの抗議先選定とハードルを下げるための導線確保、抗議が個人攻撃や差別へと踏み外さないよう注意すること、などがそうです。
また、「理論武装のための勉強」としてはフェミニズムの知識がとても参考になります。近年はアイドルを対象にしたフェミニズムに基づく研究も多く、手に取りやすい本も売られています。とりあえず以下の『エトセトラ』という雑誌のアイドル特集は内容もそこまで難しくはなく値段も手ごろで入門にはぴったりです。この号は和田彩花さんというアンジュルムに所属していた元アイドルの方が編集しています。
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社会運動もフェミニズムも、「自分たちとは関係のないもの」というイメージを持っている人が多いかもしれません。しかし、どちらもわたしたちが身近に感じる不公正や違和感を解像度高く言語化し、それらの問題解決に役立つものです。
(ちなみにわたしは言葉のあらゆる意味において男性です。フェミニズムとは必ずしも女性の為だけのものではありません)
また、これらの知識を得ることのもう一つの利益として、「声を上げれば社会はよくなるんだ」という成功体験に基づく希望を持つことができることがあげられるでしょう。
今回も「騒いだってなにも変わらない」「AV業界はヤクザと一緒だ、言うことを聞くわけがない」というシニカルな意見を多く目にしました。
そんな中でもわたしが諦めずにいられたのは、これまで多くの人々が声を上げることで社会が実際に変わっていったことを、知識としても実感としても知っていたからです。
実際に声を上げるのはハードルが高いかもしれませんが、とりあえず簡単な本を読むところから始めてみませんか。その知識と希望はきっと、あなたやあなたの推しを守るために役立つはずです。
おわりに
ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。
今回わたしがパロディAVに抗議の声を上げたのは、もちろん自分の推しとその尊厳を守りたかったからということもありますが、それ以上に女性アイドルが当たり前のようにこうしたパロディAVの被害に遭う現状を変えたかったからです。
海外(特に韓国)では、このようなアイドルへのハラスメントや性加害に対しファンコミュニティが団結して抗議した例がいくつもありますが、日本においてこうした試みが成功したのはわたしの知る限りでは初めてのことです。
これまで当然のように女性アイドルがモデルのパロディAVがまかり通ってきたのは、アイドルもそのファンも「どうせ文句なんか言わない」と舐められていたことが大きな理由だと思います。
しかし今回、アイドルファン(少なくとも坂道ファン)はキレるし面倒くさい連中だ、ということがAV業界には知れ渡ったはずです。
これを今回だけのことにしてはいけません。アイドルファンの皆さん一人一人が自分の推しの周辺でアンテナを張り、またこのようなことが起きた際には抗議することが大切です。
生身の人間としての推しを守り、そして将来にわたって女性アイドルが安心して活動できる社会や文化を作っていきましょう。そのために使えるものを書いたつもりです。このnoteをどうぞ使い倒してください。