中国知財 中国で最も知名度のある「三体」SF小説著作権侵害案 判例解説
第20回共産党大会も過ぎ、すっかり秋も終わりに近づいた2022年11月間近の北京です。ようやく公共の場のあちこちに立っていた、大衆を監視する方々もいなくなり、いつもの街の風景に戻っています。
さて、最近現地で注目を集めた著作権侵害事件を一つを紹介します。注目を集めたのは、侵害対象が中国で一世を風靡した国産SF作品「三体」に関する著作権侵害事件だったからで、一審、二審法院は、被告プラットフォーム業者(ネットワークサービス提供者)荔枝公司が、原告警告後も持続してプラットフォーム上でユーザが「三体」音声を提供し、著作権を侵害したとして、プラットフォーム業者による幇助侵害を認定し、リンクの削除及び経済損失500万元+合理的支出の損害賠償、そして少し珍しいことに、公式サイトトップページでの声明による影響の除去を命じました。
前回の記事を作成するときにもそうだったのですが、最近現地の「判決出ました」ニュースでは、なぜか、(数年前から流行り始めた)「企業情報調査サイト(企査査とか、天眼査とか)の情報によると~」という書き出しで報じられるのを散見します。日本では聞いたことがない「出所」表示ですが、なぜこのような形式で報道するのか、背景事情は良く分かりません。以前は他媒体の報道として~のような書き出しでコピーしたような記事を見かけることもあったので、それと比べると少し著作権に配慮されたと言えるのかも?
なお、上記企業情報サイトに公開される判決文は、所謂「判例検索サービス」サイトでもまだ公開されていない判例が出ていることがあるので、知る側としては結構有難いです。
さて、この事件の判決文によると「三体」作品は2008年-2010年頃に三部作が重慶出版集団、重慶出版社から出版され、2016年5月に、原告テンセントと作者刘慈欣氏とが、文字作品88万字について独占ライセンスをし、テンセントだけに音声作品(即ち録音作品)の情報ネットワーク伝播権を許諾することにしていました。
ところが2019年頃から、被告のAPP上で「三体」の音声作品が聞けるようになったため、2019年7月30日に、原告テンセントは代理人を通して(一)テンセントが「三体」について独占ライセンスを有すること、(二)被告が運営サイト上で「三体」作品を提供しないよう協力を請うこと(请荔枝公司配合)、(三)テンセントは既に何度もレターを送っていること、伝えました。
また、2020年4月頃に、被告の著作権担当メールアドレスにも、侵害停止を求めるレターを送っています。(ざっと確認した限りでは、その後いつ本件を提訴したのかは不明)
一審では権利者側が勝訴し、その後の二審法院は、その争点を(一)原告が係争作品の著作権を有するかどうか、(二)被告が著作権を侵害したかどうか、(三)侵害する場合に負うべき民事責任は、としたうえで以下のように判断しました。
上記(一)原告が著作権を有するか、について、締結した「独占協力協議」は合法有効で、原告が本案訴訟を提起する権利を有する、
上記(二)被告は侵害したか、について、原告の証拠から、被告は「ネットワークサービス提供者」であり、関連音声はネットワークユーザにより提供されたものである、被告プラットフォームのメインキャスターがリアルタイム中継の形式で「三体」音声を伝播することは著作権者が享有するその他権利を侵害する行為に属する、としました。
また、侵害責任法第36条(非侵害者からの通知後もネットワークサービス提供者が必要な措置を採らない場合、損害が拡大した部分について、ネットワークユーザと連帯責任を負う)及び、《最高人民法院关于审理侵害信息网络传播权民事纠纷案件适用法律若干问题的规定》第7条(ネットワークサービス提供者が教唆幇助する場合、侵害責任を負うと判断しなければならない)といった条文を挙げたうえで、(一)係争作品「三体」は中国で最も知名度のあるSF小説の一つであり、被告は、権利者が無料で他人の該作品の使用を許諾するはずがないことを知っているべきである、(二)被告プラットフォームは大量の「三体」音声があり、いくつかのタイトルは「三体」等記載され、且つ、連続したシリーズを有し、被告は容易に侵害音声であることを識別できる、(三)被告プラットフォームの多くのメインキャスターは「三体」音声を伝播しており、いくつかのキャスターのランキング上位キャスターであり、被告はその発表される内容についてより高い注意義務を有する。、(四)テンセントは2019年4月1日からメールで被告に侵害通知を発送して、授権書及び侵害音声リストを提供し、この通知は「有効な通知」に該当する。その後、テンセントは更に何度も被告へ侵害通知を発送したが、被告は依然として、影響力のあるメインキャスター「~」を含む大量の侵害音声を有し、テンセントが侵害通知を発した後、継続して被告プラットフォーム上で「三体」音声を提供した。
、、、と認定し、最後に、
以上をまとめ、被告はそのプラットフォームメインキャスターが侵害音声を伝播することを明らかにしって、又は知るべきであったが、侵害を制止する必要な措置を採らなかったため、幇助侵害となり、相応の民事責任を負わなければならない。
としました。自社のプラットフォーム上で横行する著作権侵害を放置すると、幇助侵害になり得るわけですね。
上記(三)被告の民事責任は、では、2010年著作権法では法定賠償の上限は50万元であるが、
(1)長編SF小説「三体」は、複数回各種の受賞をし、極めて高い社会注目度を有する、我が国で最も商業価値を有する作品の一つである。
(2)被告は知られたネットワーク音声プラットフォームであり、多くの聴衆を有する。被告プラットフォームには大量の侵害音声があり、被告とネットワークメインキャスターの利益分配(分成获利)には限りがあるが、「三体」音声は被告に流量をもたらし、被告の商業価値を向上させ、より多くの広告収入をもたらすことができ、被告とメインキャスターの利益分配は、被告の侵害により得た利益を認定できる。
(3)テンセントが侵害通知レターを発送した後、被告プラットフォームは依然として大量の侵害音声を有し、且つ、比較的長い時間持続し、被告の主観的な過失は明らかである。権利者の実際の損失、侵害者の違法所得、権利使用料は計算し難いが、前述の金額は明らかに50万元の法定賠償の最高限度額を超え、全案の証拠状況を総合して、法定賠償最高限度額を超えて状況を参酌して賠償額を確定できる。(一審では、係争作品の知名度が比較的高い、被告規模が比較的大きい、主観的な過失程度が比較的大きい、侵害メインキャスター数及びそのフォロワー数が多い、侵害音声数が比較的多い、放送数が比較的多い、侵害時間が作品の比較的ホットな期間である、を総合考慮して、旧法著作権法を引用しつつも500万元を認めている。)
係争作品の極めて高い知名度、テンセントが独占ライセンスを得ていること、被告の侵害規模及び主観的な過失程度を考慮して、一審法院による影響除去の判決は、不当ではない。
雑感:
雑感ですが、本件自体はネットワークサービス提供者に責任を負わせるという、良くある判例ではありますが、今回は、「我が国で最も商業価値を有する作品の一つである」が判決文の中でキラキラ光っているようにみえます。国産IP万歳です。
当初、旧著作権法の法定賠償の10倍も賠償額が認められたのか!?、とも思いましたが、改正後の著作権法に照らせば新しい法定賠償の最高限度額は500万元になっているので、このへんも見越して原告が500万元を請求したのかな?とも思います。
中国では、懲罰的賠償制度が正式に条文化される前から判決書に「懲罰」の字が出てくることもあったりしたので、損害賠償額の認定については、準拠法にあまり縛られずに割と現在の感覚を適用してくれる、、、余地がある、、、のかもしれません。ま、案件の性質次第でしょうが。。。
もう一つ興味深いのは損害賠償額の認定のところで、侵害により得た利益について、「音声は被告に流量をもたらし、被告の商業価値を向上させ、より多くの広告収入をもたらすことができ、」と認定されています。つまりコンテンツ自体が無料で、広告により利益がある場合に、その利益も、「侵害により得た利益」として考慮され得る点は、かなり柔軟な損害賠償の認定に思えます。
なお蛇足ですが、「影響の除去」が認められた判例は珍しいので、ちょっと深堀りしてみました。一審判決文によると、
「被告は判決効力発生の日から10日内に、著作権侵害行為について公式サイト(http://www.lizhi.fm/)のトップページに連続15日声明を掲載し、影響を除去せよ(声明の内容は、本院が審理する)履行しない場合、本院が関連メディア上で本判決の主要内容を公布し、費用は被告が負う」
とされ、二審の報道がネットに出たのは9月頃だったので、もう削除されてしまったのかもしれませんが、
本記事執筆(10月25日)に当該サイトを開いたところ、時間に沿って6枚の画面が切り替わるスペースに、6番目の画面として「荔枝平台管理規定(公式公告)」が表示されました。そこをクリックすると、荔枝平台管理规定
荔枝APP(以下、「荔枝」という)の活躍、調和というネットワーク生態、営業が清らかで健康なネットワーク空間を保護するため、荔枝は中華人民共和国の関連法律法規に基づき、プラットフォームの違反行為に対して相応の処置措置を採り、不良情報の伝播禁止を堅持し、違法違反内容の除去を決意し、「荔枝プラットフォーム管理規定」を制定します。ユーザは荔枝の使用において文字、画像、音声等如何なる形式により以下の違法違反内容を発表、伝播、転載することを固く禁じます。
と表示され、画面をスクロールすると、他人の知的財産を侵害する等の違法違反行為や、処罰の説明など9つの項目が記載されています。これが影響の除去のために採った措置かもしれない、、、と思っています。
ただ、特に「三体」に関する情報や、自社が行った違法行為については、特に触れられていません。もう少し早くトップページを確認すれば良かったですね。