ドアノブが開いた世界。
11時ちょうどに出社すると、社内には佐々木さんしかいなかった。
「おはようございます」
「あ、ちょうどいいところに来た」
大抵の場合私が「ちょうどいい」と評価される際にはとてつもなく面倒な作業が待ち受けている。そしてそれこそが私の人間に来た意味なのである。
「何なりとお申し付けください!」
朝から元気よく無邪気に言いなりになる。
それが奴隷のポリシーである。
「いや実はドアノブが壊れてさ」
「ドアノブ?」
佐々木さんにて招かれるまま人間オフィスに喫煙スペースとして存在するベランダに向かう。その扉は開いたままになっており、生臭い吸い殻の異臭が漂ってきた。
「ここのドアノブがもう壊れちゃってて、直して欲しいんだよね」
「え、業者を呼ぶってことですか?」
「いや直して欲しい」
「自分、経営学部です」
「関係ないよ、こういうのはセンスだから」
「なるほど」
センスという言葉は都合がいい。
呼べば来る女ぐらい都合がいい。
じゃあよろしく、とだけ言い残して去っていく佐々木さんの背中を目で追い、仕方なくドアノブをとにかく回してみる。ドアノブは何の手応えもなくただただ空をかき、ガチャガチャと頼りない音をさせるだけだ。
とにかくググろう。
するとドアノブを修理するための情報が五万と出てくる。
結論、空回りするドアノブは取り替えが必要とのことだった。
そこで「どんなドアノブを買えばいいのか」ということだけを真剣に考えてみる。
ドアノブにはいくつもの型があり、大きさもそれぞれ異なる。
だから正しい寸法で購入しなければ無用の長物となってしまい、そんなものを買った暁には私もドアノブと共に不燃ゴミとして処理されてしまうだろう。
具体的にはドア幅、バックセット、ビスピッチの3つを見なければならないと言う。実際にドアノブを採寸し、寸法に合ったノブを探してみる。
まるで見つからない。
残念なことに壊れたドアのドアノブはかなり大きなサイズのものらしく、室内用では対応しているサイズが無い。そのため高いものでなくとも1万円はしてしまう。
もしこれを提案したらどうなるか。
脳内でシミュレーションしてみる。
「ドアノブなんですが、1万円ぐらいします」
「はあ??だったらお前が毎日ドア握ってろ!」
こんなところだろう。
毎日ドアを握っているなんて新種の拷問に近い。
40時間を超えたあたりで発狂し、ベランダから飛び降りるに違いない。
死ぬぐらいならもっと探してやろう。
そう思ってようやく1万円以下、7000円のものを見つけた。
「7000円ぐらいしかないですね…」
「ああ、そうなんだ。花岡さんどう思います?」
「7000円するんなら面白いドアノブ買ってよ」
面白いドアノブ?
「ほら、『ドアノブ少女』とかあったやん昔」
「知らないです」
「ドアノブ少女」をググってみる。
その結果。
え、エロい。
たまらん。
ドアノブってこんなにいやらしかったっけ?
ドアノブってこんなに隠微だったっけ?
ドアノブって、ドアノブって。
たまらなくなり、画像をあさり続ける。
いい。
いい!
いい!!
この反り返ってるドアノブたまらん。
うちにもこれが欲しい。
と言うか、もうドアノブを見るだけで起立してしまいそうだ。
女性がドアノブを回すところだけをひたすら見ていたい。
1つの企画だけで人の感情をここまで揺さぶることができるのか。
ドアノブだけでこんなに高まらせてくれるのか。
さっきまでドアノブをいやいや探していた男が、今や「良い」ドアノブを探したくてしょうがない。
やはり「企画」は素晴らしい。
自分もこんなことがしたい。
「これ舐めて」と言えるような仕事。
キャスティングもしたい。
何ならカメラマンもしたい。
じゃあどうするか。
とにかく今この体に湧き上がった性欲を処理すべきだろう。
俺のノブを回すのさ。
サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。