父が自費出版した写真集を18,000円で売っていた話。
わたしは母子家庭で育った。
物心つく前に両親が離婚し、母に育てられた。
なぜ離婚したのかと母に聞いた時「パパは巨人ファンやったから」と言われたことは今でも覚えている。
大の阪神ファンだった母と、大の巨人ファンだった父が応援する球団の違いだけで離婚したとは思わないが、父にはかなり尖ったエピソードがたくさんあった。それをいくつか紹介すれば、読者の9割は母に同情するだろう。
父は大阪の八尾に生まれ育ちながら巨人ファンだったので、試合を観に行くときは決まって甲子園の阪神戦になる。
もちろん阪神甲子園球場に行くためには「阪神電車」が一番便利だが、父は「阪神に1円も払いたくない」と何時間もかけて徒歩で球場まで向かったそうだ。
別の日。同じように父は阪神戦を観に行ったが、どうしてもチケットが抑えられなかった。しかし、唯一阪神ファンだらけのアルプススタンド席は空いていたという。
もうお分かりだろう。父は阪神ファンの中に一人紛れて巨人を応援したのだ。バルセロナならフーリガンに抹殺されてもおかしくない状況だが、一緒に連れて行った父の母(つまり私の祖母)がしきりに頭を下げ続け、ことなきを得たのだという。
すさまじい巨人への愛情。
いや愛憎とも言える。
また、父には別の趣味があった。
それはSL(蒸気機関車)である。
父は昔からSLが大好きで、離婚後もよく幼い私を連れて行ってくれた。
休みになるとSLを撮りに出かけ、家では模型を愛でる日々。
とにかくSLへの愛情が半端ないのだ。
愛情が半端なさすぎて、私が生まれた当日も撮影に行っていたらしい。
「第一子 < SL」なのである。
そんな父はついに「SLになりたい」と思い始めた。
誤タイプではない。父は「SLになりたい」のだ。
平日20時を回ると、我が家では遠くの方から「ポッポー」と汽笛が聞こえてくる。
私の家は閑静な住宅街にあるマンションだ。決してSLが通るような場所でもなく、最寄り駅まで徒歩20分はかかる。
なぜ汽笛が聴こえると思う?
父だ。
父はSLの汽笛が鳴る笛を首からぶら下げ、家まで帰る間それを吹き鳴らしながら帰ってくるのだ。もちろん近所迷惑であり、近所名物になっているので母は烈火のごとく怒ったそうだが、幼い私は「パパや!」と冷蔵庫から缶ビールを取り出して玄関まで走っていたそうだ。
無邪気な私に涙が出そうになる。
母はどんな目で私を見ていたのだろう。
そんな(巨人とSLへの)愛に満ち溢れた父とはもう10年近く会っていない。
会う理由がないのだけなので、会おうと思えば会える。
そんな父のことを今日ふと思い出した。
様々な思い出に浸る中で、自分との「共通点」が見えてきた。
父にも私にも「発表癖」があったのだ。
私の家には今でも父が録画し、編集し、タイトルを付けたSLのビデオが山のように残っている。「荒野の大井川」とか「新緑の貴婦人」とか。
私がYouTubeにくだらない動画をUpしているのと大差ない。
やはり「血」というものは怖いな。
そんなことを思っていた時、今まで忘れていたことを思い出した。
「父はSLの写真集を自費出版している」
そうだ。実家にも、祖母の家にもそれはある。
ちゃんと目を通したことは無いが「あんたのパパが自分で出したんやで」と半笑いの母から教わった。意外と上質紙で作っていた。
今でも売っているのだろうか?
Amazonで出てくるのだろうか?
私はおそるおそる検索窓に父の名前を入れた。
すると…
無い…
無い…
…
あった。
間違いなくこれだ。
私はすぐさま商品ページに飛ぶ。
そこには驚愕の数字が並んでいた。
単行本
¥18,000 より
え??
18,000円???
確かページ数もそんなに多く無い。
30ページそこそこだと思う。
なのに18,000円?????
石田ゆり子のフォトエッセイ「Lily」が¥1944だから、その9.25倍もの値段が付いていることになる。頭がおかしい。それなら「Lily」9冊とBOXティッシュを買う。
呆れて物が言えなかった。
本当に何を考えているんだろう、と心配になった。
ふとコメント欄を見ると、なんと著者(父)のコメントがあった。
この写真集「情景汽笛」は、私(岡正樹)が23年前に出版した作品集です。私にとって、この写真集は私のすべてです。約30年間の私の生き方、感性、愛情を蒸気機関車に注ぎ続けてきた思いの結晶です。私は今も、あの頃と変わらぬ愛情を蒸気機関車に注ぎ続けています。私の人生の記念碑として、後一冊の作品集を出版することが私の夢であり、生きる目標です。
読者の方々がどうかは分からない。
ただ息子として純粋に思ったことがある。
「めっちゃ好きやん」
父はいまだにSLを撮り続けているらしい。
約30年もの間、私が生まれるより前からずっと。
父がSLに抱いた愛の深さに24歳でようやく気が付いた。
何よりも最後の一文である。
私の人生の記念碑として、後一冊の作品集を出版することが私の夢であり、生きる目標です。
彼の発表癖はまだまだ治っていなかった。
いくら売れ残って損しようとも関係ない。
SLがどれだけ廃止されても、時代遅れになっても構わない。
父は発表したいのだ。
母には申し訳ないが、私には父の気持ちが痛いほどわかった。
見られること以上に発表することが大事なのだ。
「生きる目標」足り得るのだ。
今日、わかったことが一つある。
「自分は一生このまま」ということだ。
どこかで落ち着いたり、諦めが付いたりして、真っ当な仕事に付いて普通の人になっていく。真っ当な社会人になっていく。そう思っていた。どこかで踏ん切りが付いてやめられると思っていた。
しかし、父を見ればわかる。
「蛙の子は蛙」
「三つ子の魂百まで」
わたしは50になっても60になっても発表し続けるだろう。
そして、そんな風に生きている父は「自慢の父」だ。
ちなみに、メルカリだと他の人の作品と3冊セットで1,900円だった。
新品との落差がフェラーリのそれである。