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ATLから寛解したオカンの話②

016.02.04 23:22

ATLから寛解したオカンの話①からの続き

聞きなれない「成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)」という病気を、

とにかくネットで片っ端から調べた。

ネットの履歴がすべてATL関連で埋まるほど。

簡単に言うと、「HTLV-1」というウイルスが、

免疫細胞であるT細胞に感染して、潜伏期間を経てがん化し、

強い免疫不全を起こし、進行すると臓器も障害を起こす病気なんだそう。

九州に罹患者がとても多いのです。

(HTLV-1情報サービスより)

で、そのウイルスの潜伏期間が厄介で、

ATLの場合は40年以上経って発症するっていうものだそうで。

ウイルスが原因だとわかっている病気だけれど、

オカンは自分がそのウイルスに感染しているとはわかっていなかったらしい。

でもそのウイルスに感染したからといって必ず発症するわけではなく、

発症率もそこまで高くないのだそうです。

約95%は発症しないのだそうです。

(実際オカンの入院先の病院も治療経験は5人程度だったそう)

感染力は極めて低いウイルスですが、発症してしまうととても大変。

そして「成人T細胞白血病リンパ腫 生存率」で検索しても、

「予後不良」とか「生存期間中央値10.2ヶ月、2年生存率21.3%」とか、

「化学療法が効きにくい」とか、とにかくネガティブな言葉しか検索結果に出てこない。

よし! もしかしたら誰か同じ病気の人で闘病記をブログで書いているかもしれない!

…検索しても、希望の持てる記事はなかった。

ちょうど同じ時期にオカンと同じ病気になっていて、

闘病記をブログにアップしていた人がいたけれど、夏の途中で更新が途絶えた。

「絶望」という言葉の意味を初めて知った気がした。

ネガティブな情報にまみれてしまって、

前向きになるとか、ポジティブになるとかそんな気にはなれなかった。

それからオカンは峠を越えた後、

抗がん剤治療を続けていたのだけど、やはり副作用は強烈だったらしく。

病院のごはんもほとんど食べられていなかった。

ベッドの足元にある机(テーブル?)に洗面器があった。

私が「なんで洗面器あるん?」って聞くと、

オカンは「吐くときに使うやつ」って笑いながら言ってた。

その後私は私で仕事があったので、ずっと奈良に居続けることもできず、

オカンのことは父と弟に任せて東京に戻った。

入院してからずっと、副作用の辛さは私に一切見せなかった。

むしろ、オカン本人めっちゃポジティブ。

話しぶりからは本当にこの人は病気なのだろうかと思うくらいの、

そのくらいの気丈さがあった。

入院中のオカンとの会話で忘れられない言葉がある。

「お母さん、スマホ使わずに死ねないわ!!!」


60歳過ぎた人が笑いながらこんなこと言うんですよ? 入院中に。

オカンはガラケーユーザーで、スマホをどうしても使ってみたかったらしい。

でもこのスマホへの憧れはオカンの治療を良い方向へと導いてくれたのですが。

入院中のオカンは一緒の病室の女の子と、

ミュージカルや舞台の話をして盛り上がっていたのだそう。

その女の子のお母さんには、「ミルノさんってホンマによう喋るねぇ〜!!」と言われていた。

オカンの主治医はというと、

「生存期間10ヶ月なら良い方。1年はほぼもたない」

そんなことを言っていたのだそう。

ちょうど私は妊娠初期。妊娠期間も約10ヶ月。

間に合うだろうか。

オカンに孫を見せられるだろうか。

オカンポジティブなのに、私がめっちゃネガティブ。

ATLから寛解したオカンの話③へ続く


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