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「罪と罰」〜山形県知事選挙の裏側で〜
先に投稿した「馬鹿と亡霊」という拙文をご笑覧いただきたい。このお話は、そのエピローグのそのまたエピローグである。
正午の山形自動車道。車窓から見える蔵王連峰が美しい。
僕は、部下の運転手とカメラマンを伴い、山形に向かっていた。仙台の事務所を出発して40分弱、何も考えずにただひたすら雪景色だけを見ていると、運転手に声をかけられた。
「社長、お昼ご飯はどうします?」
「んー、そうだねぇ、お腹すいたねぇ」
県境のトンネルを抜け、山形市街へと長い下り坂を降りていく。14時にある人物と会う約束をしている。
発端は昨日の一件である。上田晃が暴行の疑いで現行犯逮捕された。山形大学病院で男性職員の胸倉をつかんだらしい。いずれ政治犯として処罰されるとは思っていたが、まさか粗暴犯として逮捕されるとは。中国籍で山形市の自称・男性候補の選対本部長・上田晃(本名・ファンファン)容疑者(28)…ちょっと待てぇぃ…中国籍?…母親が中国の人で10年ほど前に大陸に帰ったきり音信不通という話はなんとなく聞いていたような気もするが、ファンファンって本名だったのか。僕はてっきり会社の名前か何かだと思っていた。なぜか自ら110番通報し、手錠をかけられるまでInstagramのライブ配信を続けた上田晃ことファンファン。彼にとっては4年後の知事選出馬や、いずれは内閣総理大臣という野望の実現に向けた政治宣伝活動の一環だったのだろう。しかし悲しいかな、中国籍の彼には被選挙権はおろか選挙権すら無かったのである。
運転手とカメラマンに、昨年末から今日に至るまでの事のあらましを口頭で説明した。二人とも、選挙関連の業務については一騎当千の古兵である。
後部座席からカメラマンが憎まれ口をたたく。
「いやぁ、それは社長のストレート負けですな。金山ってジジイは、社長の“鉄の掟”に当てはまらない候補者ですし、何より我々が介入する余地も、ジジイに対する勝ち筋もない。大負けですな」
「うるさいよ…でも負けは認めるよ。僕の完敗だったね」
鉄の掟。色々と誤解されているが、僕は政治には全く興味がない。ただ絵を描くのが好きなだけだ。故に仕事は選ばない。
だからこそ、契約前に候補者本人と必ず約束することがある。
一、公職選挙法ならびに法令を遵守する。
二、僕を含め、僕のスタッフは原則として選挙運動には一切従事しない。当選しても、僕が万歳三唱に加わることはない(やってみたいけど)。
三、仮に落選しても、有権者から「ナイスファイト!よく頑張った!よく立候補してくれた!」と声をかけられるような選挙にする。
民主制の維持には多少のコストがかかる。これは仕方ない。ただし、その金の出所は税金である。公益に資するものでなくてはならない。
金山屯の選挙は、公益に資するどころか害するものであるというのが僕個人の見解だ。
昨日「上田晃もパクられたし少し昼寝でもしようか」と思っていた頃、ショウ・タカハシから圧の強いLINEが来た。上田晃が逮捕されて直ぐに、金山屯に電話をしたという。
「上田晃が逮捕されましたね」
「そうか!?逮捕されたか!はっはっはっはー!」
鉄砲玉の逮捕も、テロリスト金山屯にとっては想定の範囲内ということか、あるいは、どうでもいいのか。ショウ・タカハシは呆れ果てて聞いた。
「金山さん、今どこにいるんですか?」
「郡山の温泉にいるよー。昨日はやりたい事が出来て実に満足したから、今日明日は山形には行かないんだー」
目撃者からのタレコミ情報によると、金山屯は水曜の昼、山形駅前で「栄冠は君に輝く」をかけながら踊っていたらしい。一体何がしたいのか常人には全く理解できないが、本人はやりたいことが出来て御満悦だったのだろう。君にボールが飛んでくることはないし、栄冠も君には輝かないと思う。古関裕而に謝れ。
ただ一つだけ、金山屯にも想定外のことがあった。
「上田君の車に積んでいた私のマイクスピーカー、警察が持って行っちゃったらしいんだよ。土曜日の演説どうしよう…」
知るか馬鹿野郎。何のビジョンも主張もない金山屯のそれは、僕が知る限り演説とは言わない。
告示日に選挙管理委員会から交付される、いわゆる選挙の七つ道具。
詳しくは後日気が向いたら投稿するが、街頭演説を行うには七つ道具のうち、“街頭演説用標旗”を掲げ、”街頭演説用腕章”を身につけることが義務付けられている。また、マイクスピーカーにも”選挙運動用拡声機表示板”を取り付けなければならない。
その一式を持っていかれたんだな。
山形県警によるささやかな意趣返しのように思えた。good jobだ、金のエンゼルをあげたい。
山形蔵王インターで高速を降りた。
「んで社長、今日は誰と会うんで?吉村美栄子?」
カメラマンが面倒臭そうに聞く。
「A子だよ。ファンファンの元カノ」
「なぜ我々が随行を」
「いや、おいしいラーメンをね、ごちそうしようと思って………だって刺されたら嫌じゃん、痛そうだし。会ったこともない女だし、カンタさんんんんんんッ‼︎‼︎ ってバッグから出刃包丁出して走ってくるかもしれないでしょ。そこを君たちが得意のナントカ流の合気道でボディガードよ」
まぁそれは冗談だが、弊社のカメラマンと運転手が合気道だか居合だかの稽古を受けているという話はなんとなく聞いていた。
「でも、なんでA子と会うんです?」
今度は運転手が聞く。危ないから運転に集中してほしいな。
「ファンファンの面会に行くなら、力になってほしいんだって。たぶん差し入れしたいものでもあるんじゃないの?A子本人が行けばいい話なんだけど、捜査関係者には”DVやストーカーに発展する恐れもあるから代理人を挟んでください”って言われたらしいんだ。つまり、なぜか僕がA子の代理ってわけ」
「面会、行くんですかい?!」
「そうだよ。楽しそうだから。例のポスターも結局は使わなかったわけでしょ。だから僕個人としてはファンファンにはもう何の恨みも拘りもないんだ。ただちょっと気の毒だなぁと思って。だからお手紙も書いてきたんだ」
A子とは駅前のビルで会った。仕事を抜け出して来たらしい。
「家が近所なんで一緒に来てもらってもいいですか、申し訳ないんですけど、彼に差し入れをお願いしたくて、うちに彼の下着やら衣類があるので」
A子から敵意を感じることはなかった。
ボディガードは必要なさそうだ。
「君たちは下がってていいよ…コーヒーでも飲んで待っててー」
運転手とカメラマンにお茶代を手渡して、待機を命じた。
僕とA子は、冬の線路沿いを歩く。こういう時、どんな顔をしたらいいのか僕には分からない。
2分ほど歩いた先にあるアパートの前でA子は立ち止まった。
「僕、ここで待ってます」
「いえ、寒いので上がってください」
二人が住んでいたアパートの一室にお邪魔する。
はぐれ刑事純情派でありそうな展開に少し戸惑う。
「紐が付いている衣類は差し入れできないんですよね」
「よく知ってますね。調べたんですか?」
僕は感心した。
「うちの両親も、友達も、もう上田とは連絡を取るなって言ってて」
「まぁ、僕が父親でもそう言うでしょうね」
A子は気丈そうに笑う。
「A子さんは、どうしたいんですか」
「上田が罪を償って、その上で正しい治療を受けて、まともな状態に戻ってくれるなら…彼と一緒にいたいです」
愛か、共依存か。
「じゃあ、もう山形には居られないね」
瀬戸内寂聴みたいになる僕。
「かと行って、東京みたいなところもダメね。社会的刺激が強すぎる。しばらくは山奥の田舎にでも引っ込みなさい」
「そうですよねぇ…」
「もし年金を納付していたならね、障害年金を受給しながら書き物でもして過ごせばいいじゃない。できることから少しずつ。ファンファン、変になっちゃったけど元々は頭の切れる奴なんでしょ?…僕はね、もう彼を恨む理由なんてないし、何なら彼を少し買ってもいるんですよ。A子さんの親御さんや周りの人たちがファンファンを受け入れてくれるようになるまで、二人で頑張るしかない。その覚悟がないなら、もうスパッと別れて連絡を取らない方がいい。あなたにはあなたの人生があるんだから。決めるのはA子さん自身じゃないですか」
相方のいない靴下数枚を紙袋にいれようとするA子。
「いや、それはいいんじゃないかなぁ…留置場は衣類一式貸してくれるらしいですよ」
そういえば、精神科医の友人と目黒の焼鳥屋で飲んだ時「キチガイは靴下の片方だけをよく無くす」という話を聞いたが、強ちあれは酒の席の戯言ではなかったということか。
結局、パンツ1枚だけを入れた紙袋を預かった。
仕事先に戻るA子に言った。
「あなたも、親御さんやお友達、そしてあなた自身を大切にしなさいね」
僕は最後まで瀬戸内寂聴に徹したのだった。人は愚かなものです。
![](https://assets.st-note.com/img/1737725203-obDs3GjO9uJhpSMt2vNy4Ufw.jpg?width=1200)
山形警察署に来た。
受付の警察官に聞かれた。
「本人とはどういうご関係でしょうか?」
「はい!SNSと電話で少しやり取りしたことがあるだけの知人で、たぶん本人は僕のことを毛嫌いしていると思います。本日は元カノの代理として来ました!」
こういう場面では、馬鹿正直でいた方がいいと思っている。
留置場の前、何の装飾も愛嬌もない合皮のソファで待たされる。
カメラマンが囁いた。
「何も悪いことしてないのに、なんだかソワソワしますね」
「そいつは奇遇だね、僕もさっきから尻が落ち着かないよ」
何度かお茶を飲み、トイレにも行った。
「山形の人って朴訥でのんびりした気質の人が多いからね。迎えに行くんで待っててくださいって言われて3時間待ったことがあるよ」
「ゔぇっ、マジっすか」
という話をしていると、留置管理課の担当官が来た。
「本人なんですが、只今検察庁に護送中でして…勾留が付くかどうかも未だ決まってないので、週明けにまたお電話の上でお越しいただけますか」
「あらまぁ。じゃあ今は差し入れも出来ないわけですね。お手数おかけしました」
僕は、友人とは決して言えない“SNSと電話でやりとりしただけの狂人”のパンツ一枚を持って、山形警察署を後にした。
「月曜日、また山形に来なきゃいけないじゃん。もういいよ、ラーメン食って仙台に帰ろう」
袖振れ合うも多生の縁。上田晃ことファンファンが、現実を正しく認識して過ちを反省し、必要な治療を受けて更生できるよう、引き続き見守っていこうと思う。少し不本意ではあるが。
彼の行動は、ドストエフスキーの名著「罪と罰」に登場する主人公の青年・ラスコーリニコフと重なる部分があるように思えてならない。
「強者は弱者を支配して世の中を動かす権利がある」という極めて自己中心的な思想を抱いたラスコーリニコフだが、罪を犯した後は哀れにも苦悩し続けた。今はぜひとも苦悩して、その先に何かを見つけてほしい。
金山屯については、供託金没収はもちろんのこと、その残り少ない余生のどこかで、山形県民の皆さんと民主主義を愚弄した分の天罰に覿面してほしいなと心の中で小さく願うのであった。
この選挙について僕が書くべきことは、もう何もない。
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龍上海・赤湯本店の辛みそラーメンは、やっぱり美味しかった。
(完)