猫
世間は空前の”猫ブーム”である。
某動画サイトにおいて、今日もまた膨大な”猫動画”が配信され、人々の心を癒している。
テレビ業界においても、「とりあえず猫を流しておけば視聴率を稼げる」とさえ言われているそんな時代である。
天国の徳川綱吉も、今の日本を憂いて仕方がないことだろう。
と、まあそんな”猫ブーム”にあやかったというわけでは決してないのだが、僕は元来根っからの”猫舌”である。
熱いものを食べるのが苦手なのである。
苦手というか、食べられない。
基本的には、冷めるまで待ってから食べる。
ラーメンも冷めるまではメンマ・もやし・ネギなどのトッピングを食べることで時間を潰す。
そして、ようやく一口目を食べる頃には、隣の友人の麺が半分になっているということが日常茶飯事である。
友人は果てしなく伸び切った麺をすする僕に呆れているものの、僕からすれば出来立てほやほやの灼熱麺を意にも返さずすすり上げる方がよっぽど常軌を逸していると感じる。
猫舌は苦労をするのである。
飲食店において、デフォルトで熱いお茶を出すというお店が所々に存在する。
僕が大好きなとんかつ屋さんは全国津々浦々ほぼ確実に熱いお茶が出てくる。
これがまた嫌がらせとしか思えないほどに熱いのである。
とはいえ、日本は民主主義国家であるために、僕のような『とんかつ屋熱茶撤廃運動』を行う一人の勇敢な戦士は泣く泣く拳を強く握る他ない。
仕方なく強く握りしめた拳を緩め、多数派の声にも屈さない強い意志を胸に、視界一面を覆う湯気の中で微かに映る敵か味方かも分からない人物に請い願う。
「すみません、お水ってもらえますか?」
晴れぬ視界の中、表情は見えず真意も汲み取れぬものの、その人物は僅かながらも確かに口元を緩め、そのまま踵を返した。
僕は飲めもしない湯呑みを小さく持ち上げ、去り行くたくましくも華奢な彼女のその小さな背中に、そっと祝杯を捧げた。
しかし、間もなく現れた彼女の白くも細い腕から繰り出された一振りの助太刀は、僕の喉元に刃を突き付けた。
なんと、大量の氷が入っているのだ。
何を隠そう、猫舌もさることながら僕は冷たいものも超苦手なのである。
皮肉なことに、全く同じ温度感で熱いものも冷たいものも超苦手なのである。
基本的に飲食店では氷の入った水を提供されるが、まず意味が分からない。
水なんてただでさえ冷たいのに、その上さらに氷で援護射撃だなんてまさに愚行極まりない。
特に中華料理屋なんて言うのは、どの店も水をどれだけ冷たくできるかが店の経営を左右すると妄信を抱いているので許しがたい。
僕は「水は冷たければ冷たいほど良し」とされている日本の悪しき風習に警鐘を鳴らす一人の獰猛な志士なのである。
と、まあこんな具合に、僕の口内は温度耐性が皆無である。
そんな”常温マニア”の僕が敵対視している食べ物ランキングベスト3を発表したいと思う。
ここは素直に空前の”猫ブーム”あやかり、猫舌キャラを定着させるためにも今回は「熱い食べ物」に限定してランキングをお届けしよう。
第3位は、「白米」である。
これは意外に思われるかもしれないが、お米を侮ってはいけない。
確かに、単純な温度能力に関しては他の熱飯(あつめし)に劣るかもしれないが、決して忘れてはいけない。
僕は「白米」が大好きなのだ。
焼肉屋さんに行こうが、大好きなとんかつ屋さんに行こうが、あくまでメインディッシュは「白米」なのである。
どんなに綺麗なタンであろうが、どんなにサクサクなとんかつであろうが、所詮は「白米」を引き立たせるだけの脇役に過ぎないのだ。
白米を愛する根っからの”サムライ魂”なのである。
Japanese rice is so goodなのである。
そんな僕からすれば、お腹ペコペコの状態で出されたあっつあつの白米を冷めるまで我慢などできるはずもないのだ。
相手の力量も鑑みずに己の欲望に溺れ、圧倒的敗北を喫するというまさにお伽噺のような話である。
末恐ろしい第3位である。
続く、第2位は「おでん」である。
おでんに関しては、賛同してくれる人も多いだろう。
果てしなく煮続けたことにより、最大限に引き出された旨味を武器に多くの人々を虜にする。
一説によると、35歳を過ぎると冬の風物詩が「クリスマス」から「おでん」に大転換するとも言われている。
そんなメリークリスマスな食べ物であろうと、僕にとっては相容れることなど到底有り得ないそんな存在なのである。
理由としては単純で、まず熱い。
そして、あまり好きではない。
ゆえに、唸るような熱さを我慢して食べるほどの気力が残らない。
ご存知の通り、僕は練り物が苦手である。
はんぺん・ちくわがNGである。
小さい頃に、ソーセージだと思って無邪気にかぶりついたのが、魚肉ソーセージだった時の絶望感が今でも忘れられない。
あれ以来、練り物全般を敵とみなすようになってしまった。
また、僕は味の濃いものを良しとする。
若さゆえの勲章である。
ゆえに、こんにゃく・大根もNGである。
そして、食べにくいものが嫌いである。
あのもちきんちゃくの中のお餅が出てこないように、何でできているのか分からない・食べれるのかも分からないあのひものような役割を果たすあれのせいで、もちきんもNGである。
総じて、おでんはNGである。
そして、堂々の第1位は「たこ焼き」である。
これには老若男女満場一致の意見だろう。
大阪が生んだ”デスボール”こと「たこ焼き」。
これまで幾人もの口内を焼き払ってきただろうか。
「あほか!こんなもん熱くて食えるかいな!!」というたった1フレーズのツッコミを生み出すがためだけに作られた「たこ焼き」という食べ物。
『断じて、熱を逃がさぬ。』という確固たる決意が秘められたあの球体フォルムには、網走刑務所刑務所長も一目置いていることだろう。
熱さのあまり破壊衝動そのままに、「穴をぶちあけて冷ます」という禁忌を犯す不逞の輩も一部存在する。
気持ちは分からなくも無いのだが、僕は日本の”和”を重んじるタイプの人間なので、極力たこ焼きが持つ本来の”美的景観”を損ねるような真似はしたくない。
ゆえに、冷めない。
ゆえに、食べられない。
ゆえに、Takoyaki is my rival all night.
と、まあこんな具合に僕は食べ物の温度に口うるさい人間である。
しかしながら、女性とお食事に行った際に目の前で逐一「熱い」だの「冷たい」だの、ほざき散らすのは非常にみっともない。
いくら高身長面長陰湿美少年の僕でも、愛想を尽かされる。
男には、それがたとえ虚勢であろうが、女性の前では何食わぬ顔で意地を張り続けねばならない時がある。
古い考え方だと揶揄されるかもしれないが、これは”令和”になった今の時代でも変わることはない。
女性を安心させるために必要な、男の”義務”でなのである。
どんなに熱い、どんなに冷たい食べ物が立ちはだかろうが、
眉ひとつ動かさずに、笑顔で食してやろうじゃないか。
愛する大切な人を守るために、
”猫”を被り続けてやろうじゃないか。
水瀬