草の名前を知る事
雑草と言う名前の植物はない。
これは、私が尊敬する牧野富太郎博士の言葉だ。
そして、宮城県松島町にある臨済宗円通院で案内ボランティアスタッフに花の名前を尋ね、「知らんがな。Googleレンズで自分で検索したらええ出んがな」と、仙台弁で返された時以来、どこかの観光地やお寺などに行っても、誰かに聞かない、Googleで検索!と決めている。
こちらは、私の父の墓地がある無人寺で無数咲いていた植物だ。
調べると、ショウジョウソウとのこと。
やはり、Googleは凄い!!
いつも保護猫施設で怒りまくっている黒猫のくーちゃん。
猫草を持って行ったら、わーーーい❤と食べるのに夢中。
野菜、食べなアカンよーーー。のCM?か!
今回のこの草。別名、猫じゃらし。エノコログサと言われているものを空地で摘んで来た。
エノコログサを始め、いわゆる雑草を見ると想い出すのが、学生時代に知り合った自然科学の教授だ。
大正だか明治だかの生まれだろうか。温和で、数少ない、私が日本人のキリスト教信者で好きな人だ。外国人の信者は多数好きなのだが・・・
その教授の元、学校の敷地の野山を散策して植物や虫を探す。そんなサークルに入ったのだ。
当時の私は、常に「どうやって自殺しようかなあ」と、自殺した作家の小説とミステリー作品ばかり読んで考えているガラスの10代。
この先生に出会って、死に損ねたじゃあないかああああ!の気持ちが今でもある。イヤ、良い意味でだ。
以前、カトリック教会の面々からの嫌がらせで胃に穴が開き、ネットでも「貴方が生きていて喜ぶ人は1人もいないから」など散々言われていた私である。
じゃあ、このエノコログサはどうなんでええ?
ただ自分の生を全うしている。それだけなのだろう。
人間だけが偉いのではない。動物、植物、全てが尊い。
五木寛之先生の著書を読み返す自分がいるのであった。