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ノルウェイの森・村上春樹~読書記録359~

1987年9月4日に単行本が講談社から刊行、1991年4月15日に講談社文庫として文庫化され、2004年9月9日に文庫改訂版が出された。
(私が紹介するのは2004年の改訂版です)

37歳のワタナベは、ハンブルク空港に到着した飛行機のBGMでビートルズの「ノルウェイの森」を聴き、激しい混乱を覚えた。そして学生時代のことを回想した。
直子とはじめて会ったのは神戸にいた高校2年のときで、直子はワタナベの友人キズキの恋人だった。3人でよく遊んだが、キズキは高校3年の5月に自殺した。その後、ワタナベはある女の子と付き合ったが、彼女を置いて東京の私立大学に入学し、右翼的な団体が運営する学生寮に入った。
1968年5月、ワタナベは、中央線の電車の中で偶然直子と1年ぶりの再会をする。直子は武蔵野の女子大に通っており、国分寺のアパートでひとり暮らしをしていた。二人は休みの日に会うようになり、デートを重ねた。
10月、同じ寮の永沢と友だちになった。永沢は外務省入りを目指す2学年上の東大生だった。ハツミという恋人がいたが、女漁りを繰り返していた。
翌年の4月、直子の20歳の誕生日に彼女と寝た。その直後、直子は部屋を引き払いワタナベの前から姿を消した。7月になって直子からの手紙が届いた。今は京都にある(精神病の)療養所に入っているという。その月の末、同室の学生がワタナベに、庭でつかまえた螢をくれた。
夏休みの間に、大学に機動隊が入りバリケードが破壊された。ワタナベは大学教育の無意味さを悟るが、退屈さに耐える訓練期間として大学に通いつづけた。

村上は本書についてこう述べている。「この話は基本的にカジュアルティーズ(犠牲者たち)についての話なのだ。それは僕のまわりで死んでいった、あるいは失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話であり、あるいは僕自身の中で死んで失われていったすくなからざるカジュアルティーズについての話である」
主人公が神戸市出身であること、大学に入学した年が村上と同じ1968年であること、東京の私立大学で演劇を専攻していること、主人公が入っていた寮が村上も入寮した和敬塾をモデルにしていることなどから、「自伝的小説」と見られることもあるが、本人はこれを否定している。

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。(本書より)

実に色んな人が自殺してしまうな。の感想である。
羊をめぐる冒険の鼠と主人公ワタナベの親友キズキ君がどうもダブって仕方ない。
何故に2人共自殺してしまったのか?
それは弱さゆえだろう。羊をめぐる冒険でも、ノルウェイの森でも、人間の弱さを村上春樹は押し出していると思う。
キズキ君の恋人で、精神病を癒す施設に入所した直子は、自殺していった姉、恋人は寂しくって仕方ないのだろうと言った。
寂しくて自殺した。これって、夏目漱石の「こころ」にも出てきたじゃあないか。
先生の親友K。先生と、寂しくて死んだのだ。
明治に遡らなくたって、令和の今、寂しくて自殺する若者は沢山いる。
そう考えると、人間の本質なんて変わりはしないんだなと思うのだ。

タイトルになっている「ノルウェイの森」。これは、ビートルズの「ノルウェイの森」からそのまま付けている。
直子が好きだった曲だ。


この日本語の題については、誤訳だ、なんだと騒ぐ人も多い。


個人的な見解だが、当時、英語を今ほど喋れない人が多い中、販売元の東芝EMIが売り出す為にこの題にしたのだろうと思っている。
例えば、I Should Have Known Betterは、日本語タイトルは「恋する2人」だ。
ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(ビートルズがやってくるヤァヤァヤァ)は、ビートルズの作品「A Hard Day's Night」に対して付けられた邦題。現在はいずれも「ハード・デイズ・ナイト」や「ア・ハード・デイズ・ナイト」と、原題に近い邦題に改められている。
Help!も「4人はアイドル」など。
東芝EMIの広報の上手さを思う。

ノルウェー製の家具が本来の意味で直訳なのだが、「ノルウェイの森」の題の方が売れるし、この作品にはあっているなと思う。

ノルウェイの森。もしかしたら、そこは直子が入所していた精神療養所の森なのかもしれない。

この作品を読み、ビートルズの曲を聴いた。
村上春樹の文体は誰かに似ていると思ったら、ジョンレノンの歌詞じゃあないか!!
実にシンプルで幻想的で。こういうところが、井上靖先生や大江健三郎先生らが芥川賞を外した要因なのかもしれないと考えるのであった。




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