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資本主義はなぜ自壊したのか~読書記録453~
資本主義はなぜ自壊したのか: 「日本」再生への提言 中谷巌 2008年
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リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は「市場原理」だった!構造改革の急先鋒であった著者が記す「懴悔の書」。
「新自由主義経済学」は悪魔の思想だ!!
広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足、そして金融危機――すべての元凶は、資本主義にあった! 「構造改革」の急先鋒と言われていた著者が、いま、悔恨を込めて書く「懺悔の書」。
中谷 巌(なかたに いわお、1942年1月22日 - )は、日本の経済学者(マクロ経済学)。多摩大学名誉学長、一橋大学名誉教授。元三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。
小渕内閣の首相諮問機関「経済戦略会議」に竹中平蔵らとともに参加し、議長代理を務める(議長:アサヒビール・樋口廣太郎)など政府の委員を多く務め、1990年代には、構造改革推進の立場から政策決定に大きな影響力を持った。その後、2008年に著書『資本主義はなぜ自壊したのか』で新自由主義、市場原理主義、グローバル資本主義との決別を表明し、その立場を一転させた。週刊ダイヤモンド2009年12月19日号の「経済学者・経営学者・エコノミスト142人が選んだ2009年の『ベスト経済書』」で中谷の『資本主義はなぜ自壊したのか〜「日本」再生への提言』は5位に選ばれた。
社外取締役制の推進者として知られる。幾つかの企業の社外取締役の経験があるが、これらについて中谷は「取締役会に出るのが楽しみ」だと自身の著書で述べている。また、NPO全国社外取締役ネットワークの代表幹事として、社外取締役制の普及や支援にも取り組んでいる。
マクロ経済学の教科書として日本の大学で広く使われている『入門マクロ経済学』の著者として知られる。また、ワールドビジネスサテライトでは長くコメンテーターを務めた。
過去に自分が行っていた言動(アメリカ流の新自由主義、市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言など)を自己批判し、180度転向したことを宣言した上で、小泉純一郎・竹中平蔵・奥田碩の三人組が実行した聖域なき構造改革を批判し、ベーシック・インカムの導入等の提言を行っている。労働市場についてはデンマーク・モデルを理想としている。中谷は「新自由主義による自由取引市場の形成は、人類の滅亡を早める」と主張しており、グローバル資本主義に無制限の自由を与えるのではなく、一定の規律を設け制御する必要性を説き、統制機関として世界中央銀行・世界中央政府の設置を主張している。
この本は、中谷氏の自壊を込めた書である。
と言われているが、周りを見ていても、年齢的に仕方のなかった面もあるのではないだろうか。
戦後のアメリカソ連の冷戦。資本主義と社会主義の二極化の中、どうしてもアメリカファーストの時代があったのだ。
戦前生まれの方なら、冷蔵庫やら洗濯機やら誰も持っていない時代から、国民が努力して、殆どの人が持てるようになった。その様子を見ていると思うのだ。
戦前生まれの著者の年齢からすると、良きアメリカの姿は経験があるのだろう。私の知り合いの男性も、戦後、米軍基地で働き、初めて珈琲を飲んだ時のカルチャーショックがあったという。なんでもあったとか。
だが、今のアメリカは格差社会、自己責任社会だ。
それが波及してか、日本や韓国などでもそうではないのだろうか。
それがグローバル資本主義なのかもしれないが、果たしてそれが幸せなのか?
そこに著者の転換があったのだろう。
著者が言われているが、自由主義、資本主義の原点はキリスト教、唯一神信仰だ。
自然に対する考えも日本人とは違うのだ。
本地垂迹説。 神道と仏教の融合。 日本では道ばたに生えている名もなき草にさえ神性があり、仏性があると信じられるようになった。 マッカーサーの狙いは、古くからあった日本人の愛国心を削ぎ取ること、日本人は無宗教と根無し草にすることであった。
日本人は宗教がない、と言われるが、そんなことはないのだ。
古くから、道端に生える草さえ大切にし、物を大切にしてきた。
「ありがたい」「もったいない」「いただきます」など、昔からの日本人の信仰心だ。
「お互い様」という言葉も最近では聞かなくなってしまった。
話がずれるが、昔は麻疹、インフルエンザに罹ったとしても、誰から移されたなど犯人捜しをすることなどなかった。
それがSNSの発達によるものなのか、テレビの煽りによるものなのか。
「何とかさんがマスクをしてないから移されたーー」だの、まあ、うるさい、うるさい。
「お互い様」じゃあないのか?
郵政改革では、人の減った過疎地で郵便局が唯一の人間的接触の場所になっているところまでばっさり廃止してしまっている。こうしたことにどれほどの意味があるのか。
と、中谷氏は他でも言われている。
うんうん。離島に住んでいる友人の所は郵便局しかないよ。利益ないね。
と、この本は、多くを教えてくれたのであった。