助産と鍼灸(9)
風の子堂鍼灸院 中谷 哲
『積聚会通信』No.10 1999年1月号 掲載
出生前診断という言葉がある。今回はこの言葉について考えてみたい。
厚生省の専門委員会(委員長・古山順一 兵庫医科大学医学部教授)が12月9日、母親の血液を検査し、胎児に障害があるかどうかを確率で示す「母体血清マーカー検査」について、医師が妊婦に検査について積極的に知らせる必要もなく、検査を受けることを勧めるべきでもないなどとする見解案を提示した。
これまでマーカー検査は、十分な説明もないまま広く行われていた。母親から血液を採取するだけという簡単な方法のため受け入れられやすく、胎児の障害の発見を目的としたふるいわけの検査として、障害のある胎児の排除の危険性があった。
現在の日本で普及している胎児の染色体異常の検査には、羊水検査とトリプルマーカー検査がある。簡単に説明すると、用水検査は妊娠14-18週ごろに羊水を採取し、浮遊している胎児の細胞の染色体を調べる。結果が出るまで3-4週間かかり、検査をすることにより0.3%の確率で流産のリスクがあるが、診断は98%信頼できる。
トリプルマーカー検査は胎児にダウン症、神経管形成異常がある確率を調べるもので、別名「AFP3テスト」と呼ばれ、母親の血液中の3種類の蛋白質濃度を指標として組み合わせ、年齢、体重なども加味して胎児の異常の確率を出すもので、妊娠15週ごろからできる。一般に高齢出産とされる35歳の女性のダウン症児の出生率が統計上295分の1であることから、それを指標に、それ以上が「陽性」とされ、羊水検査の対象と考えられている。
飯沼和三氏(ダウン症の専門医・トリプルマーカー検査相談医)が調べた結果によると、トリプルマーカー検査で陽性と言われた人全体をならすと、羊水検査で実際にダウン症の胎児が見つかる確率は50名にひとりで他の49名は正常である。さらに、高齢などを理由にした従来の検査のやり方では、150~170名にひとりであった。
現在の日本では、羊水検査で「異常あり」とされた胎児の100%近くは中絶される。飯沼和三氏は「羊水検査は20年以上前から行われてきましたが、検査の実態は明らかにされないままです、もし異常があれば中絶するのが当然、と医師の間で了解され、ダウン症のことをよく知っている専門家が関与することもありません。それでは、出生前診断のシステムとして、明らかに不備です。」と述べている。
ちなみに、出生前診断とそれにともなって十分なカウンセリングを受けることができる、アメリカ・カリフォルニア州では、97年の調査で、胎児がダウン症と判明したひとの40%が妊娠を継続した。
生む、生まない、ということに関する是非は抜きにして考えてる。改めていうまでもないが、出産はその当事者のものである。他人が倫理をふりかざす場面ではない。ただ現在の日本の医療のなかで、出産は当事者のものと言い切ることができるであろうか。
今回の厚生省の動きはある程度評価できる。しかし、見方を変えると責任放棄ともいえる姿が見えてくる。
では、この出生前診断という「生命の質」を決める物差しは、誰によって決められるのだろうか。
次回は、国家として出生前診断を利用しているイギリスの話から始めてみたい。