良く見せようと思った時点で負け
しゃけです。
最近、高校の自習室チューターのお仕事で自己紹介カードを書く機会が何度かありました(複数校行っているので)。
内容としては、大学で学んでいることや将来就きたい仕事などから高校時代に力を入れていたこと、受験勉強で何を工夫していたかなどまでさまざまです。
受験勉強を戦略的にやっていなかった私としては、
「私はこんな勉強方法が合っていました!」
などという立派なことは書けません。自分に合った勉強方法が分からないまま受験を終えてしまったことは、今でもかなり引きずるコンプレックスです。
「高校時代、特に受験生の頃はどんなことしていたかなぁ…(遠い目)」
とぼんやり考えていました。
周りは華々しい学歴の持ち主達なので、それなりにタメになりそうなことを書いていました。
それを見て私も何か役に立つことを書かなければと焦り、一生懸命プラスなことを寄せ集めて書いていたら、出来上がったのは自己主張の強い(というより自己満)文章でした。
「私はこんなことやったのよ。」
と聞こえてくるような文章でした。
しかし高校時代の話を寄せ集めて書いた一方で、大学の話は割とスラスラと書けたのです。読み返しても全然嫌味に感じない文章がさらっと書けてしまいました。
直感的に、好きなことはたくさん書けるのだなと思いました。
実際大学の勉強の方が好きだし、大学での方がきちんと勉強できていると思います。
それは自分の興味のあることだし、将来に直結するし、なにより内容が理解できるからです。
高校の勉強は理解できる範囲に限界がありました。単についていけていなかったわけです。いくら真剣に勉強しても、受験で結果を出さなければいけない以上真面目に取り組んでいればよいという訳にはいきません。高校時代、毎日自習室に残ったし受験が近いからと欠席する友人を横目に皆勤賞もとりました。でも受験の結果がどうだったかと言われれば、褒められたものではありません。3月上旬まで合格ゼロ、崖っぷちでした。
ここまで思い返すと、受験期の自分は勉強する「姿勢」はご立派だったけれど、実際に実力を伸ばす方法にはほとんど目を向けられていなかったということが何となく分かってきました。
大学も3年の折り返しにして、大学受験の敗因が判明してしまいました。
なんだか話が違う方向に行きそうなので戻します。
他のチューターさんの書いた自己紹介を拝見すると、
「自分はそんな褒められた受験生活は送っていない」
「好きなことをしていたし、文系なのに国語は苦手だった」
など、自分のマイナス面もきちんと誤魔化さず書いていました。
それを見て、自分が恥ずかしくなったし、書き直さなければだめだと思いました。
高校生活で失敗したと思うなら、具体的に何が失敗だったのか、原因はなにか、そうならないためにはどうするかをきちんと考えて、高校生に伝えるのが私がここにいる意味だ、ということが分かりました。
今まで、難関受験突破してきたチューターさんたちに引けを取らないように背伸びをして内心ビクビクしながら毎週の業務にあたっていました。
だけど、背伸びをしたって、いつか必ずボロが出る。その時惨めで恥ずかしい思いをするぐらいなら、はじめから伝えたいことを自分の中で確立させてマイナス面を堂々と公開する方が良いと思いました。
それから、何か良いことを書こうと思っているうちは本当にタメになることは書けないのだと感じます。本当に伝えたいこと、プラスでもマイナスでも自分の糧になっていると思えることでないと伝わる文章は書けないと思うし、自分の中でそのような価値のある経験として語れるように、日々目の前のことを丁寧にやっていきたいなと感じました。
さて、私は来年に教採を控えています。すでに勉強には着手しています。
が、現状で勉強に向かう姿勢はどうでしょうか。大学受験の時と比べて何か変わったでしょうか。
……。
見直さないといけないようです。
受かるための勉強ばかりしているのは好きではありません。勉強する過程で気になったことは調べたいし、点数のための勉強は好きではありません。
そこにこだわりすぎたから今まで失敗してきたのだと思います。
きっと効率的に勉強が進められれば理解度も上がって楽しく進められるだろうし、合格も近づくと思います。
点数を取るための勉強より授業態度を褒めてもらう機会が圧倒的に多かったからこそ、そこに居心地の良さを感じるし、その方が優れていると思ってしまうのです。子どもの頃の経験の蓄積は恐ろしいものです。
でもここまで分かって改善しようと思えたら、少しは成長できたのかなと思います。
早急に勉強方法を見直そうと思います。
今気づけて本当によかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。