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投票制から得た学び~誰がマネージャ―にふさわしい?~

こんにちは。株式会社シェイクの北島です。

突然ですが、みなさんに質問です。
自分の上司を選べるとしたら、あなたは誰を選びますか?

成果をあげている〇〇さん?
誰にでも丁寧にかかわり、育成のうまい〇〇さん?
ベテランで自部門のことを何でも知っている〇〇さん?

「〇〇さんのもとで働きたい!」
と思える人が身近にいれば、その答えはすぐに出てくるかもしれません。

一方で、上司ガチャという言葉があるとおり、
自分の上司は自分では選べないのが現実です。

シェイクでは2019年、2020年と2期にわたり、社員の投票でマネジャーを選ぶ「投票制」を採用しました。
この記事では、それらの経験からシェイクが組織として得た学びをご紹介します。

シェイクの投票制とは?

マネジャーとは、部門の部長、課長にあたる役職にあたります。
組織にコントロールされるのではなく、一人ひとりが組織をつくる意識を醸成するため、
この施策を採用しました。

≪具体的な流れ≫
マネジャーの枠に対し、個人が自らの意志で立候補

対立候補がいなければ、自動的に確定
対立候補がいる場合、立候補者が所信表明

社員が投票

経営が開票し、得票数が多い候補者がマネジャ―に確定
(得票数は非公開)※落選した候補者への配慮

生み出された軋轢(あつれき)

まずはやってみよう、そこから学ぼうというのがシェイクの良いところである一方で、新たな取り組みは居心地の悪さも同時に生み出します。

自分の投票内容が、
立候補者のキャリアや会社の方向性を決めることに対し、
疑問や違和感を感じる方も少なくありませんでした。

実際に、「投票制」という仕組みの振り返りにはこのような声がよせられました。

<Good> 
・誰にでもマネジャーになるチャンスがある(経験や前例に踏襲されない)
・全社員の意志決定軸を磨くプロセスとして有効

<Chance>
・投票結果が開示されないことが信憑性に欠ける
・重要なポジションを投票で決めることは違和感
・平等に選べず、投票がつらい
・何を基準に投票すべきかわからず困った
・ポジションへ期待することが見えていないなかでの投票なので、意志表明した人、人としてついていきたい人に投票する形になってしまう
・誰がどの役職にふさわしいかを判断することは容易ではないし、一緒に仕事をする機会が少ない方もいるので、印象や好き嫌いが入ってしまうことが否めない
・組織として成果を出さなければいけない中で、自主性や成長観点でリーダーを決めることに対しては同意しかねる

結果的に、2021年からは投票制を廃止。
現在は、本人の意志表明が前提にはあるものの、最終的にマネジャーは経営判断でアサインしています。
チャレンジの門戸は誰にでもひらいていますが、マネジャーが変わることのメリットとデメリットも考慮しながら、意志決定は経営がおこなうという方針にたどりつきました。

投票制から得た学び

あの時、シェイクが採用した「投票制」は最適解ではなかったかもしれません。

しかしながら、
個人の意志や想いを大切にし、一人ひとりが組織をつくる意識を醸成する一歩目としては、とても大きいものでした。

組織で働く上で、誰が上司になるのか、誰と働くのか、は自分事になりやすいテーマです。
一方で、誰を上司にするのか、誰にマネジメントを任せるのかは、一社員が決めるには責任が重く、居心地の悪さを生みました。
上司は選びたくても選べないが、いざ選ぶとなると、不協和がおこる。
「投票制」は組織ぐるみで、認知的不協和をおこした施策といえます。

とある研修で、
「社員は会社の駒」「組織にコントロールされている」
とおっしゃっている方がいました。

「投票制」を通じ、私たちはある意味、強制的に会社の未来と向き合い、
「選択する」ことの難しさや影響力の大きさを経験しました。

筋トレのように「選択する」ことも鍛えていける能力だと思うのですが、
「選択できる」という裁量があること自体、喜ばしく、恵まれていることだと、私は思います。