『となりの』作:飴玉 【5分シナリオ】
『となりの』作:飴玉
★登場人物★
水木 零 (21)・・・大学生
坂井 康平(22)・・・大学生
◯零のマンション(夜)
ベッドに正座し、壁に耳をあてている水木零(21)。
外は暗く。
壁の時計は0時を回っている。
静かに目を閉じる零。
◯スタバ(日替わり)
昼下がり。
零と坂井康平(22)がお茶している。康平、スマホをいじりながら、
康平「結局さ」
零 「うん」
康平「あんま怖がらなくていいと思うよ」
零 「はあ? 話聞いてた?」
康平「音楽とか聴いとけばいいって」
零 「どーゆーこと?」
康平、スマホを置いて、
康平「それ聞こえてきたら、ヘッドホンして音楽聴くの。したら、聞こえねえしそのうち終わるでしょ」
零 「だーかーらー。聞きたくないって言ってないじゃん。別にイヤじゃないし」
康平「え、このまえ嫌がってなかった?」
零 「最初はね」
康平「となりからお経聞こえてきたら、キモイじゃん」
零 「お経ってか、般若心経ね」
康平「しらんけど」
零 「調べたんだから。お経が不気味とか、すっごく短絡的。康平も一回ちゃんと聞いてみて欲しい」
康平「はあ?」
零 「誰でも幸せになれるってお話なの。苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、それは実際には無いんだってこと」
康平「なにそれ――現実逃避?」
零 「そういう小さいレベルの話じゃないの。もっと大きな幸せの話」
康平「そんなさ、簡単に幸せになれるなら苦労しないって」
零 「――私ね、世界人類、全員に幸せになってほしいんだ」
康平「宗教やん……」
零 「そうだよ。宗教だよ。大切でしょ、宗教」
と、マヌケな着信音が鳴る。
康平、スマホに出ながら、
康平「イッス、イッス」
店の外に出ていく。
取り残され、ずずずとフラペチーノを吸う零。
× × ×
康平、戻ってきて、
康平「まあ、なんかあったら言ってよ」
と、荷物をまとめ始める。
零 「え? 今日バイトないでしょ」
康平「オレ今日……アレあるんよね」
零 「アレ」
康平「レポート?」
零 「レ、ポー、ト?」
康平「ごめんね」
零 「……」
足早に去っていく康平。
その後姿をぼーっと見送る零。
環境音がゆっくり消えて、般若心経の読経が聞こえてくる――
◯帰り道(夕)
ぶらぶら歩いている零。
読経は続いている。
無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
零、アパートの自転車置き場でふと立ち止まる。
◯自転車置き場(夕)
あたりを見回す零。
人通りも監視カメラもないことを確認し、一台の自転車に近づいてサドルを外そうとする。
◯橋の上(夕)
薄暗く人通りのない橋。
零が歩いてきて橋の途中で立ち止まる。
バッグの中から、サドルを取り出して川に投げ捨てる。
暗い川にサドルが沈んでいく。
のをじっと見ている零。
◯零のマンション(夜)
ベッドに正座し、壁に耳をあてている零。
胸に手を当て目を閉じる。
聞こえてくる読経。
落ち着いた男性の声である。
零のM「どんな人なんだろう」
是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減
読経は続く。
零、立ち上がって冷蔵庫からビールを取る。
コンビニ袋を持ってベッドの上に戻り、あぐらをかいてプシュッとビールを開ける。
ガサガサとファミチキかなんかを取り出してパクつく。
能除一切苦、真実不虚、故説般若波羅蜜多呪
零のM「――お坊さんなのかな……修行中、とか?」
スマホを取り出すと、LINEを開いて康平に、
『やっぱ、私、となりの』
と打って、途中で送信してしまう。
そのまましばらく画面を見ているが、既読になる気配はない。
零、スマホをベッドに放って立ち上がる。
◯同・外の通路(夜)
となりの部屋の前で、ラフな格好のまま立っている零。
部屋からは変わらず一定のペースで般若心経が聴こえてくる。
零のM「お坊さんって、悩み相談してくれるよね……」
意を決し、インターホンを押す。
とたんに読経が立ち消える。
インターホンから声。
声 「……な、に?」
ガサガサの老婆の声。
一筋の希望もないような。
零は瞬時に後悔したが体が動かなかった。
扉が開いた。
(おしまい)
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作者より→
以前に書いたものを加筆しました。
康平が零を助けに行く「ツー」があるとか、ないとか。
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