見出し画像

『真っくろ闇の夜』作:犬木久太朗【5分シナリオ】

■主な登場人物
久保(35)男性。ライター

○民宿・客室
低い机のうえのノートパソコン。モニターには書きかけの脚本原稿が映し出されている。
時刻は15時。

久保(M)「3時……3時か。先に買い物行くか。どうせ今日中には終わんないしな」

畳敷きの床に寝転んでいる久保。口に咥えたアイスの棒を歯で弄び天井を眺めている。

久保(M)「変にエンジンかかって気付いたら夜、なんてことになったらメシ遅くなるしな。そうなると寝るのも遅くなって明日に響くし、逆に効率悪い。どうせ今日中には終わんないしな」

ハエが飛んでくる。アイスの棒の近くをぶんぶん飛んでる。
鬱陶しそうに手で払う久保。

久保(M)「あ……! 風呂って時間決まってんのかな。聞いといたほういいか」

と身体を起こし何気なく机を見ると、ノートパソコンのモニターがブラックアウトしてる。

久保「え……」

焦って適当にキーボードを打つ。
パソコンは無反応。

久保「嘘でしょ……」

焦りが加速している久保。
相変わらずまとわりつくように飛んでいるハエ。

久保「うるせぇ」
言ってアイスの棒をハエに向かって投げる久保。
飛んで行ったアイスの棒が開いてる窓から外に出ていく。
棒の行く先は気にもせずなんとかパソコンを直そうといじっている。

〇同・庭
庭の隅にある小さな祠。飛んできたアイスの棒がその祠に当たって一部が欠ける。

〇同・客室
しばらく格闘していると何事もなかったかのように復旧するパソコン。データも消えてない。

久保「よかった」
心底安堵する。

〇同・廊下
宿の女将と久保。

女将「ショーテンはね、5時までだから。気を付けて。あ! 調味料は買わなくていいよ! しょうゆ、しお、さとう、ひととおりありますから、なんでも。好きに使ってもらって大丈夫です」

久保「あ、分かりました。ありがとうござい……」

女将「(遮って)あ! でもね!」

久保「(ビックリして)はい」

女将「味の素はないです」

久保「……味の素」

女将「うん、うちはねぇ、味の素つかわないの誰も。味の素はねぇ……つかわない」

何故か誇らしげな女将。

久保「あ……分かりました」

女将「はい、いってらっしゃい」

久保「行って……きます」

にこやかに送り出す女将。

〇同・庭
玄関から出てくる久保、庭の端っこでしゃがんでいる老婆を見つける。老婆の前に小さな祠があり、どうやら手を合わせて拝んでいるらしい。
と、老婆がこっちに気づき近づいてきた。

久保「どうも」
と会釈する久保。

老婆「でがげんのが?」

久保「はい」

老婆「暗くなんねうち、けぇってこねけねぞ?」

久保「え、あ、はい」

老婆「ねーが出っがら」

久保「ね?」

老婆「ねー!」

久保「ね……ねー!」
意味は分かってないが調子を合わせて繰り返してみた久保。
頷く老婆、また祠のところへ戻って手を合わせはじめる。
首をかしげ、出て行く久保。

〇道
田舎道を車で走る久保。単調な景色が流れていく。

久保「あ! 風呂!」

〇自然公園・駐車場
停めた車の中で原稿の続きを書いている久保。

久保(M)「やっぱ先に買い物行くんだったな。ショーテンは5時までって言ってたしな。ショーテンって商売の商に店でいいんだよな? 小さいに店かな? 小さいの方だったら酒とかあんま売ってねぇのかな。いやー飲めないのはきついな。笑いの点じゃないよな? 違うよな、意味わかんないしな。……ショーケン? なわけないか」

筆が進まない久保。大きく息をついて

久保(M)「タバコ吸お」

×      ×      ×

車の外でタバコを吸っている久保。
遠くの方から「ヒョーヒョー」と笛のような音が聴こえる。
音に誘われ歩き出す久保。

〇森の中
音を頼りに森の中に分け入り、歩いていく久保。

×      ×      ×

しばらく歩くと木に囲まれ、ぽっかりと空いたスペースに出る。
そこでは犬連れの子どもたちが8人あつまり、笛で犬たちを調教しているようだ。やってきた久保に気づいた子どもたちは揃って笑顔を見せる。
久保も笑顔を返し、座って見物しはじめる。
笛をつかって犬をコントロールし、様々な芸を披露する子どもたち。
ひとつ芸が終わるごとに拍手をして喜ぶ久保。
そして最後の芸。笛の音で一列にまっすぐ並んだ犬たちがお座りをして大きく口をあけて待っている。
子どもたちは久保の方を見てニコッと笑うと、次々と犬の口の中に吸い込まれて行った。
唖然とする久保。
犬のノドから食道を通っていく様子が、移動する膨らみで分かる。
動けない久保。
すると子どもたちを飲み込んだ犬たちが少しずつ立ち上がり、最後には完全に二本足で立った。緊張の面持ちでその様子を見ている久保を、犬たちがジッと見つめてくる。
見つめられゾクッと寒気が走った久保、弾けるように立ち上がると森の中を出鱈目に走り出す。

×      ×      ×

息があがり苦しそうになりながらも走り続ける久保。死に物狂いで走り続けると、ある地点で地面が消えた。
崖から飛び出してしまったのだ。
久保の落下する先には何者かの大きな口が待っている。
恐怖の悲鳴をあげ、強く目を瞑る久保。

〇自然公園・駐車場
久保が目を開けると車の中。
ヒザに置いたノートパソコンの原稿は書き終わり、最後に(了)と打ってある。何がなんだか分からないが、とりあえず安堵した久保が顔をあげると、あたりを見て凍り付いた。
車の外はすっかり日が落ちて夜。
と、久保の顔を照らしていたノートパソコンの明かりも消える。モニターがブラックアウトした。
唯一の明かりを失い、真っ暗というか真っ黒な、奥行きも感じられないほどの完全な闇が訪れる。あまりの闇の深さにかつてない恐怖を覚える久保。すると久保の瞳孔が開いていく。とどまることを知らぬ瞳孔はどんどん開き、ついには白目がなくなる。眼球は確かにふたつそこにあるはずなのに、久保の両目は真っ暗な洞穴のようだ。
「ヒョーヒョー」と音が聞こえる。すぐ近くから聞こえる。
瞬時に固まる久保、冷や汗が止まらない。しばらく気配を窺い、意を決して身体を動かすと、グローブボックスの中を出鱈目にかきまわす。そして取り出した100円ライターを震える手でつけようとするが、なかなかつかない。
何者かによって車体が揺らされ、ギシギシと音を立てる。
言葉にならない声を発しながら必死にライターを擦る久保。
フリントの擦れる音が何度も響いたのち、やっと火がつく。
と、フロントガラスの向こうからギラギラ光る大きなふたつの目玉が久保を見つめているのが見えた。

久保「あ……」

真っ黒くて大きな生き物が車をぐるっと取り囲み、久保をジッと見ている。

久保「ね……ねー……」

その大きな生き物・鵺(ぬえ)は、身体をうねらせ立ち上がる。そして大蛇の尻尾を車に巻き付けると、駐車場の砂利を蹴り上げそのまま空へと昇っていった。
何事もなかったかのような静寂が駐車場に訪れる。と思ったのも束の間、上空から久保の車が落ちてくる。
大きな音をたてて地面に衝突した車だったが、車内に久保の姿はない。
鵺が久保を連れ去った遠くの空からは、「ヒョーヒョー」という鳴き声がしばらく聞こえていた。
                               (犬)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?