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国宝「西本願寺三十六人家集」

 私が始めたブログの名称を「国博通り日記」としたのは、その細い道が母と歩いた道だからである。太宰府天満宮へ向かう表の参道とは違って、国博通りは民家の並ぶ小道である。その道を歩きながら母が脇に流れる小川を指差しながら言った。
「この川はこの通りを作るとき整備してつぶすはずやったげな。それがね、
 昔、神主さんば好きになった巫女さんがおって、ここで身投げしたげな」
「身投げ?ここで?できんめーもん」
「そうやろー」母は子どものように笑いながら続けた。
「お母さんもそう思うっちゃけど、言い伝えがあるけん、この川は残ったと
 よ。『愛染川』って名前もついとうとよ」。
 その小さな川は、昔は身投げできるほど大きな川だったんだろうか。古い歴史の街にはいろいろな言い伝えがあるものだ。

 母の誕生日、私は母と2年前に太宰府にできた、日本で4番目の国立博物館である九州国立博物館へでかけた。9月22日から始まったばかりの「本願寺展」を見るためだった。
 浄土真宗の開祖である親鸞の750回大遠忌が4年後の2011年に来る。親鸞聖人だけでなく、歴代門主の肖像・絵伝や、浄土真宗の根本経典である「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」など、国宝4件、重要文化財24件を含む約130件の品々が、遠い昔の生きた証として整然と並んでいた。それらは今もなお生き続けていた。世界遺産に選ばれた本願寺の理由がそこにあった。 

 中世の絵巻物は上空から見ているような構図でとてもおもしろい。建物のなかのすべてを見渡すような感じで人々の様子が描かれている。それも細部にわたって描写されていて、ずっと眺めていてもあきない。いまでいうところのイラストだから、その場で見ているようにわかりやすい。またそれは言語の違う外国の人たちにとっても伝わりやすいにちがいない。
 特に素晴らしかったのは、国宝の「西本願寺三十六人家集」だった。それはそれは見事なものだった。これほど美しい本は世界中のどこを探してもないと思われた。造本のなかでも継ぎ紙と呼ばれる和紙工芸について、王朝継ぎ紙研究会主宰の近藤富枝さんは次のように解説している。
 
 「継ぎ紙とは、平安時代に作られた極めて美しい和紙工芸の一種です。和紙をさまざまな色に染め、文様をきら刷りするなどしてさまざまな種類の紙を用意する。これを直線的に切り継いだり、自由な線で破り継ぎする。あるいは、少しずつ色の段階の付いた紙を重ねる。さらにその上に金銀の砂子や切箔を施したり文様を描き加えると、華やかで滋味のある繊細な料紙ができあがります。当時の継ぎ紙の作品としては、唯一『西本願寺三十六人家集』が残っており、世界にも類まれな芸術品として、平安の美とは何かを私たちに教えてくれています。」(王朝継ぎ紙研究会 主宰近藤富枝)

 このほかにも雅やかな古筆、書院の室内を飾る荘厳華麗な障壁画群など、ため息の出るような美の遺産が掲げられている。古くから綿々と受け継がれてきた日本の伝統を私は誇りに思う。700年を超える歴史の重みには、美しさ以上に強さが宿っていると思われた。

●本願寺展/九州国立博物館 2007年9月22日-11月18日

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