見出し画像

得るものなど何もない

「忙しい?」
あなたからの返事を待たずに送ったメッセージへの返信は2時間後。

「どした?」

おおよその返事はこうだろうと予想していたけど、うれしかった。

「むらむらしてる。」

これはうそだ。こういうしかないからこう言った。本当は「会いたい」だし「何も言わずに抱きしめて」と思っている。けれど、私たちの関係上こういうしかない。
それから彼は冗談交じりで少しだけ話を聞いてくれて「明日の午後からなら空いてるよ」と言ってくれた。

それだけで随分と心が安らいだ。


繊細さんなんていう言葉が流行ったのはいつだっただろうか。5人に1人というから割といるし、「血液型別取扱説明書」みたいなもので何となく誰にでも当てはまりそうなことをなぞっているだけで、「私もそうなのかも」と思わされているが、きっと私もそうなんだろうと思っている。「私は繊細さんだから」と何かにつけて言い訳にいていると楽だ。

会社の同僚から、前々から夫との関係について愚痴を聞かされていた。そこにさらに「あなたにしか話せない」と会社の若い男との関係を吐露してきた。

「えっちはしてない!手を繋いだだけ!子どもも彼に懐いてるし…好きって言い合ってるだけ」

荷が重い。
それから度々惚気話を聞かされて、そこにさらに夫への愚痴。
大型連休の序盤で私の自宅へ来て、泣きながら夫への愚痴をこぼし、2歳の子どもの相手をし、落ち着いたら惚気。

正直、私の方が参ってしまった。

彼女の夫への愚痴には必要以上に共感し、親身になって聞いて言いにくいことも言ってアドバイスなんかもした。
私が参ったのは夫への愚痴をあちこちにぶつけているというところだった。
「じゃあ別に私には話さなくてもよくない?」とか「結局ぐちぐち言いたいだけじゃん」とか「何て言ってほしいんだろう」とかそんなことを考えてしまって、本気で親身になっている自分と面倒くさがっている自分とがせめぎ合っていることだった。そして最後に放たれる惚気話にさらにうんざりするのだ。話を聞いてくれる人は何人もいてプラトニックな浮気をしているその相手からはお姫様扱いされて可愛い子供がいて、これ以上何を望むんだと憤ってさえいた。


私はそんな自分に参ってしまったのだ。
心から心配している自分、妬んでいる自分、そういうネガティブな感情が渦巻いて、自分が情けなくて仕方がなかった。

親身になって話を聞いてくれる人が何人もいて、大事に思ってくれる男性がいて、夫とは不仲で離婚話しを切り出すほどだけど、可愛い子どもがいて子どものためなら頑張れると言える。

羨ましくて仕方がなかった。
そんなことを羨んでいる自分が嫌だった。

だから彼に会いたいと思って連絡してしまった。

顔を合わせるなり彼は「元気ない顔してる」と言った。彼に会えたことが嬉しくて笑っていたはずなのにそんなことを言われて「そうだよ元気ないんだよ」と戯けた。
何があったのと続けて、私が話してる間、じっと静かに聞いていた。いつも途中で茶々を入れてくる人なのに、時折私の顔を覗き込みながら黙ってただ聞いてくれた。
私が話し終えると、彼は私へのアドバイスではなく個人的な意見を言った。歯に絹着せぬ物言いとでも言うのだろうか。

私にはとても心地のいい時間だった。
偉そうなことは何一つ言わないで求めてもないアドバイスや説教を垂れるわけでもなく、でも私に同意して聞き流そうとするでもなく、彼が彼として私の言ったことに思ったことを言ってくれる、そんなことが胸が痛いほど嬉しかった。


私は恋する気持ちより尊敬の気持ちを強く抱いていたし、畏敬の念すらあった。


翌朝、昼前に出かけるという彼に合わせて起きた。シャワーを浴びて準備する彼を待っている時、例の同僚からメッセージが届いて、私の心はまた乱された。

もうほっておいてくれと思った。

彼はこの後私じゃない女性と会うし、そのために身なりを整えていて、嫉妬する自分を抑えるのだって容易くないのに
同僚はまた私に寄りかかってくる。

彼のにおいのする枕に顔を埋めると涙が止まらなくなって嗚咽した。

「どうしたの、またしんどくなっちゃったの?」
彼はそう言って私を抱きしめた。
彼の胸で息を整えた。
私はこの人を見送らなければならない。この人の邪魔をするわけにはいかないし、「行かないで」思うけどそれを言って嫌われるのが怖い。
それが私の弱さだ。
本当は泣きじゃくって彼を引き止めたいし、同僚にだって「知ったこっちゃねぇよ」と怒鳴りたい。
出来ない。

「大丈夫だよ、大丈夫、」
私はそう言ったけど、彼は私を抱きしめたままだった。

すきな人が他の女性と会う。
それを送り出す。何でもない顔をして、「ありがとね」と笑って。


私が繊細でセンシティブだから、こんなに心を乱される。もっと適当でいいし、同僚からのメッセージだって無視していい。私が無視しても他の人にまた泣きつくだけなんだし。私が気にやむことじゃないし、もっと自分と向き合うことにエネルギーを使うべきだ。


帰宅して、彼のぬくもりを思い出しながら、今は別の人と楽しくご飯でも食べてるんだろうなとむなしくさみしくなるし、同僚からの連絡は何もないし私は孤独だ。
それでも私は死ねないのだから生きるしかない。今は幸せになるための準備期間だと自分を宥めて言い聞かせているだけだ。それがますます孤独を煽るのに。

みんなみんな幸せになれ。
私の見えないところで幸せでいろ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?