宝箱の蓋をしめて
久しぶりに聞いた声に涙が出た。もう二度と聞けないあなたの声で、でももう思い出せないほど、遠い。
事務的な話を少しして、私もそれに合わせるように、冷静さを保つように「はい」とだけ言った。あなたは時々言葉を詰まらせていて、嘘つきなあなたの本心を、その沈黙が教えてくれてるみたいで、余計に胸が苦しくなった。もうこれで最後になるからとあなたが言って、私は「あの、」と震える声で彼を引き止めた。
「私、あなたと過ごした半年、本当に楽しかったの。」
声が震えて、その続きを待たずに彼は「止められてるから、俺も何も言えないけど」と言った。今までに聞いたことのないような不安そうな悲しそうな彼の声。
「あなたは、楽しかった?」
「楽しかった、めちゃくちゃ楽しかった。」
そう答えて、「これ以上は言えない、ごめん」とまた切ない声で言う。
「私、まだあなたのこと、すきなの。だから本当はこんなことしたくなかった。けど、あなたのこと諦めるために、これは私のためにしてることだから、あなたに迷惑をかけるけど、それは分かってほしい」
泣きながら話す私を待つなんてあなたらしくなくて、もっと涙が止まらなくなる。
「俺が全部悪いから。責任はちゃんと取るよ。本当は会って謝りたかった。話さなきゃと思ってた。でも、話したら一緒にいれなくなると思って。」
それは嘘。そんな気がした。あなたのことをすきだと言いながら、信用できないなんて、それはもう恋でも愛でもないような気がした。
「じゃあ、もう二度と会うことも連絡取ることもないと思うけど」
「うん。」
「じゃあ、」
またね、と言いかけて言葉を飲み込んだ。もう二度と会えない。声も聞けない。彼のことをクズだと世界中の人が罵っても私はどうしても彼を嫌いになれなかった。叶わないからこそ、想いが膨らんで一人じゃ抱えきれない。
不通音を聞き届けて、蜩と一緒に泣いた。
あなたに見つけてもらった秋、二人でおめでとうと互いの誕生日を祝った冬、たくさんその手にふれた春。夏を知らない私たちの恋。
最後まですきだと言わなかったのは、あなたの僅かな誠実さ。お別れの電話でやっと伝えたすきだという言葉。
何もかもがきれいすぎて、嘘みたい。
嘘なのかもしれない。あなたは、嘘つきだから。
嘘でいい。こんな夢みたいなこと、嘘でいいの。
してはいけない恋だったから、美化するのさえ罪悪感があるけど、人を愛したことを罪だなんてそんなこと思いたくない。
きれいな思い出のままで胸の奥にしまっておきたい。
…
嘘をつかれてたとは言え、どうしても彼の家族に対する申し訳なさは、知った時からずっとずっとあって、それはきっとこの先も消えないと思う。「被害者だよ」「騙されてたんだから悪くないよ」ってどれだけ言われても胸が苦しい。
私にできる償いは何でもすると思いつつ、何か言われたらどうしようとびくびくしていて情けない。
自分のことに精一杯だし、発信する力はないけど、こんなふうに傷つく人が一人でも減ってほしいと心から願っています。
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